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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
15/59

15/自警団員ジャイ①

 日も昇りきらぬ早朝のこと。町には屈強な男たちが、闘いの始まりを告げるかのように乗り込んできた。


誰も彼も引き締まった身体に立派な兵装、町の若手自警団員ジャイにとってはその全てが羨ましく思えた。


生来、真正直で真面目な性分のジャイは町での日々の訓練もあり、国のために働くことを幼少の頃より志してはいたものの、昔からの宿場町であるクッタリアの一つの宿の一人息子であったジャイに、そのことを切り出し家を捨てて飛び出すほどの度胸もなく、町の酒場を切り盛りする男の娘に恋心を寄せていたこともあって、その本心を知る者は少ない。


「長旅でお疲れでしょう。宿は開けてあります。食事などは直ぐに用意します」


そう隊長格であろう厳めしい顔の中年兵士に告げる。


この男は大柄ではなくどちらかといえば痩せ型である。これなら私でも兵士になる素質は十分あったと思う。


「そんなことより今現在の状況は。町長や自警団の長はどこかね?」


「はっ。今町長は団長らの葬儀の準備を教会で取り行っており――」


「何?」


 男は少し焦った表情に変っていた。私の言葉を遮るように捲し立ててきた。


「団長が死んだだと。町の中まで入ってくるのかね。その猛獣は?」


「いえ。団長は行商人の護衛で町を離れ生活物資の補給に行った際、行方不明に。今のところ町に猛獣らしきものが現れた事は無いです」


「では何に襲われているのか未だ不明なのかね」


「はい。残念ながら」


「団長らは行方不明なだけであろう。葬儀などはまだ早い。私らが捜索することだって考えよう」


「しかし町長が補給の許しをだしたので責任を感じているのだと」


「そんなものは中止だ。確認もとれていないのに葬儀をする暇などあるものか。これからの事も踏まえて町長と話がある。呼んできてくれ」


「はい。ただいま。しばらくお待ちを」


 ララヌイさんの事は残念だと思う。ララを慰めようにも愛犬を二度も失った彼女に何と言葉をかければよいかわからずにただ泣き崩れた彼女を見守ることしかできなかった。


男の言葉通りまだ命まで失ったかは分からないが、行商の馬車は多数の血痕が付いた壊された状態で発見された。


ヒリエム司祭の検分によると六人ほどそこで血を流したらしい。それなら獣ではなく賊に襲われたのであろうが確証がとれないことには何ともしようがない。


 ヒリエムの自宅兼教会は町の郊外の墓地に隣接するようにできている。いつ墓参りの者が来てもいいように庭には名前は知らないが赤く、赤く色鮮やかな花が咲いている。


そしていつ死体の処理を任されてもいいように幾つもの木の棺が用意されている。


墓場を挟んで教会の反対側には墓守のアトゥスじいさんの家があるが私が子供の時からずっとじいさんは家に籠りがちである。


ヒリエム司祭が世話をしに行くこともあるのだが、ヒリエムを見ると怯えた様子で奇声を発しながら許してくれ許してくれと懇願するらしい。私も心配になり宿で作った食事を届けに行ったことがあるのだが、私に対しても怯えた様子で早く出ていけ早く出て行くんだと泣き叫ばれてしまった。


そのことを司祭に話すと少し哀しげな様子でアトゥスはある妄執に取りつかれてしまったのだと話す。アトゥスじいさんが死者の臭いを感じられるというのは町では有名で昔は降霊術めいたまじないをしていたことがあったらしいが今では行っていない。その事にも関係するのかと聞いてみるとそうらしい。


「アトゥスがまだ正気を保っていた時によく話していたよ。自分はとんでもない者を呼び起こしてしまったと死者ではなく生者を呼んでしまったのだと」


 それだけでは理解できずにさらに詳細に聞くと、懐からある一冊の古ぼけた本を取り出して見せてくれた。


初めて見た。聖ノートルニア時代書だ。


巷では時に王都で書かれた聖ノートルニア時代書読本や過去に解読本なるものが出回っている。その時その時の作者によって解釈に違いがあるようでヒリエム司祭はそれをとても嫌っている。


私なら他に口外しないだろうと信用して貴重な物を見せてくれたらしい。司祭は本を開くとぱっと目的のページまで捲り、ある一節を読んで聞かせてくれた



『生から生まれる物は生と死二つあるが、死から生まれる者は生のみである。』



 これは知っている。我々の繁殖と死から循環しての生誕を意味しているのだろう。しかし次の一節は意味が分からなかった。



『生は死であり死は生である。この両方を併せ持つ事はあってはならない。』



 何を意味するのかとヒリエムに聞くと、実は司祭も良く分からなかったらしい。だがアトゥスじいさんの話も加えるとこう言った意味になるという。



『生と死は表裏一体でなければならない。もし、生と死を同時に持つ事があればそれは禁忌である。』



 アトゥスじいさんは死者を呼ぶ際に、その死者が既に生まれ変わっている事を知らずに間違って呼び出してしまったと言ったらしい。


アトゥスじいさんにとって死者は臭いでしか知覚できない取り分け害の無い物であったのだが、生者となると話は別でその者の感情から何までが自分に流れ込む様で気を失ってしまうほどであったそうだ。


それが常であったので生者の呼び出しはしないよう心がけていたのだが、その時初めて生者の中に眠る死者の欠片に触れてしまった。とても興味が湧く体験だったそうで、つい眠りに就く死者に対して質問を投げかけてしまったそうだ。


――この世に生まれ変わりはあるのかと死の世界とは何か。


――生の世界とは何か。


――神とは何か。


『私はまだ死んではいない。』


 それが死者の答えであったという。


 それからというものアトゥスじいさんは臭い以外に視線、息遣い、体温と何か得体のしれない物に監視されていると訴えていた。


その時はまだ辛うじて正気であったが、ついに糸が切れた人形の様に動かなくなって家に閉じ籠ってしまったのだと司祭が教えてくれた。


アトゥスは自分の感じる物全てが死者からのメッセージではないかと妄想しているのではないかと言う。それで、自分以外の他の人間の存在にまで怯えて、家に誰かが来ればそれは死者が来たのだと、ついに死者の姿まで幻視できるようになってしまったのだと思い込んでいるのではないかと司祭はいう。


 私は教会に着くと町長を探した。


教会はもう大分老朽化していて歩くたびに床が軋む。私が入ってきてもみんな自分の気持ちの整理で手一杯で私の事など気にもしない。


ララヌイ団長の母親は夫に抱き寄せられて泣いていた。何人かの団員も気が沈んだような雰囲気であった。みんな気が滅入っているのだ。そんな時の団長一行の失踪である。他の商人たちのように何か好からぬ事に巻き込まれてしまったのか、まだどこかで生きてるのかすら到底分からない。


何が起こっているのか、何がどうなっているのか説明できる者がいるならそれが詐欺師でもいい。何かみんなを安心させられることがあればと思うが、まだ王都の兵も着いたばかりで今すぐに事態の解決をせよなどと無茶は言えない。


一日でも早い進展を待って今出来ることをする。それだけだ。だが、それも限界が近付いている。


私が教会を後にし、墓地へと向かうと次第に探し人が見えてきた。


教会に向かってきている。アトゥス爺さんの家の横に積んであった棺を荷車に乗せ運んできているのだ。

ダート町長である。


町長は元兵隊で逞しく、背丈も大柄で遠くから見ても直ぐ彼だと分かる。あの汚い黒のローブはヒリエム司祭。ララもそこにいた。ダミはなぜか彼女の肩の上に後ろから手を乗せている。取り乱すことはあるだろうが死体の入っていない空の棺桶に対し突っ伏して泣き崩れる事など彼女はしない。


私は町長の隣に行き町長がこちらを向いたのを機に喋り始める。


「町長。お話があります」


「こんな時に何だ。見ればわかるだろう。準備の最中なのだ。些事に構う時ではない」


「今しがた、王都からの派兵部隊の一団が到着しました。それで隊長からお話があると。至急」


 ララは町長を泣きながら睨みつけている。


町長も散々に言われたのだろう。その視線に気が付くと慌てて言い訳をする。


「済まないね、ララさん。私もこのような時に抜け出すのは大変心苦しいが――」


「いいですわ。葬儀に黙することで兄が帰るはずもありません。兄の代わりだって早くお決めになればいいわ」


「私はそんなつもりでは」


「もっとしっかり人を揃えていればこんなことには。こんなことより、早く事態を何とかする方が先でしょう」


気丈な人である。とても強がって振る舞っているようにも見える。


溺愛する息子のお気に入りだからといって、町長をここまでたじろがせる人は彼女ぐらいだろう。ダミが割って入ってきた。


「ララ、済まない。親父も早く行っちまえよ。待たせてるんだろ!」


「私に構わないで」


 ララに手を振り払われるとダミは少ししょんぼりとしてしまった。


こんな時でも自分を頼ってはくれないのかとでも思っているのだろう。自分勝手な男だ。


周りの気持ちより自分の気持ちを中心に生きているのだ。それもある意味正しいのだろうが、こんな時も取り繕わない正直さとは、ただの愚直なのだと思う。


そんな彼を軽蔑してしまうが私はどうであろうか。


出来うる限り自分にも他者にも誠実に生きたいとは思うが、自分が王国で勤めたい気持ちを両親にひた隠しにしている。自分の気持ちに正直に向き合った事など今まであったであろうか。


こんな処世術に長けているだけの自分にも嫌気がさす。もっと自分に誇れるものがあれば、貫き通せる意思があれば違ったのかもしれないがそんなことを望むだけでは無意味なのは重々承知している。何かを見落としてしまうかもしれない、捨ててしまうかもしれない覚悟を持って行動すればいいのだがやはり自分には無理だ。


「うむ。ダミ、後は頼む」


 彼女に色々と弁明していたダート町長がやっと私の方へ向き直る。私は会釈をして町長を兵たちが待つ広場へと急ぎ送らなければならない。


「町長。あちら様は団長らの捜索も視野に入れている様です。とても協力的です。彼らを頼りにしてみてはいかがですか」


「お前に言われなくとも分かっている。お前は団員を集めろ。こちらも捜索隊を編成する」


 私はまず教会で偲んでいる同僚たちに声をかけに向かった。


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