32/兵士ローバスの闘い(後半)
結果から言うと辛勝だ。怪物の退治はできた。だがかなりの男たちが帰ってこられない身になった。
あの夜から二日経った。
「ローバス。君はよくやったよ」
ダートから労われた。
遺族からの罵倒を浴びる事は特に苦しくは無い。何度も経験があるし、遠くでのほほんと暮らす者などに私たちが戦友を失った気持など分からないだろうとも思う。
「だがあの男を殺す必要などあったのかね。逃がしても問題はなかった」
「そんなことはない。もし他の町や王都まで怪物を引き入れでもしろ。王都ならともかく町村では全滅だ。そして――」
「そして、数を増やし次の場所へとか」
「私の戯言は全く信じていないんじゃなかったのか?」
「私だって貴様のように異世界の扉を開いてしまったような経験はある。あの本にも載っていたような物を。私は西の城壁の町で怪物を見た」
「そうであったか。北ハイルならば安全かと思ったが、人間の治める領地にも化け物はでるのか。嫌になるよ異人種の未開っぷりには」
「我々が知らぬだけであろう。あのような本を読む貴様が異種族への偏見を語るとはな」
「異人種、異種族、異人。呼称に違いはあれど、我々の神々は異種との融和を求めているのだと思う。だから国にも異種族が保護されている。魔法の解明や利用が目的であってもだ。だが奴らは、戦場であった奴らは我々を種として認めていない節がある。南の奴らは我々を闇の眷属だとも言っていた。奴らの意味で邪悪であるという言葉だそうだ。我々の神までも冒涜している」
「私たちが町を出るのは止めないのか?」
「止められるものか人手が足りない」
お互いに笑みが零れる。
「それでこれからどうする」
「国の者が来るまで町に残るさ。なぜ君たちは町を捨てる?」
「まだ怪物がいないとも限らん。それに私は疲れてしまったのだよ。まだやり直せる者はこれからも外へと行くだろう」
「それでどうする。町に残るしかない者たちは?」
「知った事か。それこそ王国に泣きつけばいい。君の部下も一人王都への馬車に乗りたいと言い出しているだがいいのかね」
「ああ、あいつは十分戦った。捜索隊で生き残り、町の闘いでは私の指示に従いよくやったよ。あれでもう耐えられないのなら除隊するしかない。勧めたよ彼には」
「貴様も来い。私には伝手がある。今もあれば、きっと貴様の役に立つ」
「私にだってある。だからこの町を離れる訳にはいかない。任務は遂行するよ」
「無茶はするな。生き残らなければ自分のためにならん」
「そうか。覚えておく」
この男は誰からの命でこの地で今まで働いて来たのだろう。それを捨てたのだ。使命を果たせぬ状況になったのか。何という命であったのか気にはなったが教えてはくれないだろう。
ダートを見送る。この家は残った者で使ってくれということだ。
ダートを外まで見送るとそこに司祭がいた。名をヒリエムと言ったか。彼も良く戦った。いや町の者はみな良く戦った。こんな化け物相手によく生き残ったと思う。正規の兵でも生き残っているのは私と他に三人だけだ。その内の一人は王都へと向かう馬車に乗る。
もうジャーン君は既に王国へ着き、コーマック・レストレイクが部隊をこちらに向かわせている頃であろう。
「何用だね?」
出来るだけ彼には優しく声をかけた。彼のじいさんの兄弟が教会から消えたらしい。聖域だから安全だろうと言ったが、あれには全く効きはしなかった。やはり神など絵空事なのだろうかとも、その慈悲のなさには思ってしまう。
「今回の事は私にも責任があります」
本心とは思えない。
「いや、私のミスだ。君はよくやってくれたよ。親族もいないこの町から出て行かないのかね?」
「この町の人々を見捨てる訳にはいきませんので。それに」
「それに?」
「事の顛末を見届けたいと」
「そうか」
「私があなた方の話を疑ったから神は私たちに罰を与えたのでしょうか?」
「それは分からない。分からないが。信じてくれたところで私のやり方ではあの化け物に効かなかったかもしれない。根本から間違っていたのかもしれない。あれは何なのか。また考え直さねば」
司祭は納得していないようであったが、私に一礼すると帰って行った。彼も今回の事で心を痛めたのであろうか。私に心が読めればこんな考えは捨てされるのに。