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十条聖寧は焦らしたい

兵藤ひょうどうくん。まだ仕事をやっているの?」


 十畳ほどの広さの教室の奥。教卓ほどの大きさの机、やたらと豪奢な椅子に腰かけるひとりの少女。深海を想起させるような長い髪の毛をさらりとかき上げ、しゅっとした顎を引き、室内にいるひとりの少年に問う。

 怜悧に整った顔立ちはあらゆるものを魅了する能力を持っているのではないかと疑ってしまうほど美しい。その浮世離れした顔を見て、夢と現実の区別がつかなくなった者は数えきれないほどいる。しかしそれが却って近寄りがたく、拝まれるような存在となっていることは本人に自覚はない。


 少女の名前は十条聖寧じゅうじょうきよね。この姫ヶ丘学園の生徒会長である。


 容姿端麗であり光彩奪目な彼女は成績も常に一番ということもあって、一年生の秋にあった生徒会選挙で見事過半数の票を集めて生徒会長となり、二年生の現在でもその支持率は変わらず健在。むしろ生徒会長として八面六臂の活躍をしたことにより、現在進行形で上昇している。


「やっているが?」


 若干きつめに返す少年は副会長を務める兵藤佐助(さすけ)だ。


 ボサボサの髪の毛と目つきの悪いところが特徴的な少年である。

 お嬢様然とした聖寧とは対照的な田舎者感丸出しであり、厳かな所作などとは無縁な生活を送ってきたため、礼儀作法などはまるでできず口調も少し荒っぽい。


「そう。精が出るわね!」

「はは……ほんとだよ」


 疲れた目を伸ばしながら会話をする。


 近々ある遠足の昨年取った生徒アンケートの集計をしているのだが、他の生徒会メンバーは部活やらで不在のため佐助にそのしわ寄せが来ており、彼の前には書類の束が山積みだ。


「どれくらいで終わるかしら? あと10分くらい?」

「この量を見ろ。頑張っても一時間はかかる」

「一時間も待たされるなんて嫌よ。早く終わらせてちょうだい」

「……俺だって早く終わらせてえよ。でも無理なんだよ。会話をするのも気が散って集中できないから黙ってろ」


 苛立ちを乗せて言い、佐助は仕事を再開する。


(遠回しに仕事できねえってことを言いたいんだろうな。くそ、どんだけ嫌われてんだよ)


 挽回とばかりに素早く仕事に取り掛かるが、気持ちとは裏腹に動きは鈍い。

 仕事が遅いのは仕方のないことだ。佐助は肉体労働なら得意分野なのだが、こういう細かい事務作業というのは苦手としている。しかしそのことをどう主張しても彼女に聞き入ってもらえない。それだけならまだしも、ことあるごとに彼に突っかかってきて、嫌みのような言葉を浴びせられることもしょっちゅうある。

 そういうこともあり、彼が彼女から嫌われていると思うようになるのは自然の摂理だった。


(俺だって早く終わらせたいって……そんなに私とお話ししたいのね!)


 そのまんまの意味で発言した彼の言葉を自分なりに解釈している少女がいた。


(でも仕事を疎かにしないところはさすがは私の彼氏ね)


 より一層彼氏である佐助に惚れる聖寧だった。


 彼氏。

 そう、なにを隠そう兵藤佐助と十条聖寧は交際している――と聖寧は思っている。

 もう一度言う。生徒会室にいる少年と少女のふたりは付き合っている――と少女のほうは思っている。


「…………」

「くっ……」


 彼氏と思っている佐助に熱い視線を送る聖寧と、それを急かされていると勘違いする彼。


 さて、お気づきだろうか。

 少女のほうは交際していると思っているのだが、少年のほうはまったくそういうことをしているとは思っていない。むしろマイナスイメージしか持っていないまである。


 ひと月近く前、教室にて佐助のとある発言を告白と捉えた聖寧は、返事をして付き合うことになったと勘違いしている少々残念な子なのである。


(今日はせっかく私たちふたりっきりなのだからお話ししたいのに……)


 そうは問屋は卸さないとばかりに立ち塞がる仕事の壁。


 真面目でかつ、優秀な彼女はもうすでに自分の分を終えている。彼のほうは確かに量が多くなってはいるが、向き不向きがある。致し方ないことだろう。


(もう……焦れったいわね。早くお話ししたい)


 ふと、そこで自分の気持ちがどういう状態であるのか気づく。


(焦れったい……?)


 どこかでこういうことを聞いたことがあるのではないかと思案を巡らせる。


(…………はっ!)


 そこでようやく彼がなにをしているのか思い当たった。

 性知識の疎い箱入り娘の彼女なりに考えた結果。

 これは俗に言う、プレイなのではないか。


(そ、そうよ。こういうの確か……)


 構って欲しい交際相手をその気にさせるような言葉や行動を起こすもすんでのところで焦らし、相手を欲求不満状態に陥れるという行為。この場合、佐助が言葉では早く終わらせたい旨を伝えるも、それが行動に移されていないことを指している。


(よく見れば、彼……ちょっとさっきよりも集計の速度遅くなってない?)


 もとからそこまで仕事のスピードは遅かったが、注視していると悩んだり書くのを遅らせたり、果てには欠伸までしている。

 これは確定である、と聖寧は思った。


 いわゆる――焦らしプレイ!


(もうっ! なによそれ! 彼女にそういうことするのが好きだったの!?)


 彼氏の新たな一面を知り、恥ずかしいのやら嬉しいのやらわからなくなる聖寧だった。


 自称彼女が自分に対してこんなにも想像を膨らませているとは露知らず、佐助はかったるそうに仕事をする。


(面倒くせえな。なんだこのアンケート。みんなきっちり書きやがって。こんなもん、適当に書いてろってんだ。しかも最後の要望の欄とかめちゃめちゃ書いてるし。普通ここはスルーするだろうが)


 だるい。


 彼の手が止まる原因はそれだった。

 良かった、悪かったなどを集計するのはもちろんのこと、この自由記入の要望欄などもまとめなければならない作業は大変彼にとっては苦痛なのだ。


 しかしそんなこと彼女には伝わるはずもなく。


(なによ焦らしちゃって……こんなの初めて)


 悶々とした状態に言い知れぬ高揚感を覚え始めていた。

 話したい欲をわかっているというのに、あえて話そうとしてくれない彼。


(ふ、ふん、やってやろうじゃないの。兵藤くんだって話したいくせに……)


 十条聖寧は彼のプレイに乗ってあげることにした。


(どっちが先に音を上げるか勝負よ)


 やってやろうじゃないかと気合を入れた聖寧だったが。


「なあ、十条。これなんだが――」

「あなたの限界ってたった数分だったの!?」


 声をかけた佐助に聖寧はあっさりと負けた彼に驚愕と同時に嬉しさが溢れる。


(自分からしておきながら、そんなに私と話したかったなんて……)


 可愛らしい彼氏の一面に、彼女は頬を緩めた。


 だがそんな彼氏といえば。


(ああ、そうかよ。自分でやれってことな)


 ただ質問しようとしたのだったが、そういうことも一切受け入れてくれないことを知り、むかむかと腹を立てていた。


(もう絶対、頼らねえからな。やってやる)


 佐助はそう心に決め、黙々と仕事を始める。


(あらあらムキになっちゃって。……可愛い)


 自分が負けたことを認めたくないとばかりに無言でいる佐助を見て、聖寧はにやにやが止まらない。


 ……まあ、全部ただ彼女が思い込んでいるだけなのだが。


「ねえ兵藤くん。わからないことがあったら聞いていいのよ」


 寛大な心を持って、彼に言う。

 彼女は彼女なりに彼氏である佐助に話しやすい状況を作ってあげている。


 けれどこんなもの嫌味以外のなにものでもなく。


(なんだあの仕方ないなあみたいな態度は……。ふざけやがって、絶対聞かねえ)


 断固として彼女に質問はしないとばかりに紙に目を落とす。


(なによ、あれはノーカウントってわけ? どうせ続かないくせに強がっちゃって!)


 却って彼の態度が聖寧には強がる彼女大好きな少年にしか映らず。


(うふふ、じゃあやってあげるわ)


 一勝している少女は余裕の態度を見せつけるかのように腕組みをして彼を見下ろす。


 椅子に体重を乗せ、優雅に髪の毛を櫛で梳かす聖寧。

 暇だとばかりに伸びをしたり、首を鳴らしたり、肩を揉んだり、読書をしたり。

 挙句の果てには椅子から立ち上がってコーヒーを淹れると彼の後ろをわざわざとおって、仕事が減らない様子をまじまじと見るという、彼にとっては馬鹿にしているとしか思えない行動に。


「表出ろやあああ!」


 限界を突破し、声を張り上げた。


「はいはい。もう仕方ないわね。仕事が終わったらね!」


 喜々として声を張り上げる聖寧。


(なによ、表って……デートの誘いも普通にできないのね!)


 全然通じていなかった。


 聖寧にとっては佐助の怒りもまただの愛にしか見えず。


 こうして今日も今日とて、勘違いは繰り返されるのだった。




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