55/鍛冶師の娘メレ①
怖い。怖い。とても恐ろしい。
外ではまだ悲鳴が止まない。
あの怪物に襲われた人の絶命の。最後の。
言葉はこの家の中で木霊し、私の鼓膜と心を震わせ続けた。
私はどうにかその声を。今のこの景色を。
遮断するために目を瞑り耳を塞ぐ。それでも聞こえてくる悲鳴。思い浮かんでしまう光景。私は手から伝わる脈動に神経を集中した。次第に血液の流れる音以外が聞こえなくなってくる。
これで。これで。早く終われ。早く終われ。
そう心で念じ、この惨劇が終わるまでじっと耐えた。
お母さん助けて。私とお父さんを。お母さん。
心の中で呼びかけても応えがあるはずもない。
それから悲鳴が聞こえなくなったと気付いたのは何時だっただろう。
私はそれに気付くと目を開き、耳から手を離す。
どうなったのか。とても不安で。とても心細くて。
お父さんは。お父さんは無事だろうか。なんとか確認しないと。だけど、外にはまだいるかもしれない。
あの化け物が。私はしばらく逡巡した後ついに窓の蓋を少し。ほんの少しだけ。開けて外を見る。
こちらを見ていた。
表所の伺えない眼差しで男がこちらを見ている。怪物だ。
その直ぐ先の怪物も。その先のも。全ての怪物がこちらを見ている。
なんて事をしてしまったのか。動いた窓の扉。その微かな動きさえ捉えるその驚異的な動体視力。さっきまでの殺意の籠った目ではない。まるで蛙が獲物を捕える時のような目。こちらを捕えようなどとは思っていない。その眼はただ本能の赴くままに、ただ動く物に襲いかかる眼だ。
私は凍りついたようにその怪物たちから目を離せない。きっと見てた。窓の隙間から私が覗き込んだのを。だとしたら今動いたら私はやつらに気付かれてしまう。生きていると。
メレがそう気付き視線さえ全く動かさずにしていると、怪物たちの中で視線が砦の方へと向かう者がいた。私も自然とその先を追ってしまった。
私を。私の目を見ていた。
怪物が窓目掛けて走ってきた。その怪物の動きに釣られて他の怪物たちもこちらを向いた。
私は恐怖のあまり窓を閉めてしまった。耳を塞ぎ、家の奥へと逃げる。
どうか見つからないように。どうか家の奥まで怪物が入ってこないように。
そんな心配を余所に窓が叩き破られる。怪物が入ってくる。
逃げないと。ここから逃げないと。
その時、焼け焦げた臭いがした。