40/兵士ジャーン②
目が覚めるとそこはどこかの寝台であった。私は寝ていたのだ。足の感覚がない。背筋を走る悪寒に視線を足元へ移す。足には包帯が巻かれているが安心した。足が切り落とされている訳ではなかった。
「あの。すいません。誰か。誰か」
私は出来る限り声を張り上げて人を呼ぶ。横っ腹に激痛が走ったので、あまり大きな声にはならなかった。まだ痛みが止まない。次第に体中が痛んでくる。そんな私の元に一人の軽装の兵隊らしき人物が駆け寄ってきた。
「安心してください。ここは王都です。大丈夫。安心なさい」
私は混乱して叫んでいるのだと思われたようだ。
私は痛む体を奮い立たせ声を発する。
「手紙を届けなくては。手紙は――」
「ああ、あれですね。大丈夫です。執務官を通して大臣たちへと渡されましたよ」
それでは駄目だ。また声を振り絞る。
「本を。本と袋を」
「ああ、本なら寝台の下にありますよ。大丈夫です。袋は。中身が腐っていたので処分しました。傷口に障って腐敗していなくて良かったです。何日も何日もあなたは眠っていたのですよ。本当に生きていたのが喜ばしい事です。ところであなたはどこの国の使者なのですか。あなたが付いた時から気になって気になって。ここ以外に人間の国があるなんて!」
この男は私をどこかの使者であると勘違いしているようだ。
私の着ていた鎧を見れば気付くだろうに。私は自分の姿を見る。鎧はもちろん脱がされている。話にならない。
そうだ兵士長を。兵士長に伝えなければ。
「兵士長を。コーマック……」
「えっ、今何と。」
「コーマック・レストレイクをここに!」
力の限り叫んだせいで余計に体中が痛んだ。
「はいっ。分かりました。誰だか知りませんが。レストレイク家の貴族ですね。大臣に伝えましょう。ああ、執務官にまず伝えないと!」
男は私の必死さに慌てて出て行った。
あれからいったい何日が過ぎたのか。隊長たちは無事なのか。体が思うように動かないのがどうしようもなく苦痛であった。
私は近道をしようとしたのだ。平坦な道を地続きに走るより、小さな丘を越え、森に少し入り、傾斜の小さな山を登って一直線に王都へ向かえば大分時間の省略ができる。
その自信も、老馬が経験から勝手にペース配分をしてくれるという信頼もあった。私はただ馬を走らせることに集中できる。馬が無理だと感じれば勝手に補正をしてくれる。
私はただ王都に一日でも早く着く事を目指した。
しかし障害はあまりにも早く私たちを襲った。まだクッタリアに近い小高い丘を越えたところで目にしてしまった。商人の馬車が襲われていた。
動物に。
これが隊長の言っていた化け物だと直感した私は、一気に走り抜けて過ぎ去ってしまおうと考え、老婆を走らせた。だが、私はもうひとつの事を見落としていた。
馬車を追い抜いてしばらくしてから後ろを振り返ると二頭の馬が猛烈な形相で追いかけて来ていた。私はあんな馬の表情を今まで見たことがなく、ひっくり返りそうになるほど驚いた。
それほどまで常軌を逸した化け物然とした表情だったのだ。私は森で振り切ろうとした。気に激突したような音がして一度振り返ると、一頭の化け物馬に少し遅れて首の折れ曲がった馬が横目にこちらを捉えているのが見えた。
恐怖だった。あまりの執念深さだ。その後も何度もぶつかる音が聞こえたが振り返らずに走り続けた。あそこを走り抜けたのは失敗だった。老婆が疲れ始めている。
あまりの事にペースは落とさないととても賢い馬であったが、私の不甲斐なさの所為で彼も死の淵を一直線に走らせてしまった。
私は老婆におんぶに抱っこで今生かされているのだ。老馬にしがみ付く私。それを感じてかさらにペースを上げる老馬。私と彼は運命共同体である。
そこまでは覚えている。そこまでは覚えているのだが、その後に追い付かれた化け物馬に老馬の土手っ腹を蹴られ私の足も砕かれて、私は落馬したのだろう。
その後にどうしてここまで私は無事に来られたのか。それが不思議でならなかった。そんな私の元に一人の男が来た。
「よう。兵隊さん元気かい。うちの犬に後で礼を言っときな」