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ガーベイジコレクター  作者: 濱野 十子
一章 ぼくらの、ゆめのほし
2/10

  未知との遭遇は、地球人類にとって失望との遭遇でもあった――と、歴史好きのお婆ちゃん先生は言っていたっけか。

 公式上での記録によれば、六十年前。

 僕の親の親世代。お爺ちゃんお婆ちゃんたちは初めて、自分たちの他にも知的生命体が存在する事実を知った。

 地球人類が宇宙に進出に成功し定着してから、半世紀ほど経った頃の出来事だ。

 幸か不幸かはさておいて、人類は広すぎる宇宙の中で、自分たちの文化レベルの低さを宇宙人たちによって突き付けられる。

 今を生きる僕でさえ、不本意に思うところがあるのだから。当時の地球人にとっては、意外な事実だったんじゃないかと思う。

 ご先祖様たちは地球環境改善の目処をきっちりとつけ、宇宙に進出し、月を開拓して宇宙コロニー群まで建造した。

 が、俗に言われる宇宙人たちには、人類が築き上げた努力の産物も、縄文土器同等の代物に見えているようだった。

 遅れているとか旧式とかではなく、すでに歴史的資料の扱いだ。遺物である。 

 ハイランカー《貴族ども》と呼ばれる、文明が著しく進んだ文明的宇宙人たちで構成された秩序維持機関|《連星政府》によって、地球人たちは自力発展を保護すべき文明、《指定保護文化惑星》に指定された。

 つまり、急激な発展を抑制すべく、先進的な技術や知識の流入を地球人は制限されている。

 高度な技術がごろごろと目の前に転がっている環境で、地球人は《連星政府》によって緩やかな進化を強いられている。ってのが、僕ら世代の話だ。

「……ただい、ま」

 マスクを被ったまま、僕は肩の力を抜いた。

 自分がどれほど臭くなっているのか、怖くてマスクが取れない。体の臭いを嗅いだら最後、脳味噌に染みついて、しばらくは酷い思いをしそうだ。

 僕はなんとかエンジンを始動させ、作業基地になっている本社……という名の中型輸送宇宙船に戻ってこれた。

 給料も貰わずに死ぬなんて、最悪すぎる。

 とはいえ、給料を貰って死ぬのも、御免被りたい。望みは給料をちゃんともらいながら、食いつないでいくことだ。本当に、生きていてよかった。

「うわ、くっさい。やばいわ、空乃」

 生還の感動をぶち壊す声は、先に戻っていた真理香先輩だ。作業のための装備一切を脱ぎ捨て、いつもの赤いパーカーを羽織っている。

 栗色の髪を二つに結んでいるせいか、ちょっと吊り目がちの顔は、十六歳らしく溌剌としていた。黙っていれば、本当にカワイイのだ。じつに、もったいない。

《ゆめほし》社の若きエース様は、萎れた格好であろう僕をじっと見て、形の良い眉を顰めた。

「空乃はさ、人間をさっさと辞めて、一回は死んだほうがいいわ。生まれ変わって、綺麗な体になってきたほうが絶対に正解。手っ取り早く臭いが取れそうだし」

 真理香先輩は、僕に何の恨みがあるのか。いや、おそらく本人は純粋な親切心で言っているのだろう。当たりが強すぎて、本当に死にたくなるけど。てか、「やっぱり死ね」とか気楽に言われるし。

 重くのし掛かってくる、よく分からない疲労感に負けている場合ではない。初めて三日のド新人ではあるが、人生の年数は僕の方が先輩なのだ。二年くらいの差ではあっても。

「臭いなら、マスク被ればいいじゃないですか」

「いやよ。長い時間マスクを被っていたら、蒸れちゃうでしょうが。口の周りに赤いぼつぼつした汗疹ができちゃって、お手入れが大変なんだよ? レディーファーストって言葉知ってる? 私の健康のために潔く死んで?」

 小さく、ふっくらとしたアヒル口を窄めて、真理香先輩は鼻を抓む。

「嫌です。あっさりとした容姿といわれがちですが、中身はけっこうしぶといんですよ、僕。ってか、レディーファーストの使いどころ、違っていませんか?」

「図太い? 図々しいの間違いよ。お詫びとして、死んで。目の前から消えて、遠ざかって」

「三度も言いましたね? 冗談でなく、本気と取っていいんですね?」

 いつもと変わらない溌剌とした雰囲気だが、綺麗な青い目は、近寄ったら銃殺すると警告していた。近寄らなくとも、殺されたうえに吊されて、曝されそうだが。

「調子に乗るんじゃねぇぞ、新人クズ。装甲が、ぼっこぼこじゃねぇか」

 蹄が削れないようにと、敷かれた絨毯をさくさくと掻き分け、アルパカ。もとい四つ足の獣、《バイコーン》のシャマイム社長がナオミさんを伴ってやってくる。

 長い(たてがみ)を三つ編みにして背中に流す、自称|《美男子》らしい社長は、煙草の代わりに草を食んでいた。威厳を出すための小細工だろうか。

《指定保護文化惑星》の僕たち地球人は、連星政府の条約でハイランカーとの交流も制限されている。

 が、同等、それ以下であれば、特に大きな制限は設けられていない。

 《バイコーン》の文化レベルは地球人と同じローランカーのB。

 もこもことした見た目の可愛らしさが、抵抗感を緩和してくれたのか。人類が生活の場を初めて共にした宇宙人だ。

「動くのなら、問題ないですよ。もともと中古品ですし、あっちこっちにガタが来ているのですから、今さら一つ二つ傷が付いたって同じ。大手と違って、私たちには大量に採掘する労力なんて、最初っからありませんもの。自分たちのペースで、ゴミを集めるしかないですわ、社長」

 どんなに偉ぶっても、弱小会社ですもの。

 そう、笑うナオミさんに、シャマイム社長の顔は引き攣っていた。笑顔のプレッシャーに、僕の背中もぞわぞわと悲鳴を上げている。社の運営に関われるはずもない、新人社員で良かった。

「ナオミ社長、採掘は続けるんですか?」

 真理香先輩は勇猛果敢にも、ナオミさんを社長と呼ぶ。本来の社長であるシャマイム社長は喋るペット扱いと厳しい。気持ちは、わからなくはない。

 文句を言いたげなシャマイム社長を肘で打って、ナオミさんは縊れた腰に両手を添えた。実年齢よりも遙かに若い相貌は、難しそうな顔を作っている。

「このまま戻れば、赤字確定だわ。作業目標は空乃ちゃんの実地訓練とはいっても、懐事情から言えば、それなりの成果が欲しい。気持ちとしては、このまま作業を続けていたいけど、不確定事項が多すぎて、危険なのよねぇ」

「そういえば、投下計画がずれてるって」

相槌をすれば、ナオミさんは「そうなのよぉ」と綺麗な黒髪を人差し指に絡める。うん、色っぽい仕草だ。嫌いじゃない。

「なに、鼻の下を無駄に伸ばしてんのよ」

「僕、マスクしたままですよ。見えるんですか? すごいですね、真理香先輩」

 言い返せば、丸く大きな目が半分になった。

「そりゃ、分かるわよ。空乃ってば、エッチな目をしてるもの。シャムちゃんとそっくりな、嫌な顔」

 冗談じゃない。シャマイム社長とそっくりだなんて、酷すぎる。

「ゴミの投棄計画ですが、逐一、僕らのほうに流れているんですよね? だからこそ、安全に回収作業ができるって、ナオミさんも業務説明の時に言っていましたよね」

「業界では公然の秘密だから言っても問題ないが、だからって、ペラペラと言いふらすんじゃねぇぞ、新人クズ。掃除社組合と投棄惑星管理官とで、取引してンのさ。奴ら、連星政府の役人とは言え、下っ端だからな。入ってくる給料だけじゃ、満足できないんだとよ」

 シャマイム社長はナオミさんを遮り、繊維だけになった草クズをペッと唾と一緒に吐き捨てる。

 ものすごく嫌そうにナオミさんが顔を歪めているが、気づいていないのだろうか?

 シャマイム社長はお構いなしに長い首を伸ばして、ふかふかの胴体に巻き付けた籠に顔を突っ込んで新しい草を食み出した。ナオミさんの顔が、ますます怖くなってゆく。

「その、取引して仕入れた情報が間違ってると?」

「組合にどれだけお金を払っているかで落下地点の精度が変わってくるから、頭っから違うとは言い切れないの。けど、作業員を危うく死なせるなんて、初めてよ。この私が、なんて失態。ありえないわ……あの、ゴミ虫女め……」

 怨嗟のようなナオミさんの呻きに、「あぁ」とため息がもれた。そうだ、そうなのだ。今はこうして生きているが、僕はうっかり死んでいたかもしれなかった。

「ナオミ社長の予測が外れるなんて、珍しいですよね」

 真理香先輩に、ナオミさんは人差し指を立てて頭を振った。

「珍しい出来事で、済ましてはだめですよ。あってはならない有事です。癪に障りますが、情報を統括している《タスキン》社とアポを取るべきだわ。撤退するにせよ、続行するにせよ、確かな情報は必要不可欠ですもの」

「あいつらに協力を頼むんですか? 嫌ですよ、あたし。あのヌメヌメ星人」

僕たちのような弱小会社にとって、《タスキン》社は目の上のたんこぶだ。

 組織力から来る投資力で管理官を絆し、手に入れた情報を小出しにして利益を得ている。

 ガーベイジ・コレクターは仕事柄、ハイエナと揶揄されたりするらしいのだが、シャマイム社長にいわせれば「奴らこそ、ハイエナだ」とのことだ。

「真理香先輩、ここはナオミさんの言うとおりに――痛いっ!」

 なんだ、いきなり蹴られたぞ。

 訳がわからず、問いただそうにも、真理香先輩は不機嫌をアピールしながら格納庫から出て行った。ナオミさんは怒り肩の背中にやれやれと顎を搔いて見送るばかりで、フォローは入れてくれない。

「《セブンス》の管轄はコーノ・アウローラか、あの陰険ねばねば野郎と喋らなきゃならねぇのか。気が滅入るなァ。まあ、仕方ないか。たしか結構近くの区域で、採掘作業をしていたっけか」

「その、コーノさんって。ヌメヌメなんですか? ねばねばなんですか?」

「テメェ、変なところに突っかかってくるな」

 草を吐き出し、シャマイム社長が額から生えた立派な角を天井へと向けた。程なくして、首が百八十度の方向に曲がった。

「なんだ? 救難信号が出ているなァ」

 なにが嬉しいのか、ニタニタとシャマイム社長が笑った直後、輸送船本社を大きく揺さぶる振動が襲った。

 踏ん張ろうとした僕は、足元に散らかっていた草の残骸を踏んづけた。

 どうなったかなんて、言わなくても分かるだろう。  

 当然ながら、僕は盛大に転んだ。

 運動神経は、履歴書に記入するくらいに自信はあったが、致し方ないときもある。


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