廻る季節の雪華草
広い広い海にぽっかりと浮かぶ、小さな島。そこには春夏秋冬、それぞれの季節を司る女王たちがおりました。彼女達は「廻る季節の女王」と呼ばれ、その名の通り季節を廻らせる力を持っていました。それぞれ次の季節が近づくと、「廻りの塔」と呼ばれる塔に入り、次の季節が来るまでそこで暮らすのです。それはとても大切な仕事でした。
例えば春の女王は、穏やかな女性です。彼女が塔に入ると、島中の雪は融け始め、草花が芽を出し、動物達は目を覚まし始めます。春が訪れるのです。
では、夏の女王はどうでしょう。彼女が塔に入ると太陽は燦々と輝き、木々は萌え、動物や虫達は活発に活動を始めるのです。
このように、女王たちが季節を廻らせると、作物は実り新たな命が生まれ、人々の暮らしは豊かになるのです。では、もしも同じ季節が続いてしまったら、一体どうなってしまうのでしょうか。女王たちの国では今まさに、そんな危機に陥っていました。
もうとっくに春になっていなければならないのに、冬の女王が塔から出てこないのです。
このまま冬が続くと、寒さで作物は枯れ、生き物は飢え、雪に埋もれてやがてはみんな死んでしまうことでしょう。一つの季節が長く続き過ぎると、それはどんな生き物にとっても生きてはいけない辛く苦しい環境になってしまうのでした。
さて、女王たちは今、何とか冬の女王が塔から出てきてくれるよう説得するために、塔の下に集まっていました。
「ねえ、イヴェール、下りてきてちょうだい。もう私と交代しなくては、国の人々は死んでしまうわ」
そう言ったのは、春の女王です。いつもは穏やかで優しい彼女も、さすがにこの時ばかりは必死になっていました。女王たちの中では一番のしっかり者で、誰もが彼女に一目置いていました。しかし塔からの返事はありません。
次に動いたのは夏の女王でした。夏の女王は寒いところが苦手なので、何枚も服を着込んですっかり着膨れしています。とても快活な女性で女王たちの中では一番年上でしたが、この寒さには勝気な彼女と言えど太刀打ちできない様子です。
彼女は塔のドアをがたがたと音が鳴るほど強く揺さぶって声を張り上げました。
「ちょっとぉ、早く下りてきなさいよー!寒いのよ、これ以上冬が続くとみんな凍ってしまうわよ!ねえ、聞こえているの?」
それを咎めたのは秋の女王でした。まるで枯れ始める木々のように儚い、物憂げな女性です。争いごとが嫌いで、いつもでもおっとりと微笑んでいました。
「そんな乱暴なことはやめましょう、エスターテ。彼女が出てこないのには、きっと何か理由があるはずです。だって、こんなことは初めてですもの。優しく聞いてみましょう?ねえ、プリマヴェラ」
「ええ、そうねオートゥンヌ。一度城に戻りましょう、エスターテ。このままではあなた、凍えてしまいそうだわ」
女王たちは一度、城に戻ることになりました。結局冬の女王は一度も顔を出すことすらありませんでした。一体冬の女王はどうしているのでしょうか。
* * * * *
一方、冬の女王は塔の中の自室にいました。「廻りの塔」は国で一番高い建物で、女王たちはそれぞれ一番上の階に自分の部屋を持っていました。一つの季節を塔の中で過ごすので、彼女達はみんな自分の好きなように飾り付けては居心地良くなるように工夫を凝らしています。
さて、冬の女王はというと大きな窓に椅子を寄せ、物憂げに溜息を吐いていました。窓は開かれていて、そこからは風が吹くたびに雪がちらちらと舞い込んできていました。女王が着ているのはドレス一枚だけだというのに、まったく寒さを感じてはいないようでした。吐く息ですら、白く染まってはいません。
女王は窓の外をただじっと見つめているだけでした。雪で白く煙っている国は、まるで粉砂糖でも塗したかのようでした。それは美しい光景でしたが、あまりにも静か過ぎてどこか空恐ろしささえ感じます。冬は美しい季節ですが、あまりに長過ぎると、着実に生き物の命を奪ってしまうからです。
そこへ、ツリリ、と鳥の鳴き声が聞こえて窓枠へと一羽の鳥が降り立ちました。まるで雪のように真っ白でふわふわとした、可愛らしい鳥でした。それはシマエナガという鳥で、その可愛らしい姿からは“雪の妖精”とも呼ばれています。冬の女王とは仲の良い友達なのです。
「みんな、帰った?――そう、ありがとう。かわいそうなことをしてしまったわね。特にエスターテは辛いでしょうね。……それで、あの子は?」
尋ねかける女王に、雪の妖精は小さく鳴き声をあげます。彼女は塔から出られない女王の変わりに国のことを空から見て回っては、女王に様々なことを教えてあげるのでした。
女王は雪の妖精の言葉に頷くと、物憂げに溜息を吐きます。
「冬はまだ続けなければいけないわね。ああ、一体どうすればいいの…」
女王の声には誰にも、雪の妖精も答えることができないのでした。
* * * * *
城では、春の女王達が父親の王様に塔であったことを説明していました。可哀相な事に、夏の女王はすっかり凍えてガタガタと震えが止まらない様子です。
「ああ、城の中もすっかり冷えてしまったわね。このままだと本当に皆が死んでしまうわ」
「ねえ、もしかしたらイヴェールは病気になってしまったのではないでしょうか」
心配そうな秋の女王に、しかし首を振ったのは春の女王でした。
「いいえ、病気になったのなら今頃国は雪に覆われているはずよ。今は冬が長すぎるだけ。他におかしなところは何もないわ」
その通りなのです。塔に入った女王が病気になってしまうと、季節にもどこか異常が起きるはずなのです。何年か前に夏の女王が病気になったときには、日差しが強くなりすぎてしまったり、雨期にも関わらずまったく雨が降らなかったりもしました。秋の女王が病気になったときには、雨が一日に何十回も降ったり止んだりが繰り返されました。
このように、女王が塔の中で病気になったときには誰であれ気が付けるほどの異常が起こるのです。しかしこの冬はそういったおかしなことは何一つなく、女王が病気になったのではないはずなのです。
女王たちはすっかり困ってしまいました。王様もなぜ冬の女王が出てこないのか、さっぱり分からない様子です。そこで王様は、こんなお触れを出すことにしました。
* * * * *
“冬の女王を春の女王と交替させた者には、好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻ってこられなくなる、または心身ともに傷つくような方法は認めない。季節を廻ることを妨げてはならない。
これを破ったものは厳重に処罰する。”
* * * * *
お触れはすぐに多くの国民が目にしました。それからというもの、みんなは必死に知恵を絞ったり、冬の女王や他の女王たち、王様に会いに行ったりしました。しかし塔に入ることが出来るのはその季節の女王だけですし、冬の女王はいくら声を掛けても誰にも顔を見せることすらしてはくれません。冷たい季節を司ってはいますが、とても優しい人であったのに、冬の女王は一体どうしてしまったのでしょうか。
その答えを知っているのは、冬の女王の友達である、あの雪の妖精だけでした。雪の妖精は冬の女王が何をしているのかを知っていて、それを手伝いたいとは思っていたのですが、冬が続くことの危険性もちゃんと知っていました。
雪の妖精は、とにかく自分が知っていることを誰かに教えなくてはと思っていたのですが、残念ながら他の女王たちや王様、国の人々は雪の妖精の言葉がわからないのです。そこで雪の妖精は考えに考えた末、思いついたことを試してみることにしました。
雪の妖精は塔よりもずっと離れたところまで飛んでいくと、雪の中に咲いていた一輪の花を器用に咥えました。そうして今度は城下町まで飛んでいき、王様のお触書を一枚、細い足で掴みます。それからお城へと向かいました。
お城に着いた雪の妖精は、持ってきたものを見せるように女王たちの頭上をぐるぐると飛びました。雪の妖精に気付いた夏の女王は、腕を伸ばしてその指先に雪の妖精を止めてやりました。
「ねえ、見て。この鳥、お父様が書いたお触書を持っているわ!」
「私、この鳥は見たことがあります。イヴェールが大事にしていた子ですよ。何かを伝えに来てくれたのかもしれませんね」
「もしかして、この咥えている花かしら。プリマヴェラ、知っている?」
女王の中で一番花に詳しい春の女王は、雪の妖精から花を受け取り、じっと見つめます。その後ろで秋の女王は雪の妖精に向かって話しかけていました。
「見たことがない花だわ。これは冬の花ね。少し待っていて、今図鑑を持ってくるわ」
そう言って、春の女王は自分の部屋から大きな本を持ってきました。それは国に咲いている花がたくさん載っている図鑑でした。とても大きいので、手のひらで捲らなければならないほどです。
春の女王は冬の花が載っているところを開くと、一ページ一ページ確かめていきました。
「あった、きっとこれだわ!」
見つけたのは、雪華草と書かれている花でした。名前の下に描いてある絵は紛れもなく、雪の妖精が咥えてきた花です。白い、ドレスのような花弁が金色の雌しべと雄しべを守っているようです。
「せっかそう…?聞いたことがないわ」
小さく呟いた夏の女王に、秋の女王も王様も、こっくりと頷きました。春の女王もどうやら聞いたことがない様子で、すぐに花の絵の下に書かれた説明を読み始めました。
「“雪華草は、雪が降るような厳しい寒さが続く時に咲く花である。高山地帯にしか咲かないため、目にする機会は少ない。しかし雪華草は不治の病とも言われるセゾニエール病の特効薬となる”――ですって」
それを聞き、みんなは黙ってしまいました。セゾニエール病とは、とても恐ろしい病気なのです。この病気に罹ると、まず身体は動かなくなってしまいます。そして病気になった人は眠ってしまい、段々と身体は氷のように冷たく、硬く、そして透き通っていき、やがては死んでしまうのです。
「あの、この鳥はイヴェールがなぜ出てこないのかを伝えに来てくれたのではないですか?この花を必要としている人がいるからイヴェールは冬を終わらせないのではありませんか」
秋の女王の考えは正しいように思えました。冬を終わらせると雪華草は咲かなくなってしまい、誰かの病気は治らなくなってしまうのです。では、セゾニエール病になってしまったのは一体誰なのでしょうか。
早速、女王たちはセゾニエール病に罹った人を探し始めました。国の人々もそれを手伝ってくれたので、病気になった人はすぐに見つかりました。
それは、山奥で小さな孫と二人きりで住んでいるおばあさんでした。小さな孫は母親をセゾニエール病で亡くしており、おばあさんのことだけは絶対に死なせまいとたった一人大雪の中雪華草を探していたのでした。
雪華草は凍りついた美しい湖の畔に、ひっそりと咲いていました。国の医者は早速薬を作り、おばあさんに飲ませました。
「ほんとうにありがとうございます、じょおうさまたち!おくすりはもうたくさんあるから、どうか春のじょおうさまと変わるように、冬のじょおうさまにつたえてください!それと、お礼も!」
幼い孫はまだ目覚めないおばあさんの看病をしながら春を待つようでした。おばあさんの冷たくなっていた身体はすっかり温まり、春が来るころにはきっと元気になっていることでしょう。
「イヴェール!さあ、もうプリマヴェラと交替しても平気でしょう!下りてきて頂戴!!」
夏の女王の声に、いつの間にか飛んできた雪の妖精がツリリ、と鳴きながら塔の周りを飛び回りました。すると冬の女王が窓から身を乗り出しました。女王たちはみんな、口々に冬の女王の名を呼びます。
「みんな、ありがとう!もう冬は終わりよ!」
こうして四季の国には暖かい春がやってきたのでした。おばあさんもすっかり元気になり、孫と二人で仲良く楽しく暮らしたのでした。
Fine.




