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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
16/59

16/兵士ローバス③

兵士ローバスは頭痛に悩まされていた。


連れているのが新米兵だとか赴任地に国の常備軍がいないと不安要素は有り余っていたがここに来て頼るべき自警団の長の不在。生真面目そうな若者にはああは言ったが捜索するにしてもここで何が起こっているのかまだまだ情報が足りない。


ここの町長とやらもどれだけ事態を理解しているのか分かったものではない。


現場をまかされる立場の自警団にも聞き取り調査をしなければならないな。しかし、まだ団長らが生きているなら早く探しに行かなければ取り返しがつかない。


時間との勝負だ。


まず何からするべきか早急に、しかし確実性を持って決めなければ。そわそわと落ち着かない様子で考え込むローバス。私に心情が表情や行動にでやすい癖があるのは分かっている。周りの兵たちも不安げにきょろきょろと町中を見まわすばかりなので何か言ってやらねばなるまい。


「諸君。先ほど聞いた通りこの町の防衛をする自警団も現在混乱しているらしい。しかし、私たちは兵隊だ。どのような時も上からの命令に従わなければならない。今は私が命令を下す立場にある。これからこの町の町長と話を詰めに行くが、諸君らは宿に物資の搬入を済ませ次第しばらくの間この町の警護に当たってくれ。いつなんどきこの付近をうろつく獣が町に入ってこないとも限らんしな。しっかり頼むぞ」


 威勢の良い返事は所々聞こえてくるが、まだまだ軍隊として運用するには耐えられない。


てきぱきと働く者、態度で分かるが少しこの事態を舐めている者。


私が指導しなければならないのだ。やることは山ほどある。


そんな私は彼を頼ることにした。


「ジャーン君。ジャーン。こっちに来なさい」


 ジャーンははいっ、と元気よく返事をして積荷を持ちながらこちらにやってきた。


「いいから。それは下ろしなさい」


「はっ。それで何か御用ですか」


「ああ、君に頼みたい事があるんだ。君は牧場の出だったね。君は屈託のない笑顔をするし、そんな君ならこの町の人も心を開いてくれるかもしれないから、何か情報がないか聞いてみて欲しいんだ」


「そんなことですか。分かりました。積荷の搬入が終わり次第町の警戒のついでにやっておきます」


 そういうとにっこりと笑った。私に褒められたとでも思ったのだろうか。張り切りすぎて空回りしなければいいが。


「では私が宿に帰るまでに集めておいてくれ」


 それから十分ほどして先ほどの若者が町長らしき背丈の大きな熊の様な男につき従ってきた。


「私は派遣隊の指揮を執るローバスです」


「町長のダートだ。こんな時に何用かね?」


「あなた方が呼んだのでしょう。これからこの付近の現在の状況を詳しくお聞きします」


「私も忙しいのだよ。このジャイに色々尋ねなさい」


「町長。私はまだ団員集めがありまして」


 きっ、とダートといった男が、ジャイと呼ばれた若者を鋭い視線で睨むのが一瞬だがあった。団員を集めることを隠す意味などあるのか。それともこの事態の収拾より先にやりたい事が。そんな物ないだろう。何を隠したいのだ。


「町の外を知っている彼らにも勿論聞きとりはしますよ。その前に町の中を誰よりも知っているダートさんにお聞きしたいのです。積荷のことについてもお答えによってはこの町のあなた方が処分されることになりますよ」


「ふん。仕方ない。私の住まいに来たまえ。手短にならいいだろう」


 当たりを付けてみるものだな。お陰ですんなり了承を得られた。


ナルシアから国への鉱物資源の輸送する商人の量は減っていた。そのことも派兵の決定に影響を与えたのだろう。


この町の人間が全て関わっているとまでは考えていないが、これで一部の者は死者からの略奪を決行したことが分かった。



「では、あなた方は遺失物を偶然手に入れた拾得者でしかないと?」


「ああ、そうだ。私たちが町ぐるみで隊商を襲っているなどと馬鹿げた考えは捨てていただきたい」


 私もそのような大それたことなど微塵も思っていないが、この男は正直に物事を他人に話すとも思えない。今はできるだけ情報を掻き集めて後で整理するしかやりようがない。


「ではその拾得物が国の物であると証明できればお返しいただけるということで」


「もちろんだ」


 国から直接依頼を受けずに売買をしていた者の分は彼らに渡ってしまうがそんなことはどうでもよかった。


「それで誰がその拾得の指示を?」


「町の者たちは色々言うだろうが、私は余所者でね。実のところ誰が指示したのかまでは知らないのだよ」


 そんなこともないと思うが、先ほどから町の人間全体の了承をとっているような口ぶりであるので小童の発言程度で意見の統一をどうにか出来る事でもあるまい。


「略奪ではなくただ拾っただけなのでしたら、処罰されることもないでしょう。心当たりがあれば誰でもいいのです。教えてください」


「そこまで言われると、こちらとしても話さない訳にはいきませんな。ただの心当たり、団員から聞いたただの噂ですが」


 躊躇している様子でもない。すらすらと雄弁に話している。


何やら食わせ者かという印象があったがそれほどでもないらしい。


嘘をついているのだろうが、ここは戦場でもない、私の一存で尋問をして洗いざらい吐かせることも出来ないことが口惜しかった。



「ほほう。では自警団長のララヌイが独断で行ったのが始まりだと」


「私も確かな事は分からないのだがね。町の外で放置されたお宝の山を目にして放っておけるものでもないのでしょうな」


「そこまで自警団の運営経費は膨大であったと」


「私も町長として色々と資金繰りには知恵を回していたのですがね。ララヌイは野心家で国の影響力が弱まってきたこの時期に、このクッタリアをやがては地方軍閥としたいと私だけに話しにきたこともあってですな」


「その話にどうお答えを?」


「当然私は断りましたよ。私はこれでも国に仕えた一兵士です。国に反旗を翻すこともあるような事には手を貸すつもりはないと」


「それで彼はどうしたのですか?」


「町の状態をみれば分かりますでしょう。金食い虫の自警団の備品は増える一方です。この町を囲むように砦を作る計画があると話していたのも覚えています」


「それであなたはこの事態をどうお捉えになっているのですかね?」


「いや、盗賊だか猛獣だかは知りませんがね。拾得物については自警団長が私利私欲で集めたのだと思いますよ。それを元手にして軍備の充実を。もしかしたら隊商たちを襲ったのは彼とその息のかかった一部の者ではないかとも疑ってしまいますなあ。なんせナルシアは元要塞ですから、その経済力を奪ってやがては手中に収めることを彼は狙っていたのかもしれません。」


 見かけによらずよく喋る。


分からないが知っている。分からないが心当たりはある。分からないがこう考えられる。


たしかに本で読むような過去の時代であったなら権謀術数を用いて後ろから撃つなんてこともあったのだろうが、今はそんな時ではあるまい。近隣に人間の国はここだけである。内部分裂などして異種族に征服されたのでは意味がない。


「それで他には何を知っていますか」



 結果からいうと時間の無駄であった。町の経済状況が芳しくないことやララヌイが護衛に付いた商人はナルシアの貴族との商売狙いであったこと、その後ナルシアに物資補給とララヌイたちがいないか確認に寄った際、通行税を払いたくない商人たちが入口で開く出店で色々聞いたがそのような男たちは来ていないことが分かったこと、延々と質問しては話を逸らされるの繰り返しで、どれも町長からしか得られない情報でもなかったので収穫としてはいまいちである。


ジャーンはどの程度聞き出せたであろうか。


これ以上ここにいても時間の浪費にしかならない。行方不明者を捜索するにしても早い方が良いと立ち去ろうとするとダート町長が腹が満たされ満足げな熊のように最後に、と喋りだす。


「我々も捜索隊を出すことにしましょう。貴方がただけに任せておくわけにもいきません」


「たしかに我々だけでは捜索に支障があるでしょうが、その申し出は断らせていただきます。町に何時その殺戮者が紛れ込まないとも限りません。その代わり人員だけは少々お借りできますか?直ちに」


「もちろんです。私どもが土地勘のある最適な者を手配しよう。どこに集めればよいかな」


この男が自警団に何かをおっかぶせようとしているなら早く彼らを保護しなければならないが、我々だけでは探しようがない。


それなら、ダートの手の者をこちらに招いてでも何とか探し出そうと思った。彼らが何かを隠そうとしているなら目的の物を血眼で探し回ってもらい、我々の眼や手足になってもらおう。


もし、我々を欺こうものならその眼を潰し、手足は斬り落としてしまえば済む事だ。それでは、と町長の家を後にして宿でジャーンを待つことにした。


 宿に着くとジャーンは既に私の帰りを待っていたようだ。


「もう終わったのかね?」


「はい。お急ぎのようでしたので、話の出来そうな者から色々と聞いて回りましたよ」


 少し息を切らせている。走り回って聞きこんでいたのか。これでは町長側の人間からも丸わかりであっただろう。


「それでですね。耳寄りな情報がありましたよ」


「御苦労」



 町の者から得てきたという情報もほとんどが噂話程度でほとほと役に立つものではなかった。


町長が前町長と同じように謀殺したのだとか自警団が国家への反逆を企てているのだとかダートから聞いたような話までなら仮に真実だとしてもまだ対応の仕様があるが、終いには神々の使いが私たちに罰を与えているのだとか、墓守のアトゥスが死者を呼び起こした祟りだとか、ナルシアで貴族が禁忌を掘り当ててしまったのだなどと、それでは聖ノートルニア時代書に事実として記された数々の神話や超常現象と同じである。


だが、使えそうな話も少しはある。往来の数に差はあれど、ここクッタリアからライマーン地方への道とナルシアへの道、王都への道では圧倒的にナルシアへの道で襲われた馬車が多く発見されている。


クッタリアとナルシアの間がこの事態で重要なのではないかと。


これだけでは誤差としても馬鹿げたものだが、ナルシアとの交易路の中腹から森に入り、少し歩くと使われていない鉄鉱石の洞窟があるらしい。これが怪しいと。


これも大した確証もないただの噂であるのだろうが、奇妙な偶然かこの二つの真偽不明なただの与太話を結びつける一つの事実がある。自警団長たちの馬車が見つかったのもその辺りだということだ。特別確証足るものもない現状ではこれに賭けてみるしかないもかもしれない。ララヌイ自警団長らの捜索もある。


これが最良の道であるのか。


「いやいや、ジャーン君は良くやったよ。御苦労。これで少しは現状認識が捗った」


「はい。お役に立てまして」


「その苦労ついでなのだが」


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