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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
9/59

9/執事アイン①

 貴族モルチスの執事であるアインは急ぎ、モルチスの元へ行かねばならなかった。


特火点の解体に了承を貰いに行くこともあったのだが、モルチスが解体を拒むのなら早くタカードに知らせにしかなければ、あのような気質の男は知らせを待たずに取り掛かってしまうであろうことを予見してである。


また、モルチスが解体に快諾した場合もその解体の速度を上げるために、異種族から仕入れた銃用の火薬を用いて効率化ができると踏んだからである。主人に褒められたいが一身の行動だ。


 アインの生まれは王都の外れのスラムである。


両親は王都に住んでいたのだが、貴族の大移動の際に危機感から給与の良さそうな貴族お抱えの商人への転職を画策するも失敗し、今までの商いに戻ろうにも一世一代の商機を逃すまいと、今まで地方を渡り歩いていた腕の良い商人の大量流入により市場は信用で売るか低価格化で売り抜けるしかない厳しい時代の波に勝てる訳もなく一家は路頭に迷うこととなった。


その後、同じように王都出身で職を失い行く宛てのない者たちが集まるという郊外のコロニーへと一家で向かった。


コロニーでは共同生活を強いられるも他のスラムで生活することは、スラムの人間から元町人として憎しみの対象にされることと同義であり、そんな元町人たちはお互いに寄り添いその日その日を死に物狂いで暮さねばならなかった。


コロニーでは不慣れな農作業を行い、王都で日雇いでも仕事があれば過去の伝手から頼み込んで頼み倒して、それでの駄目なら居座ってでも仕事を手にした。


これは当時、まだ大人になりきれない年頃であったアインも同様である。


貴族の帰国に続き、農業や工業の国家事業化、軍の再編成、宗教の再統一など時代の流れは目まぐるしく、技術があれば国家の農業、工業に就職もできるが王都の元町人たちにそういった技能を持つものは少なく、そんな町人を救うために動いてくれていた宗教施設はどこも満杯でコロニーで過ごすのとさほど変わりはしなかった。


もう少し幼ければ修道院に預けられ、もう少し大人であったなら軍に入隊することもできたが、アインは丁度どこからも必要とされない年齢であったため、両親が苦心していたことをいまでもアインは覚えている。


仕事も子供の使いしかなく実入りが少なく、かといって両親の生活を楽にしたい一身であったアインは一つの過ちを犯してしまう。


子供で溢れて比較的周囲に溶け込める修道院に忍び込み、院長室の金目の物を手当たり次第に盗んだのである。


子供の浅知恵で走って逃げることぐらいしか考えていなかったアインは直ぐに修道士に見つかってしまった。懸命に走るも盗み出した物が多く、いつもより遅くなってしまったアインは修道院の敷地から抜け出すのが精々で修道士に捕まってしまった。


その時の良い訳がこうである。


「貴族の旦那に修道院に寄付をするから、これを持ってきて見せてくれと頼まれたんだ。院のみんなのためにも頼むから行かせてくれよ。お願いだ」


 優しき修道士たちにこんな嘘を信じる義理などなかったが、少年の必死な願う姿に仕方なしにその貴族の元へ一緒に行こうと提案する。


アインは内心気が気でなかった。貴族の元に行けば嘘がばれ、きっと厳しい罰を受ける事になるだろう。


両親はどうであろうか。きっと私に呆れて見捨てられてしまう。私はどうなるのであろうか。身寄りもないからと修道院に置いてもらえるはずもない。働き口もない。ひとりぼっちになってしまう。


修道士たちはアインを連れ貴族の元へ寄付を募りに行き寄付がなくとも、アインがまだ大人でないからと貴族が嘘をついたのだということにして彼の行いは不問にしようなどと考えていたが、そんな思いが罪悪感と喪失感から周りが見えない、ましてやまだ子供であったアインに伝わるはずもなかった。


 アインはあまりない知恵を振り絞って一つの方法を思いついた。元いた家の近くへ行くことである。


元我が家の周囲の道や地理に覚えがあるアインはそこで、持つ物のほとんどを捨て去り逃げてしまおうと思いたった。


思いたったら止まらない。


修道士たちに嘘がばれているとも知らずにアインは道案内をする。


――あと少し、あと少しで家に着く、そうしたら逃げる。逃げる。ひたすら逃げる。


そう心で何度も呟くアインに予期せぬことが起こった。


「わわわ、わあ。君が持っているのってもしかして時代書にも描かれている聖人の像?わー、すごいね。す、すごいよ。僕に見せてー、見せてくださいな。」


 年齢不詳の気味の悪い小太りの男がアインの前に躍り出てきた。


身なりはいい。そうだこのおじさんを貴族に仕立てようと思い、男に像を渡す。


しばらく、ふんふんと鼻息を漏らしながら一頻り眺めた後に突然町の真っただ中で叫びを上げた。


「ハハッ、すごい!これすごいよ!」


 アインの周りの修道院も驚いていた。男は興奮した様子で手に持った像を顔に近づけ流暢に言葉を紡ぎだす。


これはかなり古い五百年は前の物かとか聖人の時代書での記述など次々と話しているが、学がないアインにはそのほとんどの内容がちんぷんかんぷんである。


「あっあっ!これすごい!中が空洞になっているぞ!ん!何か入ってるな!」


甲高く声を発し像を高く上げる男に慌てて修道士たちが止めに入る。


「それは、我が修道院で保存しているものなので困ります。貴族様。この少年に院の物品を見せろとおっしゃったのはあなたなのですか。寄付をするのだとしても勝手に院の物を壊そうとするのは困ります」


「僕が、この像を壊すと?とととと、とんでもない!こんな貴重な物を壊すはずがないでしょう!」


「でしたらそのように高く像を振り上げるのはよしてください。お願いです」


「あ、ああこれは聖人の像の足の作りを見ていたんだよ。困ったなぁ、そんな風に見られてたのか。ごめんなさい。この像はお返しします」


先ほどとは打って変わって、縮みこむようになってぺこぺこと頭を下げながら像を修道士に手渡す男。修道士も身なりの良い貴族風のこの男にこのように頭を下げられて困っていた。


「なにとぞ、なにとぞ頭をお上げください。そのようなつもりもなかったことは分かりました。我々の早とちりです。こちらが謝る方です」


「そ、そんな。勘違いさせた僕に非があります」


 貴族と修道士がお互いに謝っている珍妙な光景にアインは逃げる事など忘れて立ちつくしてしまった。


同じようにこの光景を見ている者もいる。変な集団を避けるどころか、むしろ人が集まってきた。


これにはお互い慌てたようで何もなかったのだと心配をかけてすまなかったと周りに説明する。その騒動が収まった後、男と修道士たちは互いを見て笑い合った。


「いやあ、とんだお手間をかけました」


「そ、そんな事は。それより寄付ですか?院の経営は思うように行っていないのですか?」


「はあ。近頃は人の流れが激しく、孤児になる子も多いのです」


「そうですか。な、なら僕が寄付をお約束しましょう」


 随分とあっさりと決めたものである。


貴族の男の申し出に、初めはそんなつもりではなかったのだ、気が向いたらでいいと遠慮をする修道士たちであったが、貴族の男は外見や口ぶりにそぐわず押しが強く、修道士たちが折れることで院への寄付が決まった。


「あっ、あっ。でも一つ条件が。僕が行くたびにその像をお見せしてもらえませんでしょうか」


「はい。そんなことなら私たちが院長を説得します」


「あ、後!保存する施設は僕が用意します。丁寧に保管されていたようですが、もうこの岩で出来た像もずいぶん風化が進んでいますので」


「そのようなことまで。なんだか心苦しいのですが」


「いいんです。遺物の保存が第一義です」


 修道士たちも押しの強い男に慣れてきたのか、申し出には素直に喜ぶことにしたようである。


「で、では後ほど修道院に伺います」


「あっ、我が院は町の東のノートルニアの家という名の孤児院が隣接したものです」


「分かりましたー。迷わずに伺いますー」


 機嫌がいいのか貴族の男は高く声をあげて返事をする。


「あっ、君は少し僕に付き合って」


 そういうと貴族の男は私の手を取り修道士たちを後にした。


強く握られている訳でもないのだが、思いのほか力強くて振り払おうにも振り払えずにいると、道の真ん中で手を離しこちらを向く。


近くで見ると眼がくりくりしていて子供のそれのようだ。これが気味悪さの正体なのか。


「ねっねぇ。どうして僕に像を渡してくれたの?」


「おじさ、貴族様が見してくれと言ってきたからですよ」


 ふんふんと頷きながら貴族が言葉を出す。


一瞬自分の犯した罪がばれたのだと焦ったがどうなのだろう。注意をしながら貴族に答える。


「ねぇ。君は院で生活しているんだよね?」


「はい。そうです」


「どうしてあの像が特別なものだと知っていたの?ああいう貴重な物は厳重に保管するんだけど。状態を見るに大切には扱われていたようだけど」


「院長の部屋に入った時に視界に入ったのです。父は骨董品の取り扱いをしていたものですから、一目で良い物だと思いました」


 そこは正直に答えた。たまに本当のことを混ぜれば嘘がばれにくくなることをコロニーでの生活で気付いたのだ。


「うんうん。そーかー。お父さんの影響かー」


 何やら納得した様子の男は私に一つの提案をしてきた。


「君、孤児院にいるってことは親御さんとは今一緒にいられない状態なんでしょう?」


 やはり少し気味が悪い。


男は鼻息を鳴らしながらこう言った。


「僕の家で働いてみないかい?院の人の了承も取れればだけど」


 貴族の男の話をまとめてみるとこうである。


その男の家には目利きなどができる者が使用人の中にはおらず、友人に頼むにもその友人は友人で趣味に没頭したいだろうから時間を盗ってしまうのも心が引けるらしい。男は国に遺物専門の調査班を作り、王国と家からの援助の下、好き勝手に世界の遺跡巡りがしたいようなのである。一人だけでは調査班の許可が国からでないため名義上だけでも人手が欲しいようである。


 悪い話ではない。今の生活からは抜け出せるのであれば自分は何でもする。


そう盗みでも。


しかし、どうしたものか。修道院で過ごしていたと言ってしまった手前、彼に提案を撤回させないために、そこは事実として演じなければならなくなった。


両親を直ぐに呼ぶことなど出来ないだろう。そうだ。まず今日の所は一度帰らせてもらって、両親に事の次第を話した上で明日この男の世話になることにしよう。


いや、駄目だ。


母ならともかく、あの父がそれを許してくれるはずもない。まだ家があった時に町から遠い国の文官を養成する学校へ入れてくれといくら頼んでもお前はまだ子供だと頑なに許してくれなかった父だ。


今回も遠くへ旅に出るかもしれない事を考えると到底許してもらえる自信がなかった。また、自分の罪を伝えるのも気が引ける。


「ど、どうしたの?浮かない顔だね。無理な頼みだったかな?」


「い、いえ。貴族様あの……」


「いいよ。駄目なら仕方がない」


「いえ。そんな事は――」


「うーん。じゃあ、一つ質問をするから正直に答えてね」


 また気味が悪くなった。表情はぎこちなく眼がくりくりしているのが原因なのか。それは直ぐに分かった。


「どうして盗みなんてしたの?」


 あまりに唐突に隠していたはずのことに触れられて私はびくりとしてしまった。


「あ、ああやっぱりそうなのか」


 冷や汗が出る。頭が熱くなる。顔が真っ赤になっているのだろう。それだけではない。視界がぼやける。涙目になっているのだ。


「お金がないんです」


 他にもいいようがあったはずだ。両親の助けになりたかったとか、こんな生活が嫌だったとか。


しかし、そんなことは口に出来なかった。正直な気持ち一番辛かったことが何なのかはっきりとは分からない。


ただ悔しくて。ただ辛くて。分かっていた事はただお金があればこんな気持ちにはなっていなかったということだけだった。


「わ、わっ。ごめんね。ただなんで嘘をついたのか知りたかっただけなんだ。ごめんよう」


 貴族の男にその時は気味の悪さがなかった。


そうなのだ。この男が本心を隠して取り繕っている事が自分には子供の直感的に分かっていたのだ。


それがこの気味の悪さの正体だったのだ。この後から、男は正直に私に気持ちを話してくれた。


雇いたいという話は私が盗人だと分かっても変えるつもりがなかったこと。院長の部屋に入った理由を話さなかったのは後ろ暗いことがあったからだと思ったとの事。修道院の隣の孤児院に住んでいるのに修道院長の部屋に入るなんてよっぽどのことをしたか、されたかだと思って心配したとの事。しかし、その口ぶりは軽かったので他の理由なのではと思ったとの事。では何が入った理由かと考えた時にもしや小遣い欲しさに盗みに入ったのではないかという事。正直に話してくれて嬉しいとの事。


そんなことを考えていたなどと微塵も、というか気味の悪さで私は感じ取っていたようだが驚きだ。この貴族の男は見かけによらず繊細な神経であると思った。


男につられて私も正直な気持ちを洗いざらい話してしまった。


コロニーでの生活、どこへいっても邪険にされる虚しさ、焦り。盗んでしまったことへの後悔の気持ちと自分はこんな生活をしているのだから盗みぐらいいいじゃないかという驕り。


男は口を挟むことなく、ただうんうんと頷いて話を聞いてくれる。とても心地が良かった。


「分かった。君は両親と離れ離れになっている訳ではないんだね」


 今までの挙動不審な態度ではなくとても穏やかに行った。そして、男から思いもよらぬ言葉を聞いた。


「それじゃあ。君と君の両親を僕が雇おう。もちろん君にも両親にもしっかり働いてもらうよ。そうだな。君の両親はうちの使用人でいいかい。これは両親とお話をしないといけないな。骨董商だったのなら物の扱い方は分かっているだろうから保管所の管理を主にしてもらおうかな」


 それから私はコロニーの両親の元へ行き一緒に来てくれとせがんだ。


両親は私の行動に不信に思うもいう通りにしてくれたので、一緒に貴族の男に会うことができた。男と両親が話し合った結果、一緒に各地の調査に向かうことの許しが出た。


貴族の男はなんと私に一通りの教育まで担当人を付けてまでしてくれた。調査に役立つからとたくさんの本も読ませてもらった。どうして私にこれほどのことをしてくださるのかと興味があるが、何か聞いてはいけないような気がして今も聞けずにいる。


私はそれから数年勉強に勉強を重ね貴族の執事として十分な実力をつけ、その男の執事となる。


男は初め、執事などいらない。対等な関係でいようとまでおっしゃってくださったがそこは何とか私の意見を押し通すことができた。


私の主人は今でも敬称など止めてくれ君とは良い友人でいたいんだとおっしゃってくださるが私ももう大人である。他の使用人の者の前で示しが付かないからと頑なに拒んでいる。


 私の主人は家名を付けて呼ばれる事をひどく嫌うがあえて言おう。


私の恩人であり、兄のようであり、親のようでもあり、一番の親友でもある彼の名はモルチス。モルチス・サンバルト。


高貴な身でありながら遺跡発掘、調査、解析に人生を賭ける男。俗世では酔狂、挙動不審、変人と良い事なしだが私にとっては、土砂降りの中凍える私の心を救い、虹をかけてくださったたった一人の掛け替えのない英雄である。


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