Sound of thunder
「ウィル、早く帰って来てね」
幼いキャシーが抱っこをせがみ、ウィルは笑顔で少女をハグした。
キャシーの父親が風力発電装置の異状に気づいたのが5分前。夕食の片付けを手伝っていたウィルはできる限り急いで出かける身仕度をした。
外は折しもハリケーンが近づいていて、危険を感じない訳ではなかったが、これも仕事の一つと割りきって、ウィルはキャシーの父親と風力発電装置の見回りに出かけた。
激しい雨と風。着ている雨具の中に水が入ってきて、結局びしょびしょだった。
ジープで敷地内を走り、風力発電の巨大な風車を一基ずつ点検していく。
「ウィル、気を付けろ!」
叫び声の直後に、風車の羽が折れて落下。ウィルを直撃した。
衝撃に、ウィルは思考停止した。
キャシーの父親が羽をどかして、ウィルの後頭部を見た。
緊急用の道具でウィルの後頭部を開閉して、起動スイッチを操作する。ウィルはアンドロイドなのだ。
ウィルは頭を振り振り身を起こす。
「大丈夫か?」
「はい、マスター」
キャシーの父親が手を伸ばしてウィルを起こそうとしたその時、ウィルの体内にある発電機から高圧電流が漏れて、キャシーの父親を感電させた。
びくびくん、と痙攣する男を見て、ウィルはまずいことが起きていると思った。
自分が再び触れれば彼の命はないかもしれない。助けを呼びにいかなければ。
ウィルはジープの通信機を試してみた。最悪だ。自分から漏れている電流が災いして通信機もおしゃかになってしまう。
どうしよう?
不意にウィルの脳裏に出掛けのキャシーの言葉がよみがえった。
「早く帰って来てね」
そう。帰らなければ。帰ってキャシーに父親の一大事を伝えなければならない。
ウィルはフラフラと家へ向かった。
ウィルの歩いた跡に高圧電流の焼け焦げた土の塊ができるが、激しい雨の水でぐちゃぐちゃにわからなくなっていく。
近くでキャシーの家で飼っている犬の吠える声が聞こえた。ウィルはその犬が苦手だった。いつも予想外のことを仕掛けてくるので、対応に困っていた。
ぐるるるる。
犬が至近距離に近づいていて、ウィルを威嚇した。
「よせ、近づくんじゃない‼」
ウィルの発した言葉が逆効果を生んだ。犬が飛びかかってきて、電流にやられて泡を吹いて、どうっと倒れた。
「きゃー」
聞きなれた女の子の甲高い叫び声がした。
「キャシー」
「来ないで!」
キャシーを守って母親が身をていしてかばっている。
「キャシー、お父さんが、感電して大変です」
「あの人が?あの人はどこ?」
母親が聞き返した。
「風車の羽が落下して、私を起こそうとして感電されました。今、私に高圧電流が流れていて大変危険です」
「あっちへ行って!」
キャシーの母親がウィルを追い払おうとした。
「しかし、私はどうすれば良いのですか?」
「知るもんか。この出来損ない。どこへなりとお行き」
あまりのことに、ウィルは戸惑った。
遠雷が聞こえた。
「早く遠くへ行って!じゃないと、あんたが雷を呼び寄せちまう」
ウィルは、キャシーを見て、できるだけ離れようと決意した。
キャシーの母親はヒステリーを起こしていて、ウィルのことを気づかう余裕なんて一ミリももっていなかった。
あんなにキャシーの家族に尽くしてきたのに、とウィルは悲しかった。
ウィルは敷地から離れて、海岸線の崖の上に出た。
「ここから飛び降りて終わりにしよう」
寂しいアンドロイドはそう思った。
ガラガラガラ、ピシャーンン。
ウィルを避雷針にして雷が落ちた。
黒焦げになりながら、ウィルの電子脳がこの上もなく活発に働いた。
いつかキャシーに読んで聞かせた「オズの魔法使い」に出てくるかかしのことを思った。オズに行って藁の詰まった脳みそにピンを入れてもらって頭が良くなり、ひいてはどこかの国の王になったかかしの話。
「俺は、生きたい。生きていける場所へ行こう」
ウィルは嵐の中、いずこへか姿を消した。