50/鍛冶師タカード③
賑わっていたのは一瞬だった。
あれからほどなくしてモルチスの要望通り開かずの間をこじ開ける事に成功はしたものの、中では何がなんやら訳の分からない物が多くどこから手を付ければいいのかモリチスでさえ尻ごみをしていた。何やら特別なからくりがあるようなのはその複雑怪奇な様から分かるが、果たして何を触ったら何が起きるのか、全く予想がつかず適当に触る事もモルチスが激しく拒否したため未だ手つかずである。
代わりに他の開かずの間を何個か見つけてこじ開けたが、初めの部屋ほど複雑な何かがある物はなく調査を進めてもこれが何なのか分からず終いである。
それからほどなくして異変が起きた。物資を売りさばきまた仕入れに行った行商が帰ってこなくなったのだ。調査はまだまだ終わらない。飲食や日用品、骨董品など売りに来ていた者がまた来ると言って出て行った後に戻ってこない。一人もだ。
これには町でモルチスに重宝されていた行商も含まれており、帰ってこないには何か理由がある事は明白であった。もちろん護衛に人手は割いていて、モルチスが雇った傭兵が一言もなしに小遣い稼ぎに同伴してから全く音沙汰がないことも理由の一つだ。金の半分を貰わずに帰る馬鹿が傭兵にはいるはずもなく、町では猛獣にやられたのだと狭い町で人知れずに噂になる訳がなく全ての町にいる人間が知る事となった。
困ったのは傭兵だ。旨いビールを飲みながらの気ままな仕事であったはずが、今やまともな食事にありつけない。誰も帰ってこない事に縮みあがった他の商人に仕入れてくるように言いつけても誰も行きたがらない。仕方がないので猛獣狩りの隊を率いさせてキャラバンを出発させたのだが、これも誰一人帰ってこなかった。
今町にいる戦力は必要最低限の傭兵だけである。今や大道芸人も音楽家も揃って元の閑散とした酒場でこじんまりと過ごしている。町長の立てた関所もみな暇だ。
モルチスは相変わらず中央砦の調査をしているが、既に最も重要と思われる部分は見つけているのだから、さっさと動かしてみるか解体してしまえと言いたい。アインら使用人軍団もすることがなく暇そうである。
「モルチス殿、そろそろ町に行商を引き入れるために何とかしないといけませんとよ。町の備蓄だって限界がありますし、傭兵たちも干した果物とか保存食ばかりは嫌だって不満を漏らしてましたよ」
モルチスは相変わらず既に何度も観た壁やら何やらを眺めている。こちらの話など聞いちゃいない。
「モルチス殿。聞いているのですか?」
「聞いてますよーもちろん。はい」
気の抜けた返事である。
「そんなこと言ってもタカードさん。僕にいったい何をしろと?」
一応聞いていたようである。遺跡に集中しているからか、とてもはっきりとは喋る。
「商人に仕入れに行くように依頼したり何だってあるでしょう」
「商人の方々は猛獣に怯えていますから駄目でーす」
「だからって手をこまねいていては――」
「はい。だからこの調査を速く終わらせてみんなで撤退しましょう」
いつ終わるとも分からぬのにか。その前に飢え死にしてしまう。
「――それなら、さっさとあれ動かしてみましょうよ」
「それは出来ません。危ないですよ。遺跡にはどんな罠があるか。」
それもそうだが、このままでは猛獣より傭兵の暴動の方が心配である。そんな話を延々と続けていると町で騒ぎが起こっていた。
「おい。誰だ、危ねぇ。馬車を止めろ止めろ。止めろ!」
暇をしていた関所を突破してきた集団が現れたのである。暇な人々が集まってくる。
「怪物が。怪物がやってくるぞ。門を早く閉めろ!」
乗り込んできた馬車から一人の男が叫んだ。