42/魔法騎士ユサン②
私が目覚めると男が部屋の隅で立っていた。
ここは一体どこなのだろう。男は一体誰なのだろう。
「君がユサン君かね」
男は何やら大きな石の尖った矢じりの様な物を持っている。
あれは何だ。
「そうだ。貴方は――」
「いやまさかね。女には見えない。あんな野郎共の根城で暮らせるわけだ。君の所の騎士長に聞いて様子を見に行ったのだが。これはこれは掘り出し物だ」
失礼な男だ。
私のむっとした顔を見ると笑ってごまかした。
「それで貴方は?」
「私かい?これは失礼したな。私はコーマックだ。位は兵士長」
「それで兵士長風情が私に何か?」
「おいおい、若いの。そんなに粋がるなよ。もっと可愛らしくしなくちゃな」
とても苛立った。
この男は私が騎士だと分かっていてもこんな態度を取るのか。
「決闘だ」
「そうやって二人も使い物にならなくしたのかい。重症だな。知ってるか?今は騎士同で士でも決闘なんて認められていない。それに騎士がこんな卑怯な手を使うのは感心しないな」
何の事だかさっぱり分からなかった。
「私が何をしたと――」
「目の前にあるだろ。この石の槍をな。ぐさーっとあの可哀想な出稼ぎの傭兵に放っておいてそりゃあないぜ」
思い出した。あの時。
「私は砂を奴に。目潰しに投げただけだ。あの卑劣漢には騎士道を貫く必要はない」
「開き直るのか?全く騎士様が聞いて呆れるぜ。それに自分がした事の自覚もないと来た」
私が何をしたというのだ。決闘が認められていないなど知った事か。騎士が決闘を決めるのだ。
「お前さんに一つ教えてやる。世間では目潰しに投げた砂が石の槍になることをな。魔法っていうんだよ。騎士が不利になったからって魔法で応戦ってのはどうかと思うぜ」
「身に覚えがない」
「あんたに覚えがなくても見た奴はたくさんいた。言い逃れは出来ないぜ。俺だって見た。もうあの宿舎には帰れない。騎士にあるまじき行為もしたな。もう騎士にだっていられるか。俺はいられない方に賭けるな」
この男もあそこにいたのか。私は少し焦った。
決闘や身に覚えのない嫌疑はまだ無視すればいい。しかし、賭け試合に参加したことがばれたら即座に騎士ではいられなくなるだろう。
「その事は騎士長には……」
「まだ話してはいない。まだな――」
男に主導権を取られてしまった。私に何かさせるつもりなのか。
「――それでどうだ。俺と取引しないか。」
やはり。下衆の考える事はお見通しだ。
「断る。貴様の首を刎ねれば済む事だ」
「全く。ついていけないよ。あの宿舎の人間を一人残らず消すのかい。まともじゃないね。それにあんな口ほどにもない闘いしかできないお前さんに果たして俺が倒せるかな」
この発言に怒りが頂点に達した私は父の形見である剣を探した。だが、どこにも見当たらない。
「私の。父の剣をどうした」
「おお、怖い怖い。安心しろ。あの剣自体に何か秘密があるのかうちの奴らに見てもらっているだけだ。こっちの話に乗るなら返そう」
形見の剣を最後に残った私と父の思い出を何だと思っているのか。
「お譲ちゃんにも悪い話じゃない。ただな。ただ魔法の素養のある人間を集めた部隊に入って欲しいだけだ」
「私は騎士だ。そんな部隊には入らない」
「聞きわけがないなぁ。そんなにあんな古臭い、時代遅れの騎士道なんかに固執している奴らと仲良くしたいのかい。今や騎士団なんてのは軍にとって意識が高いだけのやっかいな独立部隊でしかないってのに。時代は変わっているんだぜ。知ってるか。東では、鉄の塊を矢の代わりに飛ばすんだ。それがな化学って物らしい。魔法の使えない奴らが必死に考えた技術だ。今でもあの地では騎士道なんかに拘る輩が毎日毎日死んでるんだ。お前さんだって一瞬でぶっ飛ぶ。騎士はもういらないんだ。この国には」
男の言っている事の意味が分からない。そのための魔法ではないのか。魔法が使える者を掻き集めて騎士の背後の敵に見つからない場所で行動させる。魔法の使える者の多い南の異人がそんな戦法で我が国の侵攻を抑えていると。
「おっ、少しは飲み込んできたようだな。この話に乗って形見と騎士の位を守るか。乗らずに放逐されるか。決めるのはお譲ちゃんだ」
どちらにしても私には選択肢がないらしい。