37/司祭ヒリエム⑤
怪物たちはかなり知恵が回るようであった。
今、私たちの真下では徘徊する化け物があの夜と同数かそれ以上いた。
町に残った人々は再来した恐怖の中、何も出来ずに家屋の屋根で立ち尽くしている。もしかしたら、初めの夜の集団は私たちを町から離れさせるための脅しだったのかもしれない。
それに対して図らずも屈しはしないと意思表示してしまったのは私たちだけである。
クッタリアから離れた人々もどうなったか分からない。もしかしたら、分散させてから狩るつもりであったのかもしれない。
「ローバス。兵士さん。どうするのですか」
私は彼に助けを求めた。何でもいいから思いついてくれ。そう願った。
「私たちに何ができる。残りの矢を奴らの足に撃ち込むか。また無駄かもしれんのに……」
化け物たちは徘徊し、時折私たちの方を見つめるが襲いかかってはこない。
高い所に陣取っているからではない。堪え切れずに下りるか、寝返りとか何かの都合で落ちてくるのを待っているのか。それとも何か襲わない事に意味があるのか。私には分からないが。
「このまま夜が明けるまでここにいろってのかよ!」
一人の兵士が自分を抑えきれずに言い放つ。みんな不安なのだ。そのような事をいちいち言っていては集団の団結が壊れてしまう。
「朝になったからってこいつらがここから去ってくれる保証などないだろ。捜索の時は朝だったのにみんなやられた」
もう一人がさらに不安を煽る文句を垂れる。みな意思が挫かれたようにただ震えるしかないのか。
戦う意思が。抗う意思が。
子供たちが泣き出してしまった。少し大きな子も不安な眼を私たち大人に向ける。
私は神への信仰を忘れた事は無い。しかし、神は私たちを助けてはくれない。一体どうすれば神は私たちが光を目指す事をお許しになるのだろう。
アトゥスならあの優しかった昔のアトゥスなら何と言って私をこんな時に救ってくれるだろう。私はアトゥスに酷い事を言ってしまった。あれが最後のまともな彼との会話であったなんて。
――赦してくれ。
――赦してくれ。
彼との会話はもっとあった。それなのに頭の中に響くのはあの狂ったアトゥスの懇願する言葉だけであった。
アトゥスは何を私に赦してほしかったのか。なぜ私にだけ赦しを乞うのか。なぜ私の赦しの言葉をアトゥスは無視したのか。分からない。どうしても分からない。
その日はそのまま屋根の上でみんな過ごした。朝になると次第に怪物たちはどこかへ去っていく。
「もう二度と来るな。」
そんなジャイの声が町に響いた。彼らしくもない。彼も追い詰められているのだ。こんな意味の分からない事態に。