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ババアとおれの魔法堂  作者: 大石蔵之介
1/1

その日

蹴っ飛ばした石礫が、煤けた塗り壁に跳ね返る。知ったこっちゃねぇ。

ババアの小さな膝小僧は、陽に灼かれて粉を吹く。遠くの空を猛禽が行く。

壺入り魔法軟膏を傍らに、俺らは今日も空の下、煤けた商いをやっている。

「………。なぁ、草とってくるわ」

ババァはチラと振り向き、わずかばかりに首を振る。

「……つってもよ、することねぇし。ヤんなっちまよ」

ババァの薬はイマイチの評判だ。臭ぇから。そりゃもう強烈にクセェ。

腐った飯を三年履きっぱなしのブーツに入れて、糞で蓋をしたような臭いだ。

薬効はそこそこ。そこそこ効く。

傷の治りが早いがいいか、家族に白い目で見られるか、両の天秤に乗っけてどっこいの効き目だ。

売れるときは売れる。売れねぇ時はサッパリだ。田舎ってヤだな。


息を止めて足早に通り過ぎる町人たち。

気持ちは分かるが、いきなり目の前で会話が途切れたらどうしたって分かっちまうよ。

売れるときは売れる。いざって時にゃどうしたって必要なもんだ。なきゃ困る。

売れないときはサッパリだ。誰かの不幸を願うってのは実に罪深いもんだな。

ババァと俺と道の上。屋根のあちらで犬が啼いている。

目抜き通りの端っこは、いつも俺らの占有地だった。

すぐ向こうには街門だ。あんまり出入りのない方の。

いわゆる『下り』の方角にある勝手口じみた街門の向こうには、森があって、山がある。

鎮守の杜ってやつだな。山下りの湧水で俺らは生きてる。

禁足地ってワケじゃあないが、用がある連中以外は踏み入れることのない静かな場所だ。

つまんねぇとこだけど、嫌なこともない。つまり悪くないってことだ。

仕事柄ちょくちょく行くようになって、しばらく。暇がありゃあそこにいる。

目の前には喧騒がある。何となく、街門を眺めていた。


ババァの魔法軟膏は犬寄せに使える。強烈にくせえから。

「山犬狩りにはコイツがなければ始まらん」

偉そうな顔して偉そうな奴がいう。首都から来た成金だ。食いもしねぇのを好んで狩る。

馬鹿くせぇ話だ。治安の維持と趣味の両得だとか宣ってるが。

皆知ってる話だ。犬が減ったらこっそり放流してんだ。馬鹿くせぇ。

成金は一壺買い上げ、従者がそそくさと荷台の木箱に密封した。

けらけら朗らかな御一行を見送ると、ババアは荷を纏め、敷布をパンとはたく。

「……草、とって来るわ」

作り置きのきかない軟膏だった。大いに悲しむべきこと、臭いが薄れると薬効も飛ぶ。

ババァが何か言った。振り返ると背中はすでに遠ざかる。

軟膏のレシピは秘密だ。

けどもよ、知りたいなら教えてやるよ。

鼻がもげても知らないぜ?

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