5/鍛冶師タカード①
ナルシアは自然と人工の融合した鉄壁の要塞である。町の周りは亀の甲羅のように堅甲な各鉱石や炭鉱の山々に囲まれ、その外は激しい流れの河川が谷底を濁流している。
町への唯一の出入り口である森は辺りの見晴らしがいいように入り口周囲から徐々に切り倒され、その木々はたたら場の燃料と簡易な矢倉へと変化した。
町の中には人類戦争の名残である石造りの砦以外にも鉄製の骨組に砂利を塗り固めた特火点などがある。
なぜこのような技術が残されてるのか諸説あるが、一番有力ではないが信じられているのはイデオム王時代に異種族の技術が齎されたのだということだ。この町の人間に限らずノートルニア信仰のある地域ではこれに異を唱える大きな声は一部の知識層だけである。
しかし、異を唱えても証明する情報が乏しく、異論者の中にローム王が異種族を隷属して造らせたのだなどと突拍子もないことをいいだす者が現れては両論者の笑いの種になっている。
このタカードという男はどちらかといえば笑い物にする方であるが、勤勉な性格と町の誇りである製鉄の技術を用いた製造技術の発展に人生を賭けておることから表立って他人を笑う時間など惜しいと考える人間である。
この町の主産業が製鉄であるのでほとんどの町の人間は製鉄か鍛冶か鉱員をもっぱらの生業とする。
しかし、それは領主がいなくなるまでのことであった。領主が国へ返されると共に町の製鉄や鍛冶の技術者もその多くが国に徴用され、代わりに有り余った石炭と砂鉄を求めに多くの交易商人たちが殺到した。
戦乱が続くうちに資源が乏しくなったのであろう。見境なく買い求めに来る商人たちに、町から技術者がいなくなったことで売り手を失った鉱員の家は次々と売りつけて裕福になったが、町に残った製鉄と鍛冶の技師たちは仕事が少なくなり、製造品を買いに来る商人もいなくなって立ちいかない状態になってしまった。
そんな時に王国から貴族崩れの一人の年齢不詳の男が町にやってきた。名をモルチスといい、小太りだが眼がくりくりとしていて子供の様な男であった。
「ぼ、僕は遺跡調査をしているモルチスという者なんだ。この町に聖ノートルニア時代の建造物があるのは前々から知っていたんだけど、機会を逸していたんだ。町のみなさーん。僕とお話をしてくださーい」
町の中央砦(便宜上そう呼ばれているだけでいったい何の目的で建てられたのかは皆目見当がつかない)の上で屈託のない笑顔で手を振りながら声を張り上げる男にみな気味悪がっていたが、資金は潤沢なようで調査が終わるまで町の人間全員を作業員として雇用したいと町長に直接交渉し、貴族に眼を付けられたくない町長に嘆願され、食いっぱぐれていた技師の家族たちがそれに応えた。
技師たちは家族に説得されるとしぶしぶだが次々モルチスの元で働きだすことになった。
タカードもその口であった。
失くした妻の忘れ形見である娘のメレに頼まれてはどうにも断れない。
まずは話がしたいとの事で私も今日、町長の家に一室に通されたのだ。作業員以外にも町の者全員が話に付き合わされるらしい。
「あ、あのタカードさん。ぼ、僕の話聞いてます?」
「あ、はい。聞いてましたよ」
「でねー、南ハイルの遺跡に人生で一度は行ってみたいのですよ。あそこには千年から一万年規模の建造物がいまだに用いられているら、らしいんですよ。いやー、すごいですよね。千年ですよ。ほぼ遺跡じゃないですか。それが未だに彼らに使われているなんて、感動しませんか?」
くりくりとした眼を見開き、きらきらと輝かせてにやにやしながらぼそぼそ話し続けるモルチスに半ば呆れながらもタカードは相槌を打つ。
「元々それで何の話でしたっけ?ああ、タ、タカードさんのやられている仕事についてでしたよね?いきなり聞かれても話しづらいと思うんでま、まずは僕の仕事について話しましたけどご理解いただけましたか?」
なんだかよく知らんがこの男、各地の古い建造物を廻って国家に役立つものを洗い出す仕事なのだそうだ。
資源も人手も足らないのにこんな無駄なことに人員を割いてもいいのかとも思うが、モルチスを見ると他に役立つ男にも見えないので、この男一人気ままにさせてもたいして変わらないだろうと、貴族の道楽なのだと思って納得した。
「私の仕事が何かの役に立つかは分かりませんが、一応町の製造業の方をやっておりました」
「へえ、製造ですか。あ、何を作っていたんですか?」
「私は大体、製鉄された鉄やそれから鋼を作って剣や槍などなるべく軽くて行商人の持ち運びしやすい物を作っていました」
「え、武具なら本国でも作れるのに。地方の自治団などへの簡易的なものですか?」
その言葉に少々虫の居所が悪くなった。
「何を言ってるんだ。ここをどこだと思っているのですか。ここは鉄と鉱石の町だ。作っているのは王国への正規品の中でも優良品だけだ。それだけに命をかけているんだ」
柄にもなく怒鳴ってしまっていた。
「こ、これは失礼しましたー。ここは国の武器庫なのですね。へぇ、そーなのかー」
畏まってはいるが挙動不審に目をぱちくりさせながら右往左往させるどこかその様子も滑稽なこの男に製造の何が分かるのか。
貴族らしからぬ応対をするモルチスに調子を狂わされてしまったようだ。我ながら大人げなかったとも貴族相手にお前は何をしているのかとも思い、こちらも畏まって謝辞を述べた。
「いや、こちらこそ失礼しました。国の命で御活躍になるモルチス殿に失礼な口のきき方を」
「ふふっ、殿だなんてそんなに畏まらないでください。国の命といっても今は僕と僕の執事たちしかいない閑職ですし、家にも疎まれているので。ここでは同じ町人だと思っていいですよ」
同じ人間だと思えと言われても困ったものである。いくら貴族離れな男でも貴族であることには変わらない。ちょっと扱いやすそうな気もするが火傷をするのはたたら場だけで十分である
「それでここの建物にそれほどの価値があるのでしょうか」
「とんでもない!僕の見立てではここには聖ノートルニア時代の遺物が山のようにありますよ。実際に来てみて確信しましたよ、よ」
「ほう、では価値があれば王国に取り上げられるのですか」
「ハハッ、取り上げられはしないでしょう。大きすぎます」
「でも分解して持ち運べば――」
「ぶぶぶ、ぶんかいぃ!」
モルチスは突然かな切り声をあげて卒倒するように椅子から後ろに倒れ落ちた。
あまりに突然目の前で、時折横目に見るだけのような光景とは訳が違く、久しぶりに心と体が完璧に調和したように笑ってしまった。
「笑い事じゃないです!」
「すみません。つい」
心から笑うことがこんなにおかしなことだったなんて何時から忘れていたのだろう。
小太りな貴族は急いで起き上がろうとするも立ち上がれず尻もちをついた。流石に手を貸して椅子に座り直させたが、モルチスの礼より先に手が出てきて私の胸倉を掴んだ。
「ここの中央砦!あれも立派な遺跡ですよ!見る限り今の人間には到底作れません!材質だって何だか調べてみなくては!砦かどうかだって!」
真剣な表情で何やら色々と話しているのだが、くりくりした目は私を捉えるわけでもなく、視線は四方八方に飛び散っている。
「分かりました。分かりました。いったん落ち着きましょう」
「ありがとうございます!起こしてくれて!」
私の胸倉はまだ掴みっぱなしである。
そんなことよりこの男は興奮すると言葉が流暢になるようである。さっきまでのぼそぼそ声とは大違いだ。
「はい。ですが分解しないでどうするのですか。お言葉通り中央砦は私どもが建てたものではございません」
「保存です!」
「国のために使うのなら建築技術を盗むのですよね。ではやっぱり分解して」
「重要なのは歴史的価値です!建築方式は見て調べてください!お願いします!」
「無茶をいいますなぁ。ただでさえ理解しづらい技術で作られていますのに。この辺りの家々だって分解、分析、模造の賜物なんですよ」
モルチスはぶすっと黙り込んでしまった。
少々いたずらが過ぎたかと思っていると。
「えっ、えっ、じゃあ、あの東の半壊した特火点は……」
ずいぶんと目ざといな。あれは分解できたから町の技師たちで一棟だけ分解してしまったのだったか。構造が分からないことには真似も出来ないので仕方がない。
また、あの奇声を発せられると思うと私も押し黙るしかない。町長の家で貴族相手に何をしているのだと後で詰問されても、頭にきたのでおちょくっていたら楽しくなったなどとは口が裂けても言えるはずもない。
残念なことに数分後に貴族の悲鳴が町中に響いたことで私が娘メレにこっぴどく叱られたのはいうまでもない。