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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
39/59

39/司祭ヒリエム⑥

私はここの所アトゥスの懇願の意味を。ただそれが何だったのかを考えていた。


他の者には色々と口走っていたアトゥスが、なぜか私にだけ赦しを乞うていたのか、今もその答えが出ない。


私が司祭だからか。いや、そんなことはない。私の服装は司祭になど見えまい。アトゥスが呆けていたのならば、こんな私を司祭だとは思わないだろう。それに私が司祭になったのはアトゥスが狂った後だ。彼も私が父の後を継ぎ町の司祭となったことなど知る由もない。ああ、たしかに司祭となった日、アトゥスに後を継いだ事を知らせたがそんな事で私を司祭と思うだろうか。


いや、司祭である事は関係がないのだ。私が司祭になるずっと前からアトゥスは私にだけ懇願をしている。


なぜアトゥスは狂ってしまったのだったろう。


そうだ降霊術だ。アトゥスはあれで気を保てなくなってしまった。


ならどうする。そうだ死者には死者だ。私にアトゥス程の才能が微塵でもあればアトゥスの様に死者の声が。思いが。この地に降ろすことが出来るかもしれない。


私が降霊術の使用を決めた時に初めに思いたったのはアトゥスと話がしたいそれだけであった。もしかしたら、アトゥスならこの怪物たちが何を目的としているのかが分かるかもしれないと言う思いもあったが、やはりまともなアトゥスとの会話をしたい気持ちが一番に来た。


アトゥスはどのように降霊術をしていたか、懸命に思い出そうとする。


あれは私がまだ小さな子供の時であったか。どこでしていた。どこでしていたのだったであろうか。そうだあの家だ。あの家に術式の書かれた台があったはず。


そこでしていたのを見た記憶が蘇った。


あの時は何を降ろしていたのか。そうだ。わたしの死んだ小鳥であったか。


どんどん記憶が蘇っていく。


あの時はアトゥスは珍しく失敗したのであったか。動物の霊の感情を読み取るのは難しいと言っていたような。それであの場所はどこであったか。


あの家だとは知っているが。最近見覚えがない。思い出せない。ならば行くしかない。そう私は決断したのだ。



 私は昼の内に町を飛び出し、アトゥスが消え去った教会まで向かう。ここにはあの台はない。そう探さずに確信していた。


私は墓地を歩きだす。ここに眠るはずの私の父や母や祖父に先祖たちはなぜあの怪物の様に起き上がらないのか。その時、初めて不思議に思った。そうだここには町のみんなの親族が眠っている。みんなだ。なのになぜあの化物たちの様に生き返らない。


そんな疑問を持ちながらアトゥスの家に到達した。


家の中を探し出す。術式の書かれた台は見つからない。私は記憶の隅でかくれんぼをしている幼い私に問いかける。


――どこにある。


――どこでアトゥスは降霊術などしていたのだ?


幼い私は私に答える。


――ここだよ。ここだよ。ここにある。


ずっと地面を指さしていた。


私は床を調べ始める。少し腐っている。


どこにも何もないじゃないか。


私は床を隅々まで調べ始める。


ここにはない。ここにはない。どこだ。


その時、有る事に気付いた。床を踏みしめた時の音が場所により違う。微かな違いだが何か空洞でもあるようなそんな音が。


空洞?私の記憶の欠片がひとつの場面になった。階段だ。階段がこの家にはあった。あったはずだ。


私の探し方は変わった。床を強く踏みつけてその音を聞く。


探すのだ階段が隠してある場所を。


一つの物の周辺で音が変わるのが分かった。


テーブルだ。大きな木箱のテーブル。その下から音が聞こえる。この机をどかさないと。


木箱を持ち上げようとするが、重くて持ちあがらない。どうにも持ち上がらない。私は一旦外に出てアトゥスの愛用していたスコップを持ち戻った。


これで。


木箱の隙間に挿み込み、強く強くこじ開ける。木の軋む音と同時に隙間が空いた。そこから大量の砂が流れ出した。これでは持ち上げる事など出来るはずもない。


そうか。出来ない。出来なくしたのか。


アトゥスはあの生者の中の死者に呼び掛けてしまった後に、正気な内に降霊術の場へ二度と行けないように木箱に細工をしたのか。これなら、あの正気を失ったアトゥスなら恐ろしくて外のスコップを取ってくる事などできない。家の中にも何か怪我をしたら大変なので金属などは置いていない。狂った後にまた降霊術をしないようにしたのだ。


私はアトゥスの、正気のアトゥスの心が分かったような気がしてとても嬉しかった。


木箱をさらに解体する。砂は床に散らばった。よしこれならと木箱を持ち上げる。持ちあがった木箱の下にいかにもな木の扉があった。


恐れる事は無い。


ふと外を見る。


怪物はいない。何やら雨が降ってきたようだ。


扉を開くと階段がある。私は一歩一歩踏みしめながら階段を降りる。


アトゥスが自慢げにしていたその才能、匂いで分かる死者の気配。私は深く鼻から息を吸い込む。埃とカビ臭かった。私には才能はないかもしれない。でも、やってみなくては。


アトゥスにあのアトゥスに会える。


そう喜ぶ私の前に古びた石の台が現れる。


そうだこの台だ。どのようにアトゥスは術を行っていたのだろう。


私はうきうきと記憶を呼び起こす。


まずはそうだ。この隣の低い台の上にこの石を置く。


台の左隣にある足首よりも低い小さな台があったのでそこにそこら辺に置いてあった大きな石を置いた。


小さな台はずずず、と地面にめり込んでいく。


次はこの棒だ。


術式の書かれた台の右隣の石でできた棒を奥から手前に引っ張る。重かったが少しずつ動かし、一番手前まで来た。


そして、最後に。台の先に、立てかけた棺桶の様な石で出来た箱がある正面は穴が空いている。


その空洞の中に入って祈る。それが手順だ。


手が震える。これで入ればアトゥスに会える。そう思うが、もし自分に才能がなかったらと不安にも思える。恐る恐る石の棺の中に入った。眼を瞑る。祈りを始める。


――アトゥス。アトゥス。アトゥス。返事をしてくれアトゥス。


そう祈り初めて十秒程が経った時、私の身に不思議な事が起こった。眼を瞑っているのに見えるのだ。花畑が。私の教会の庭に咲く赤く赤く鮮やかな花だ。


名前はなんであったか。今はそんなことどうでもいい。ここにアトゥスは。アトゥスはいるのか。


私の視線はゆっくりと、だが確実に花畑を通っていく。足を動かしてなどいない。ゆっくり。ゆっくり。


その先に教会が見えた。


私の教会だ。


記憶の彼方にある。新しかった教会が見える。


中にいる。


そんな気がした。これではゆっくり過ぎる。焦る気持ちを抑え祈りを続ける。どんどん教会に近づいていく。扉が開いた。


その中に。


その中に。アトゥスがいた。私の記憶の中で私の小鳥を降ろそうとしてくれていた、まだ若い頃のアトゥスがそこにいた。


「赦してくれ」


 私は気が狂いそうだった。折角、あの時の姿で会えたのに話す事はそれか。それしか話せないのか。私の中で希望が落胆に変わりそうな時にアトゥスはあと一言あと一言だけ喋った。


「ヒリエム。祖父の墓を暴け。そこにお前の物がある」


 遠ざかっていくアトゥス。いや私が。教会の出口へと去っていってしまっているのだ。


「アトゥス。アトゥス。教えてくれ。どうして私にだけ謝る。どうしてだ!」


 来る時とは比べようもなく早く別れの時が来た。アトゥスの顔には本当にすまなそうな悲しそうな表情だけが最後に見えた。



霧雨の中、墓場を荒らすみすぼらしい姿の私が一人。ローブの中の読み古した聖ノートルニア時代書までずぶ濡れになっても尚、私はアトゥスの使い古したスコップにもたれかかり、今日の今日まで事態を軽んじていた己を罵倒し、これからなすことと信仰との狭間で煩悶し苦しんでいた。


祖父の墓を暴かねばならない。なぜそのような事を私に話したのか。あのような時、なぜ私に再開の喜びの一言さえ話さなかったのか。アトゥスが憎く思えた。


スコップを地面に突き刺す。祖父の棺までは人間の腰まである。そこまで掘らねばなるまい。


早くせねば怪物たちの夜が来る。


しかしそれがどうした。明日にこの気持ちを持ちこす事など出来ない。私は土を掻き出す。何度も何度も。


時間にしては夕暮れ時か。今から町に帰れば怪物に襲われずに済むかもしれない。そんなことはどうでもよかった。


また一掻き。また一掻き。


祖父の棺桶の蓋に突き当たった。


これだ。この中に私の何かがある。


それからは時間を忘れて掻き出した。次第に露わになる祖父の入った石棺。なぜ石棺なのか疑問に思うがそんなことよりアトゥスの最後の言葉が頭に響く。


――そこにお前の物がある。


石棺に手を触れた。石棺は触れた瞬間に砂になり石棺の中に流れ込む。砂は深く深く下へと流れ込んだ。階段である。祖父の墓にはまた隠し階段があった。


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