24/自警団員ティッカー①
これも報いなのか。
ティッカーが両親を捨てたのは彼がまだ七つの時であった。
彼の家には兄と姉が一人ずついた。この姉がとても美しかったので王都に来たての貴族が彼女を侍女に迎えたいというのが全ての始まりであった。
兄はとても弱い体であったのだが、両親は全ての世話を姉一人に押しつけ商売に専念していた。貴族が従者を伴い彼女を迎えに来たため、両親はきっと貴族様は娘に惚れたのだと大いに喜んで娘を差し出した。
貴族がまだ若く将来有望に見えたのも一因かもしれない。
しかし困ったことがある。
体の弱い息子をどうするか両親は考えに考えを重ねた。誰も兄の世話をしないと知ったら、とても優しい娘は兄を心配してたびたび給仕を抜け出して来てしまうかもしれない。まだ、娘は勤め始めたばかりである。貴族が幾ら娘に惚れこんでいると確信していても、いや確信しているからこそ娘に起きた奇跡の邪魔をしないようにと両親は考えた。
娘には母親が世話をすると伝えた。娘は安心して貴族の元へと仕えた。
そして私に兄の世話が託されたのだ。まだ幼かったが私は兄と両親のために懸命に世話をした。兄が起きる時はその手伝いをし、朝食は両親が作っておいたものを食べさせた。兄がむせては背中をさすり、吐きそうなら吐きださせた。熱がでたらほとんど寝ずに看病もした。
その時は両親の優しさだと信じていたが、不思議なことがあった。両親は朝食、昼食、夕食と忙しい仕事の合間をぬって届けに来ていた。それなら食材をあらかじめ置いてくれれば僕が何とかすると掛け合ったが、両親が納得することはなかった。
その理由が分かったのは兄が死んでから数日してからだった。父親は自分の中の罪悪感に押しつぶされそうだったからなのか、いやこれは私の希望だが、ある夜に私にこう話した。
「お前が兄にあげていた食事にはな、毒が入っていたのだ。お前は間抜けで気付きもしなかったが、お前の分を用意していなかったのはそういうことだ。お前が兄を殺したのだ。なんと哀れな息子たちであろう。片や信じていた弟に殺され、片やそのことすら知らずに今まで兄の死を嘆いていた。お前も兄の食事を貰いなどして一緒にくたばってしまえばどんなに私が楽であったか。」
私は絶句した。
母親は父親を怒鳴りつけてはいたが、その内容は秘密を漏らしたことに対する文句が大半であった。私は喧騒の止まない家を飛び出した、両親は追ってこなかった。
私に何ができると蔑んでいたのだと今でも思っている。そんな両親に殺意を覚えた私は思いついてしまった。
今でもどちらが良かったのか考えるが答えはでない。
貴族の家の姉の元へと向かったのだ。しかし、玄関から入れずに苦心していた私は貴族の従者に見つかり薄暗い部屋で詰問された。折檻もされた。そんな経験のなかった私は全てを喋ってしまったのだ。従者は私の話しを聞き終わると涙して私に謝罪をした。両親には罰を与えなければならないと彼は言った。
だが、その片棒を担いだ私にも累が及ぶといって従者は私の恐怖心を煽った。罪を逃れるためにはしばらくの間遠くに行かなければならないがそれでもいいかいと聞かれては、私は従うしかなった。
従者の用意した馬車に乗り都を出る私。
時間がたてば全てが収まると思っていたが甘かった。何日も何日も馬車に揺られて着いた町クッタリアで私は馬車から蹴り落とされた。馬車はそのまま来た道を戻っていくのが見えた。私は騙されたと知った時にはもう遅かった。
落ちた衝撃で片腕が折れていたが、そんなことよりもなぜ私がこんな目にあるのか考えた。
今の今まで考えたがやはり貴族は姉に惚れていたのだという結論に至った。
両親と弟が兄を殺したと知っては姉は悲しんだであろう。また、私にまで罪が及ぶのなら、姉にだって及ぶかもしれない。きっと及ぶのだろう。だから、あの従者は主人とその未来の妻を守るために罪を告白した私を都の遠くへ捨て、野垂れ死ぬように仕向けたのだろう。王都では孤児が道端で死ぬことなどあの当時は多かった。誰も助けはしない。いや、助けはあったのだが、それで全ての孤児が救われる訳ではないことを今では知っている。
こんな田舎町では尚更であることも想像に難くない。
しかし、私は助かった。大きな男が、大きな手で道で蹲る私を抱きかかえてくれたのだ。
それから私は骨折の治療までしてもらった。今でも腕が真っすぐ伸びていないと感じるがそんな事はいい。助けられた事が嬉しかった。何があったのか、親に捨てられたのかとその男や子供に色々聞かれたが、私はまた裏切られるのが恐ろしくて話すことなど出来なかった。
そんな私を本当の親子の様に男は育ててくれた。だからであろう。自分に起こった事を悲観せずに姉の幸せのためであったのだと思えるのは。
しかし、気になることもある。
両親だ。両親は裁かれたのか。法でなくてもいい。あの従者に謀殺されていてもいい。兄を殺した報いを受けたのか。
それだけが今も気になる。
今では大人になり、自警団の人員として働きながら男に与えられた家で菜園なども作っている。男への恩もあるが、生活に満足しているのもあり、なかなか都へ行ってみたいなどとは言えなかった。過去のことも話していないので目的も適当に考えなくてはならない。それが男や仲間を騙すことになるので抵抗を感じ、億劫でもあった。
そんなことも言ってられないと今は感じる。私にも報いが来たのだと思う。
森での死体の中には人であった物もあった。コーブの死体が動く様は、死んでからも成長し大人になった兄が私に恨みごとを訴えかけている様でもあった。
報いはあるべきである。当然私にも。
しかし、そう考えるとより一層両親の今現在が気になる。姉のことも気になるが、あの従者に合うかもしれないと思うと厭である。どうにかして両親の様子を確認したい。私に報いが与えられる前にどうしても。
そんな考えが頭をぐるぐると自分の尻尾を追いかける犬のように回っていた。
扉が叩かれても回っていた。
トッドとダミが部屋に入ってきても回っていた。
養父の家に入れられた今も回っている。