45/死霊術師ヒリエム⑦
この世の元とは思えない。そう。この世の物ではない光景であった。
私はただ、祖父の墓の下で一つの腕輪を見つけたのだ。それをアトゥスの遺言の通りに見つけて、私の物ならばと手首に嵌めてみた。
何の変哲もない金属の腕輪だと思っていたのにそれの内側から針が突き出てきた。それは私の手首を突き刺し反対側まで貫通してしまった。
手首がもぎ取れるような激痛の後に私の中に何か好からぬ物が。私の血液に。私の骨に。それは染み込むように。私の腕を蝕むように侵入してきた。
私は夢を見た。アトゥスが時代書を片手に私に内容を語りかけてくれた事。父の巡礼に付き添い他の町村へと向かった事。母がトウモロコシを焼いて出してくれた事。
――ああ。何かが違う。
私の記憶は何かが実際の出来事と違う。
「ヒリエム。ヒリエム。分かるか?」
アトゥスの家でアトゥスが私に喋りかける。
「こんな形でお前に会いたくはなかったが。良く聞け。良く覚えるんだ。ヒリエム」
記憶の中のアトゥスが今の私に話しかける。なんだか複雑な思いだ。
「私はお前の中の記憶から再現されている。だからお前が何を聞いてもお前の知らない事は私には話す事が出来ない。だが、これだけは違う。お前に。お前の力の使い方を徹底的に教え込まなければならない」
私の目の前で何やら紙に書き始めるアトゥス。
私はそんなことより何か話がしたいとアトゥスの注意を聞いても考えてしまう。
「しっかりしろ。よく見ろ。良く見るんだ。これを今は意味が分からないかもしれないがきっと目がさめれば意味が分かる」
目の前に見たこともない字面を並べられる。
何かの記号か。土地への生き方か。そうだこれはどこかへの行き方だ。だがどこかまでは私には分からない。道を示していることしか今は分からない。
「よし。もう時間がない。次だ。ヒリエム。お前の今の状況は私が一番良く分かっている。お前の記憶なのだからな」
それからアトゥスが私に色々と教えてくれた。
この世の魂の循環の腕輪に刻まれた情報。肉体はどうなり何処へ行くのか。その未来の予想。これは決してこの世の真理などではない。これは技術か。生命の循環。我々の神の所業の一つを解き明かしたものなのか。アトゥスが一言ずつ私に教え込む。すんなりと私に入ってくる情報。
それもそうだ。私の記憶の結晶であるアトゥスに一度伝達され、それが私の意識、今の私に伝達されているのだ。
「ヒリエム。よくこんなになった私の世話を今までしていてくれていた。ありがとう。これで何も思い残すことは無い」
そんなもう行ってしまうのか。私の記憶から作られたのならばずっとここにいてくれていいのに。
私はあの後悔を思い出した。消えてしまう前に。私が目覚めてしまうまでに聞かなければ。
「アトゥス。私はとても酷い事を言ってしまった。赦してくれ。私もアトゥスを赦すから。本当だ」
とても鮮明にアトゥスの顔が見える。
この顔は。ああ、狂ってしまった後のアトゥスだ。
「ヒリエム。私が赦す。だから現実に戻ってくれ。お前にはやるべきことがあるだろう。そうだ。やるべき事がある」
それから直ぐに私は墓場の地下に戻った。私は夢の中のアトゥスの余韻に浸っている。
あの顔を忘れないように。二度とあのアトゥスに会えないことを私は理解しており口惜しかった。
あの腕輪は外れていた。役割を終えたのだ。私とアトゥスを会わせるという役目を。
私にもするべき事が。いや、出来る事ができた。私はアトゥスの望み通りにすることにした。町を救うのだ、この技術で。成し遂げるのだ。あの約束の地への帰還を。私は祖父の墓場から這い出ると辺り一帯の屍たちに再び生を与えた。