28/兵士ローバス⑥
「まさか君たちがあの町長の息子だなんて知らなかったよ」
目の前にいる二人の若者はとてもばつが悪そうにしている。
「いえ、俺たちはただの養子です。息子だなんて――」
「そうか。だが息子である事に変わりはあるまい」
言ってはまずいことであったか。どうにも私は若者への配慮が欠ける。
「あの時はありがとう。君がいなければ私は今頃串刺しだった。命の恩人だ。名前は?」
「ティッカーです。気にしないでください」
私はあまり彼らの過去に踏み込むのはいけない気がして話を逸らした。こんな町でも孤児であったのならさぞ辛い思いをしたのだろう。
この金髪の若者はまだ若いのに少し老けているように見える。表情もあまり良くない。人が苦手なのであろうか。
「君はあの時、私を馬車に拾い上げてくれた。君も私の恩人だ。名前を教えてくれるかい」
次にもう少し大きな青年に目を向ける。
この青年はいかにも真面目そうな表情をしている。顔は幼さが残るが人柄が誠実そうで私には好印象だ。
この手の人間とは人付き合いが苦手な私でも気を揉まずに話せる事はジャーン君で良く知った。
「俺こそそんな大層な事はしていませんよ。名前はトッドです。養父であるダートさんに名前をもらいました」
孤児であった事に躊躇いは無いようだ。それより私に町長と親子として認められた事が嬉しいのだろう。
「それで、私たちを呼んだのはなぜです。礼がしたかっただけではないでしょうに」
「ああ。その通りだ。トッド君。君は新しい自警団長に選ばれた。ティッカー君。君は私が要請した聖水の調達を任されている。こんな運命的な事はない」
実にそうだと思う。彼らが町長の義理の息子であって、私の命を助け、この作戦に重要な立場にいる。
もしかしたら、町長を疑ってはいたが、この二人に私の事を気にかけるように手配したのかもしれない。それなら私はとても失礼なことをしてしまったと思う。
しかし、疑り深い私の片隅ではやはり町長は何かを隠していてそれがばれる事を恐れて彼らを捜索隊に寄越したのではないかとも考える。
この町の軍事力にしても異常だ。投擲機や石弓があったことは町の人々も知らなかったようだ。何か城に取り付けるつもりだったのか。町長がララヌイ前団長の野望だと言っていた町の要塞化やナルシアの掌握は町長自身の迂闊な自白だったのかもしれない。しかし、そんなことはもはやどうでもいい。後でどうにかすれば。
今はあの死霊術のゾンビをなんとかするのが先決である。術者がいるとすれば、どこにいるのか炙り出してやらなければならない。いなくともあの化け物は残らずここに釘付けにするつもりだ。
「それで、私たちに何をやらせるつもりですか?」
ティッカー君が私を問い詰めるように聞く。
彼は何を考えているのだろう。それが知りたい。
「ティッカー君。君はあの化け物をどう思うかね?」
「あれは……」
少し考え込む。その俯き加減で考える仕草は何か悩んでいるようだ。
「あれはなんだね?」
「報いです」
はっきりとそう答えた。やはりこの若者の中で答えはでている。
「ならどうする」
「抗いますよ。死んでも」
その眼には凄味があるように思えた。
彼は頼もしい。この戦いで役に立つ。そう私は確信した。
「そうか。良い答えだ。君は?トッド君」
「俺には分かりません。その答えは司祭が知っているのは?」
明瞭だ。
私の期待に答えようと提言までしてくれている。彼は信頼できる。
「ヒリエム。ヒリエム司祭は見てみないと分からないとさ」
「そうか。だがあれの正体など誰にも見当はつかないよ。私の予想する死霊術の結果だとしてもおかしい。今は存在が確認されていない。文献にだけ残る術だ」
「あれは魔法なのですか。俺は見たことないので知りませんが」
私は見た事がある。
術者は見ていないが。少し得意になった。
「私だって魔法など、戦場でそのような現象を数度見ただけだ。国も魔法使いの調達と保護のために躍起だからな。素養のある者は全て王都のどこかに集められているらしい。中には異人種やそのハーフなどもいると。私たち一般には知らされないがね」
「都はそんなことになっているのですか?」
「ああ。戦力としては申し分ないからな。異国との争いに兵士として行けば嫌でも体感するよ」
「ローバスさん。ローバスさんでいいですよね。俺にもっとその話を聞かせてください」
トッドはとても興味を引かれたようだ。
この手の話が好きなのか。そんな話をする時ではないが、あの恐怖を共に味わった者として少しでも気持ちが和らぐのであれば話す方がいいだろう。
私は体験と知識を合わせて出来るだけ彼が興味を引かれるように話したつもりだ。ティッカ―君も王都の話は気になるようだ。
それから私たちは本題を忘れて喋り続けた。
もちろん私は戦場で感じた恐怖は教えなかった。これからこのクッタリアが戦場になるのだ。怖気づいてもらっては困る。




