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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
26/59

26/司祭ヒリエム④

 頼まれた作業を済ませるために私は教会に戻っていた。


大量の水が入った樽を運びこむ町の人々。今からこれを全て聖別しなければならない。


何日かかってもいいと言われたが、いつ町が襲われるとも知れない中で休んでいることなどできないだろう。


もしアトゥスが正気であったなら私に何か一つ知恵を付けてくれたのに、今はもうそのアトゥスはいない。あの時より何か変わった事などない。あれを最後にまた元のアトゥスに戻ったなんて事は無かった。


杯の中の水が色を変えた。


そんな気がする。


一つ目の樽の中の水の聖別の儀式が済んだあとにアトゥスをどうするか考えた。あのままあの狭い小屋の中でに放っておく事などできない。しかし、町の中に置けるようでもない。戦闘になればアトゥスは誰にも気にかけられる事などない。それでは見殺しではないか。


二つ目の樽の水が杯に注がれ始めた。


儀式を続けなければならない。この教会は古い割には聖域化がしっかりしているため聖別の儀式には足りえた。父は不信心者であったが、祖父がしっかりしていたのだろう。


聖水が怪物にどう影響を与えるかなんてわかりっこない。今まで試したこともない。もしかしたら、神など存在せず、これはただの水でしかないなんてことも頭を過ぎる。


 ティッカーが聖別の終わった水の入った樽を取りに来た。


「こんなんがあれに効くのかい?」


「私には分かりかねます」


「それでは困る。聖別はしっかりしてくれよ」


「それはこの教会への侮辱ですか。あれが何なのか私は見ていないので分かりません」


「だから、効くか分からないって?それじゃあ困る」


「あれは神に背いているものなのですか?」


「そんなこと分からない。だが、神の物ではないよ。きっと」


 聖水は神の力のこの世への顕在化だとアトゥスから教わった。だから、神に愛された物は救われ、愛されない物は砕かれると。


私にはその基準が分からなかった。神の愛とは。神の望む事とは。時代書に書かれていること以外は分からない。私にも誰にも。


しかし、もし神の加護があるとしたら、そうだこの教会に人々を集めよう。ここならアトゥスもまだ穏やかでいられるかもしれない。


「これだけ聖別をさせておいて、何に使うのか教えてくれない訳ではないですよね?」


「それは私も知らない。剣や盾に塗るんじゃないのか」


 私に聞かれたって知るものか。そんなことで効き目があるならまさに神の所業である。


「ティッカー殿。あなたは神を信じていますか?」


 ティッカーは苦笑する。


「信じていなかったらこんなことに手を貸しはしないさ。だろ?」


 ティッカ―は自警団の中でもこの町の中でも最も信仰に厚いノートルニア信徒の一人だ。


この町に七つの時に来てから毎日教会まで祈りにくるし、仕事を始めると教会の維持のための寄付金を少ない持ち分から出すほどであった。


なので教会に籠りがちであった私でも彼が子供の時からよく知っている。彼は打ち明けないが何か悩みがあるのは明白であった。しかし、彼は父や私のような司祭の助けを求めているようには見えなかった。


きっと日々神に救いを求めているのだろう。


それから数十年。こんな彼と私は友人とはいえないまでも他の者たちよりも話がしやすい。


「ヒリエム。神に祈りは届くのか?」


「私には分かりかねます」


「そりゃないよ。殺生な」


「しかし、私たちには届くと願い祈ることしかできません」


「そうか。そうだろうな。すまなかった邪魔をして」


 私は首を横に振ったが、彼は既に私を見てはいなかった。


言葉をかけるべきであったのかもしれないが、神への祈りの言葉と同じように人への言葉など心まで伝わるものではないと思って声を発することはしなかった。


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