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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
20/59

20/兵士ローバス⑤

先ほどまで文字通り腐っていた動物が背筋が凍るような敏捷性でこちらに突っ込んできた。


私たちは嵌められたのだ。


あのどうにも鼻にこべりつく死臭を嗅いだ時に引き下がっていればこんなことには。死の森に足を踏み入れた時点で我々は負けていた。どうしてこんな馬鹿げたものが現れると他の者に考えつこう。事実を紐解く鍵を前から知っていた私でさえ予想などできなかったのに。


鹿は狂った猛獣のごとき剣幕であったが、木々の根に足を挫き盛大に私の前で地面に突っ伏した。


私はすかさずその首に剣を突き刺し捻じる。


伝承通りならこれで一丁あがりである。きっと死んだ。


直ぐそこで一人の兵士が熊に張り倒されている。兵士の鎧が大きくへこんでいる。あれではもう無理だ。呼吸もできまい。


熊はぞっとするような咆哮をあげた。


これは熊ではない化け物だ。


死んだ鹿が立ち上がったのが横目に見える。顔面が潰れていた。眼は視線が定まらないようで白く濁っている。私の空けた風穴からは血とも体液とも知れない液体が飛び出している。


呆気にとられる私の代わりに斧を持った町の者が水平に斧を振り回し、鹿の首を跳ね飛ばす。


「何しているんですか。早く撤退の指示を!」


 指示などいらなかった。彼以外は誰も彼も錯乱している。


それに逃げる事より襲い来る化け物を追い払う方が先であった。私は斬り落とされた鹿の頭を握っていた。


「森の入口までなんとか逃げろ!」


 なんとかして逃げのびてこの事を公にしなければ。


私たちは悪路を無我夢中で走った。


その最中にも一人また一人と化け物に狩られていく。降りかかる火の粉を払っている暇に死体の化け物は次々と集まっていく。助けている余裕など誰にもなかった。ただ自分が標的にされなかった幸運を噛み締めて走り抜けるしかない。


とても時間が過ぎるのが早く感じた。もう死ぬのであると悟ったゆえの走馬灯のような時間感覚であったのだろう。


森の入口が見えてきた。馬車が見える。一台しかない。乗っているのは一人か。


「早く。早く。急げ。もうもたないぞ!」


 馬を懸命に走らせて的が絞られないようにする。


そんな時間稼ぎももうできない。


私たちに続いて森の死の使いたちが跳躍してくる。


「早く乗れ!」


 馬車は急停止し、後ろの荷車から男が手を差し伸べている。


私はその手を掴んだ。力一杯中に引っ張り上げられる。他にも二人中に乗り込めたようだ。


「よし。行け!行け!」


 男の叫び声と共に馬車が再び走り出す。


これでもか、これでもかと激しく馬に鞭をいれ全力で逃げようとする。


「駄目だ。追いつかれる」


「荷物を出来る限り捨てるんだ!早くしろ!」


 やっと私は声がでた。


その時、急に馬車が重くなった。新たな乗客が乗ってきたのだ。


「こいつ。首が無いのになんで……」


「いいから落とせ。暴れさせるな」


大の男たちが四人がかりで暴れる鹿を抑えにかかる。


このまま押し出してしまえ。早く。早く。


鈍い音がした。後ろ足で蹴り飛ばされた男が馬車から転落していた。地面を転げ回っている。彼はもう駄目だ。


「早くこの化け物を落とすんだ」


 残った男たちで力いっぱい鹿を押しだす。


鹿は暴れ回り、荷車の屋根を蹴り飛ばし、食糧の入った木箱を蹴り飛ばしと収まる様子がなかったがついに馬車から転げ落ちた。


「なんでこんな物持って来たんですか!」


 男が鹿の首を持ち上げ投げ捨てようとしている。


「駄目だ。それは私たちの話をみんなに信じさせる唯一の証拠だ。捨ててはいけない。落ち着け。落ち着くんだ。」


 なんとか男を宥めると鹿の頭を取り上げ、腕に抱えた。


これだけは。これがなければ私たちの話など誰が信じてくれるのだ。


 白濁した目玉がこちらを向いている。


次に馬車の行く先を見つめる。これはまだ生きているのだ。


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