47/死霊術師ヒリエム⑧
私はあれから教会に戻った。墓地の主たちには申し訳ないが、あそこで倒されてもらえなくては人々の心に安心を与えられないと感じたので死体に還ってもらった。
これでこの町をうろつく怪物は一掃した。これで終わりだとは思っていないが私はあの呆気なく倒れて行く怪物に勝機を見た。
私の力の方が上だ。
そうなのだ。動きは奴らほど俊敏ではないが武器まで持たせられる程に私の思い通りに動く。
首を切り落とされただけで元に戻るのはこの際忘れよう。私の知識では五体満足でなければ彷徨う霊たちに生きた肉体だと錯覚させるのは無理がある。
「司祭さま。懺悔をしたいのですが、よろしいですか?」
聞き覚えのない声に振り返る。
とても生まれの良さそうな格好をしているが醜い。実に醜い男がそこにいた。
「一体いつから――」
「司祭様。懺悔を聞いてくださいますか?」
「は、はい。懺悔室などはありませんが、それでもよろしければ」
男はとても厭な目をしていた。私に対しての。怨むような。妬むような。
私は懺悔など我々の神が聞く訳ないと思っているが。男の異様な雰囲気とその醜さから目が離せない。
「司祭様。私は過ちを犯しました」
「何をしてしまったのですか?」
「私は禁忌をある腕輪に隠してしまったのです」
私はぎくりとした。
この男、私の力を。アトゥスに託されたこの技術を知っているのか。
「司祭様。聞いていますか?」
私は首を縦に振ることしかできない。男の口元が少し綻んだ。
「私のその腕輪は盗まれてしまいました。そしてどこか分からない場所に隠されていたのです。私は懸命に探しました。毎夜毎夜。ここでもない。あそこでもないと――」
男は少しずつ息を荒げながら懺悔とは程遠いその憤りを、焦りを私に話し続ける。
「――ですが、見つかったのです。腕輪が」
「それは良かった」
「しかし、肝心の中身がなくなっていたのです」
「それで何を。罪は何をしてしまったのですか?」
私は堪えられずに話を逸らしてしまった。
この男は何を知っているのだ。ふざけた話しだ。祖父の墓がいつ立ったと思っているのだ。それから探しているとしたら、途方もない時間だ。
私を禁忌破りの罪人として裁きにでもきたつもりなのか。
「私の罪は。そうですね。探している時に盗人を炙り出すために大量に放ってしまったことです」
「何を。何を放ったのですか」
「魔物です。あなたも見たでしょう」
この男は何を言っているのか。自分があの怪物たちを放ったと。あの怪物たちの主人だと。
しまった。ここの隣は墓場だ。既にこの教会は怪物に取り囲まれているのか。私には手持ちがない。下僕を作ろうにも死体はここにはない。
「その顔。それを見に来たんだ。司祭様。もう分かっているでしょう。私があれの持ち主なのだ。私の。私の力を返してもらおう」
背筋が凍った。
あれは私の物ではなかったのか。こんな男の物。そんなはずはない。
「あなたの物だと証明できますか」
「この期に及んで白を切るつもりか。司祭様が。盗人とは。とんだ生臭だなぁ」
男はこの時を待っていたとばかりに沸々と怒りを露にして来た。
「私の物だと証明しろだと。馬鹿な。目の前の男が誰何かすらわからないのか。私はイデオム。貴様の大事に懐にしまった時代書にもあるだろう。それは私だ」
この男は狂っている。あの異種族との対話を説いた賢王が、こんな醜い姿で今も生きているというのか。
「私は転生したのだよ。貴様も知っているだろう。死者がどうなるかを。私は意識を保ったままの転生に成功したのだ。」
この男の話など信じるものか。狂言だ。さっきの私が術師だと見抜いたのもはったりだ。
しかし、この男があの怪物を従えていたのか。今までこの町の人々を怯えさせていたのか。
「では、イデオム王。王であるなら、なぜ腕輪に残した力など必要とするのです。あの怪物たちも同じなのでしょう」
「ふっ、分かっている癖に。しらばっくれちゃって。あれは魔物だと言ったろう。あれはただの液体だ」
今度は優しく笑いだした。あの厭な眼光はそのままで。
「分からないのか?あれはただの若返りの薬だ。液体同士引き寄せ合い。過剰に摂取すると人ではいられなくなるぐらい強力な意思を持った薬だ。ただし、死体に使うとその体を乗っ取って活動しだすんだ。面白いだろう。私はあの魔物を自由に操作できる。見せてやろうか。ほら」
男は自分の腕を袖から出した。腕は金属で括りつけられている。その金属から腕を引き千切ると床に投げ捨てた。まるで生きているように蠢く腕。これはあの怪物だ。
「分かったかい?司祭様?」
私は彼の話よりも、その腕の気色の悪さに目が行ってしまった。腕は男の体をよじ登ると元の場所にぴったりと収まった。
「で、ですが。あなたがイデオム王だとは信じられません。貴方が真にイデオム王なら時代書に何と書いてあるか分かるでしょう。貴方はこの言葉を残しましたか?」
『この世を満たさん限りに数を増やせ。それが我々の唯一の使命である。他者を受け入れよ。他者を食らいつくせ。さすればこの世は我々で満ち溢れ、ノートルニアの神々の意思に報いられるであろう。』
男は固まってしまった。考え出している。やはりこいつはイデオム王を騙るただの化け物だとその時確信した。
「司祭様。そんな言葉が何になるのだ。私は今ここにいる。それを証拠とせずに何とするか?」
「それで私にどうしろと。この力の返し方など知りません」
「やっと認めたか。この盗人が。いいだろう。素直に認めたことに免じて貴様が私の物を返せば町から魔物を引き揚げてやろう」
「それでどう返せばよいのですか。あの腕輪なら祖父の墓にあります。そこまで行きますか?」
祖父の墓にはアトゥスのスコップがある。この男が何者であろうと生きているならどうにでもなる。
「腕輪はもう必要ない。ただ貴様には私が言った通りに動いて死んでもらうだけだ。それで力は私に戻る」
そんな馬鹿な。私が死ぬことで技術が漏れる。そんなことがあるのか。
「悩んでるのか。決断はすぐじゃなくてもいい。私は優しいからな。だが、一晩経つ毎に私の僕が町の人間を食い荒らす。もう探す必要はないのだから。分かったか。早く決める方が賢明だぞ」
醜い男は私にそう言い残すと教会から出て行った。
ああ。私はどうすればいいのだアトゥス。この力を。なぜアトゥスに教わってすぐに失わなければならないのか。