35/自警団員ジャイ③
化け物が追いかけてくる。
私は屋根の上の仲間に助けを請うも誰もが見て見ぬふりをする。
私は壁をよじ登ろうと足をかける。手を窓にかけぐっと力を入れるも登れない。再度力を込めると私の腕は脱力してしまった。背中から感じる怪物たちの圧力。迫ってきている。
――早く早く。
――誰か助けてくれ。
――誰か。
嫌な夢だ。実際は私は屋根の上で射手として働いていたのだが、直ぐその下では父や知り合いたちが懸命に闘うも次第に傷を負って一人一人と数を減らしていった。
私はとんだ臆病者だ。
死んだ父が獣に食い荒らされていっていくのを、足が竦んで、ただ追い払うことしかできなかった。あの夜の出来事はあまりにも酷かった。
怪物退治を終え、直ぐに死者たちと蠢く死者たちの亡骸を集めなければならなかった。血と肉の匂いに誘われた野犬が町に入り込み、その死肉を食い荒らし始めたからである。それに私たちの家族が眠りから覚まされて怪物になってしまわないようにと兵士ローバスからの助言があったからだ。ヒリエム司祭などは酷く抵抗したが、町の少し広い場所に既に人から物になってしまった父たちを山積みにし、怪物の肉片と共にまだ残っていた油をかけて火を付けた。大抵の人はあの怪物の間近で感じた恐怖からそれを手伝った。ヒリエム司祭は死者の魂まで燃やして灰にしてしまうから魂の裁定が済むまでの数日は止めてくれと嘆願していたが、あれは本当の事なのだろうか。
目に余る光景から口からの出まかせを言っていたのではないか。もし、言った通りなら、私の父の魂は肉体と共にハイル大地と一体となったのか?
町中の松明と町の外に撒かれた油が燃える。
父たちも燃えて煙が天へと昇って行くのが夜だというのに明るすぎる炎たちのお陰で見えた。私などにはあの煙は神の裁定の場へと向かう魂の群れに見えてしまう。ヒリエム司祭や信仰心の塊の様な者たちは嘆き悲しんだが、あの炎から天へと昇る煙は悲劇の終わりを私たちの心に齎してくれたのだ。
ただのまやかしでも少しだけ心地よい安心感が私の心に染みた。父たちの魂は再びこの世に生を受ける。
きっとだ。私たちはローバスのその言葉を信じるほかなかった。
餌を失った野犬の群れの嘆きの遠吠えも祝福の声のように聞こえた。私もあの時はおかしくなっていたのだろう。
「ジャイ。しっかりおし。ジャイ」
母から声をかけられる。私はそれほど危なく見えたのか。
「ああ大丈夫だよ。母さん。まだしばらくは安心できないだろうけど、きっと父さんの残した宿が生活の支えになる」
「そんなことは考えなくていいから、今をしっかり生きるのよ。ほら、あの娘の所にでも行ってきなさい。あの娘もあんたも、少しでもこれから先の事を考えるんだよ」
町からは多くの人が出て行ってしまう。それでもここに残るしかない人たちはこれからどうするかを決断しなければならない。
残った兵士を引くと、男手は私と司祭しかいなくなるだろう。
町が安全になれば移住者なども来るかもしれないがそれまでどう生活をしようか。北からの行商は来るだろう。王都へ行くならこの町を経由する事は避けようがない。しばらくは一種の共同体となって支え合いながら生活をすれば良いだろうか。私も見守るだけの人生はまっぴらだ。
誰でもいい。この町のみんなの支えになりたい。そうだ。そうするのが良い。絶対。
私も新たな一歩を踏み出すことができた。そう思いたい。




