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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
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7/貧乏騎士ユサン①

私の家は代々の騎士である。しかし、私の親たちは目立った武功を立てる事も出来ず、片田舎に辛うじて屋敷を持つ程度の貧しい生活に甘んじていた。


周りは平民ばかりなのでその貧しさに当時気付きはしなかったが、ついに我が家にも国への召集がかけられてきた事で都会へ出た私は同じ騎士である貴族の子息たちの生活と城下町の人々の生活を見聞きし、ほとほと心が打ち砕かれてしまった。


華美な装飾の鎧や剣に真新しい大きな屋敷。私と彼らとは完全に別世界の人間であった。


他の騎士仲間たちは私を田舎者などと誹りはしないが、貴族の騎士たちの私たちへの視線はとても屈辱的なものであった。


召集の際は王都内に家を持つようにと命じられていたのだが、父が戦の傷が原因で病死し私以外の幼い弟たちを溺愛する母はあの田舎から出る事を頑なに拒んだ。


父の家系はもう途絶えたことにしてどこかへ隠れようなどと私に提案するほどであった。


私は男手として必要とされているだけだと知っていたので、自分の下には最低限の身支度金だけを残し、屋敷と家財道具を一切処分して母にくれてやったのだ。


やはり都会に来てから激しく後悔している。今もだ。


そんな私は一握りの全財産と代々受け継がれる剣を抱えて、他の貧乏騎士たちと同じように町に住居を借りるはずだったのだが、やられたのである。スリだ。



「おーい、そこの騎士さん。ちょっと水持ってきてくれないか」


「ははは、坊っちゃんを虐めるのは止せよ。騎士長に言いつけられるぞ」


 今は出稼ぎにきた兵や傭兵用の無料の宿舎。とはいってもただのタコ部屋だが。に住んでいる。


「おい!聞いてるのか!」


居心地は悪くはない。ただ小うるさい蠅が目の前でぶんぶん騒々しく飛ぶこと以外は。


「手前!舐めやがって!こっちを見ろ!」


 横になっているところを腹を蹴られ、馬乗りになられて顔を殴られた。


「誇り高き騎士に喧嘩を売る意味が分かっているのか?」


「何が誇り高きだ。こんな所で男を待って寝てるカマ野郎が騎士な訳ないだろ。なぁ!みんな!」


 部屋の他の者はただただ笑うだけで返事はない。


「決闘だ」


 男の顔が一瞬強張る。私にびびっているのではない。たぶん殺し合いをしたことがないのだろう。大丈夫だ。素人同士なら勝てる。


「いいだろう。上等だ!その錆びれた剣だけ持って表出てこい」


 乗ってきたぞ。あのまま馬乗りになられていたらどうしようかと一瞬思ったが、これで楽しめる。


騎士は野蛮な殴り合いなどしない。そうだ殴り合いなど決してしない。けり上げられた腹を抱えながら立つが大事な剣は離しはしなかった。


「おいユサン。またかよ。止めとけって、あいつお前より一回りはあるぞ」


タコ部屋で年の近さから馴れ馴れしい出稼ぎの兵に小声で諭されるが問題はない。今は決闘が出来る事の方が重要だ。


「おい。止めとけっって」


そんな声を無視してタコ部屋から抜け出し腐った魚の臭いがする廊下を抜け外に出る。


外は盛り上がっていた。


「おう。坊っちゃん騎士様の登場だ。お前ら賭けろ賭けろ」


 私の後に続き、暇を持て余した汚らしい姿の兵たちが次々と外に出てくる。


宿舎の二階や屋根から叫ぶ者もいる。これまた幸いと仕入れてきた果物や酒を売る連中も出てきた。


「へへっ、なんだか盛り上がってきたなぁ。カマ野郎。今から止めようったって周りの奴らが許しちゃくれないぜ」


 この男は知らないのだ。これが一度目ではないことを。


ただの兵同士の喧嘩の延長線であったならこんなに人は集まらない。周りを見渡しては興奮しているが絶対に後悔させてやる。


「防具は着なくていいのかよ。お前、怪我するぜ」


「決闘が何たるか知らないのか田舎者。お前みたいなのも着られる物がなくちゃ同じ条件にならないだろう。それともその分厚い肉だけじゃ心許ないのか。情けない」


「いいぜ。おい、もう始めてもいいのか?野郎ども!」


 振り回す手に持った両手剣がぶんぶん、と音を立てている。


いきり立って素ぶりをする様子を見て少し後悔もしたが、こちらも興奮の方が勝ってきた。大丈夫だ。


「ちょっと待ってくれ。今、集金が終わるから。おい。もう賭ける奴はいねぇか。締め切るぞ。早く金集めろ馬鹿。始めちまうぞ」


 何人かの兵に金を集めさせる賭けの胴元役をする男はどうやらよっぽど信頼されているらしい。


他に賭けを取り仕切ろうとする者の所には人っ子一人こない。この前の賭けでの取り分も少しだが生活の足しには十分なほど私も貰った。計算が得意なのが取り柄なのだろう。


「よーし。準備はいいか。これは賭け試合じゃねぇ。決闘だ。騎士様のお墨付きの。この場限りはユサンもナックも同じ身分だ。つまらねぇことして白けさせんなよ」


 そうこれは賭け試合ではない。


決闘だ。


騎士らしく。騎士らしくするのだ。


「よし。二階が見えるか。そこから剣を落とす。剣が落ち切ったら始めろ。早とちりすんなよ落ち切ったら、だ。みんな見てるんだ。いいな」


 少し、緊張してきた。この緊張感が心地よい。


あと少し。あと少しで始まる。


「よーし。落とせー」


 宿舎の二階から剣が放り投げられた。回転しながらも着実に地面へと向かっている。場の凍てつくような緊張感からか感覚が研ぎ澄まされ、この時になるととてもゆっくりと剣が落ちるのが見える。あと四十センチ、三十、二十、十。


「うおおおおお!」


剣が地面に落ち切る前に雄たけびを発しながら男ナックが突進をしかけてくる。大きな剣を真上に振りかぶりながら真っすぐこちらに。


こちらはあからさまに不意打ちを仕掛けてきた男に拍子抜けしてしまい一瞬足の運びが遅れた。これでは剣を受け止めるほかあるまい。


その時、病死した父の顔が脳裏に浮かんだ。この剣で初めて人を斬った時の喪失感が蘇る。


駄目だこんな汚い血を浴びせられない。


唐突にそう思いついた私は剣を急いで、だが優しく地面に投げ捨てた。その光景にナックの顔が歪む。


私は一心不乱に兵が投げ地面に落ち突き刺さった剣に向けて走り出した。


「逃げるなぁ!戦えぇ!」


 ナックはそう叫びながらも直ぐには追ってこない。振りおろせなかった剣を正面に戻し、一度呼吸を整えなければ。


先ほどの素ぶりは決してはったりではなく実力なのだろうが、手に力が入りすぎたのである。馬鹿力だけに余計な力が入りすぎると次の動作への準備時間がより大きくかかるのであろう。


私が剣に飛びついた時には、私の初期位置で粗く息を吐きながらも落ち着こうとしているのが見て取れた。私も息を整えなければ。


そう思い、お互いに睨み合い、その場から一歩も動けない状態が一分近く続いたのか、私はだいぶ落ち着いてきたがナックはまだ鼻息が荒い。


私が剣を構えながら確実にナックの方へとにじり寄る。ナックは少し後ずさる。


「よお。大事な剣を投げ出して逃げるんじゃないかと思ったぜ」


 その手には乗らない。


私は一歩二歩と次第に、だが速度を上げながらにじり寄る。


「これいらないなら俺が貰ってもいいか」


 軽い剣に変えたところで有り余った力の分だけ早く振れる訳でもない。私は切っ先をナックに向けながらその歩調をずらしながらも着実に近づく。


ナックがにやりと笑った。


「いや、こんなゴミはこうだなぁ!」


 ナックが私の、父の形見の剣を踏んづけた。


靴の裏の汚らしい土の付いた部分で私の父が持った剣柄をぐりぐりと。腐った魚の臭いのする廊下を歩いた足で泥を私の剣の柄に擦り付けた。


「やああああ!」


 私はナックに詰め寄って右から左へ剣を振り回していた。ナックは少し後ろに下がってやり過ごすと剣を左斜め上に振り上げそのまま勢いよく踏み込んできた。


私に思いのほか近づかれたので柄で突いて来たのだ。私は剣の重みに身を任せると左へ傾きそれを避ける。しかし、ナックは右手を柄から離すとそのまま肘打ちをしてきた。肘打ちは私の脇腹にヒットし地面に倒れ込む。その隙を逃すまいとナックは剣を振り上げ、そして私は……。


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