57/兵士ローバス⑫
私は部下に両腕を担がれ、この者たちと対峙している。本当にいたのだ。魔法使いは。私は今まで見た事がなかったがそれは幸運なことであった。あの一撃の内に怪物を軽く、本当に軽く屠る様を見たら、もし私が戦場で彼の様な魔法使いの異種族に出会っていたなら、一瞬でどうにでもされてしまう事がひしひしと伝わった。痛いほどに。体中が痛むのとは別にだ。
「よく――来てくれた――」
言葉がなかなか出てこない。私も限界だったのだ。
「貴方がローバス殿で?こちらこそ、この状況で良く耐え抜いたと伝えておきます。貴方が療養に勤しむ間に。」
彼は本当に私を思っての表情を見せる。これは人たらしの顔だ。美貌に嫉妬したからではない。こんなおっさんが今更美しさなどに嫉妬はしない。私の直感に来たのだ。
伝える。そうか彼らが兵士長からの救援か。かなり遅い。本当に遅かったが、よく最高の救援を寄越してくれたものだ。
私には彼に伝えてもらわなくてはならない事があった。クッタリア、ナルシア両町の人々の被害や、私が見た怪物の正体――あの謎の液体――よりも先に。
「死霊術――ゾンビ――」
単語が一つずつしか出てこない。少し息を整えなければ。
「あれは死霊術の類ではないでしょう。この辺りに術者はいませんでした。しかし、あんな猪突猛進な人間は――。怪物は見た事がありません。何が原因なのでしょう」
そうではない。そうではないのだ。
その時、あのローブが視線の隅に見えた。
「馬だ!誰だ。あの馬に乗っているのは」
「この町の馬はみなあの怪物に食いちぎられていたのではないのか!どうした!」
魔法使いの男が彼を――ヒリエムを――捉えた時にはもう馬は彼らの横を横切り、町の出口へと一目散に走っていた。
「確認したよ。あれは全部死馬だ。馬小屋に生き馬なんて――」
彼らが追うも馬の早さは並ではなかった。
「彼が――」
私の声は周りの喧騒に消され、誰にも聞こえない。
「追え!奴を逃がすな!術者かもしれん!」
急ぎ馬車に向かうも既にヒリエムは町から出てしまう所だ。
「私が行きます!」
二名の者が一つの馬車に駆け寄り馬を外して、飛び乗る。もうヒリエムの姿は見えない。
「彼は――」
魔法使いの男に焦りが見える。術者を逃がすとは。しかもこれほど危険な術の。と思っているのかもしれない。
「――何者だ」
「助けてくれた――我々を――」
男が私の方を向く。
「それで、彼は何者なんですか!」
興奮気味に私の肩を揺する。私の部下たちが止めに入る。重症者なのだと。
私は部下を制止し言葉を続けた。
「怪物とは――関係ない――彼は――死霊術師だ」
やっと意味の分かる言葉になったであろう。
見る見る魔法使いの顔色が青くなる。それほど驚く事であったのだろうか。
男は振り向き部下たちに命じた。
「お前たちもあの男を追え!絶対に逃がすな!」
男の叫びは町中に響いた。