13/自警団長ララヌイ①
「おい。ララヌイさん早く来てくれワインとパンが悪くなるだろ。出発だぞ」
何やらヘミンさんは何やら不機嫌である。
「ワインなんてこの馬車積んでいるのですか」
「ああそうだ。こっちも商売なんでな。ナルシアで売り払って、ついでにこの町の物資を買い込むんだよ」
馬車には木箱が山のように積んであるのが見えた。他に呼ばれた自警員はみな既に馬に跨り、その一人が私の馬の手綱を握ってこちらに寄ってくる。
「ララヌイ、チャップスも連れて行くのか。いいのかララちゃんは」
「今回はチャップスが俺の御守りをしてくれるらしい。あの娘も頑固だからな。一度言ったら聞かないんだ」
「そうらしいな」
コーブがにやつく。
チャップスは馬車のヘミンさんの隣に乗り込むとヘミンさんの食べていた干し肉のミートサンドを物欲しそうに見つめている。
「ああ、ヘミンさん申し訳ありません。チャップス荷台に乗せます」
「ははっ、いいさ。犬に荷台の積荷に何かされるかとひやひやするよりは隣で話し相手にでもなってもらう方がいい。それに私は犬が好きなんだ。ミラドラでは冬になると馬より犬ぞりの方が役に立つ」
そういうとヘミンはチャップスの頭をごしごしと撫でる。チャップスは今か今かとミートサンドを見つめ尻尾を激しく降っている。
「チャーップス。そうかそうか。これが欲しいのかい。そうかそうか。よしよし、チャップスこれから私の馬車がナルシアに着くまで私を守ってくれるかい?そうかそうか、よしよし良い子だなぁ」
ヘミンさんは猫なで声を出しながら一頻りチャップスを愛で終わるとミートサンドをチャップスの目の前に置いた。
「待て。チャーップス。待つんだ。おー、良く待てる良い子だなチャップスは。ララヌイさんこいつに肉食わせてもいいのかい?」
ヘミンさんとチャップスが同じ顔でこちらを見つめてくる。私はなんだかおかしくて笑いそうになった。
「ええ。ありがとうございます。そいつは肉が大好物でしてね」
そう言い終わらないうちにヘミンさんは一度ミートサンドを座席から取り上げ、半分に分けるとチャップスの口元に当てて、よし食えと与えた。チャップスがもう一度私の方を向いて来たので、私もよしと言うとチャップスがミートサンドをがっついて食べ始めた。
「ほんとにこいつは頭がいいなぁ。人懐っこい割には主人が誰だか弁えている。良い犬だね。ララヌイさんこいつをどこで?」
「野良ですよ。子犬の頃に妹が山に山菜を採りに行った時に見つけたんです。そんなことより急がなくていいのですか?」
「おっとそうだった。みなさん、出発しましょう」
まだチャップスの方を穏やかに眺めているヘミンさんは私ともう一人が先頭に立つのを横目で確認した後に馬を歩き始めさせた。
それからナルシアへの道のりの半分ほどまで来た。なんてことはない。こんな短い距離の往復で何かに襲われるなど稀なことだろう。杞憂であったのだ。
「ララヌイ。お前、ワインって飲んだ事があるか」
一緒に先頭をまかされた、連れ立った同僚のコーブが暇なので語りかけてきた。
「んん?無いけど何だ唐突に。お前普段酒なんか飲まないだろう」
「ああ、ビールは苦いだけの水みたいで苦手なんだがな。お前たちがどうにも旨そうに飲む姿を見ているとな。葡萄酒って葡萄使ってるんだろ?どんな味がするのか興味があるんだ。俺にも旨く飲めるのかなってさ」
「お前は蜂蜜酒も林檎酒も吐いちまっただろうに」
「いや、蜂蜜酒は口に合わなかったんで、生でパンにでも塗る方が好きだが、林檎酒はあの香りが良くってなぁ。果実酒なら飲みたいと思ってるんだ」
「なら、ヘミンさんに頼んで売ってもらいなさいよ」
「いや、それはいい。聞いたか?結構値が張るみたいなんだよ。俺らじゃ手が出ない」
「そんなことはないだろう。ナルシアで売るんだぜ。あそこだってここと大して変わらないだろう」
「それがナルシアには貴族が来てるんだとよ」
「何の用で。珍しい。国からお呼びがかかってから貴族なんて見たことない奴らだっているんだぜ」
「それがどうも人を集めてお祭り騒ぎをしてるんだってよ。大方王都の生活に飽きたか、ただどんちゃん騒ぎしたいだけのあほ貴族だろ」
「ははっ、違いねぇ」
「それでよ」
少し神妙な顔つきになった。こっちが本当に聞きたいことであったらしい。
「お前の妹と町長の息子の間はどうなってんだよ」
下世話な話である。
それを兄である私に聞くのはどうかと思うが。
「どうもこうもララはダミを好いていないんだぞ。ダミが一方的に言い寄ってるだけさ。何もないよ」
「だが町長の息子の現自警団長の妹の婚約になれば少しはあの町長だって町に馴染むだろう。隠居させてダミは坊やだからお前が町長を兼任することだって考えられる」
「あのなぁ。お前のじいさんが町長を嫌っているのは前からだが、お前まで影響を受ける事は無いのよ」
「あの爺と一緒にすんなよ。ただ俺はお前ら兄妹の幸せを考えてだな」
「それが余計な御世話だっての。ララには親父たちと同じように相思相愛同士で結婚してもらう予定だ」
「でもよ。ララちゃんは女好きなんじゃって町じゃみんな思ってるぜ」
「お前の周りだけだろ。ララはただ良い男がいないから男を作らないだけさ」
「良い男なら俺らがいるじゃねぇか。そんなこと言って、お前だって本当の所分かんないんだろ」
こういう所である。自分に甘く、自信過剰なところがじいさんとお前の同じところだなどと思う。
「ララにも男っ気が欲しいからジャイにだって少し気にかけてもらうように頼んであるから大丈夫だよ」
「あのジャイか?ジャイは駄目だろ。ダミの方がいい」
「ジャイは誠実だし勤勉だ」
「男の価値は実力と顔だろ。ダミなら町長の息子で実力も申し分ないし、顔だってジャイよりきりっと男らしいだろ。それなら俺だって」
「ララはチャップスみたいな男がいいそうだ。ダミやお前じゃ男臭くて駄目さ」
「じゃあ、ジャイは犬の代わりだってのか?ジャイも可哀想に」
そういった意味ではない。
ジャイは、ララが男に興味を持つ切っ掛けになってもらうために焚きつけているのだ。
奴は真面目だから過ちを犯すこともないだろうと信頼しているから頼んだのである。奴だってこいつやダミのように露骨に妹を狙っていたなら頼みはしなかった。噂では酒場の娘に十年来の恋心を燃やしているとあったから都合が良かったのだ。
「ジャイだったらうちの爺かヒリエムでもいいじゃないか」
まだ言っている。それにヒリエムは私が個人的に嫌である。いつも暗く何を考えているか分かったものではない。賢いのだろうがそれを鼻にかけて人を馬鹿にしている節がある。
ヒリエムの前ではああは言ったが、前のチャップスを斬りつけたのが鍛冶屋の息子の打った短剣であろうってだけで誰がやったのかまでは分からない。言い当てたヒリエムだって怪しい。
それを私は忘れていなかったので時折、鎌をかけるが成果は今のところ特にない。
その後もしばらく妹の恋愛に対してその兄と友がああでもないこうでもないと駄弁りながら進んでいるとその先で一代の馬車が止まっていた。
片側の車軸が折れてしまっているのか車輪が一つ無い。少し遠くて見えずらいが一人の男がこちらに手を振っているのが分かった。
「ちょっと行ってくるよ。ヘミンさん。ヘミンさーん。」
友が後続のヘミンさんの馬車へと馬を駆ける。
私はその場に馬を止めて手を振る男の様子をじっくりと確認してみる。
馬はしっかり繋がれているな。しかし大人しい馬だ。手を振る男は少々小汚く見えるが商人か。いや、だが商人が一人で旅をするなど。ああ、ヘミンさんは今一人旅だが特殊な場合だろう。あのように手を振る余裕があるということは何かに襲われた訳ではないのか。
もしそうだとしたらヘミンさんの馬車に乗せられるだけ積荷は乗せて彼も乗せられるか。そう考えを巡らす私の隣にヘミンさんの馬車が止まった。
「何だいありゃ?」
「馬車の車輪が壊れています。こちらに助けてほしいのでしょう」
「なんだか怪しいなぁ。盗賊じゃないのかい」
「それでもこの道はナルシアへの一本道で一番近いです。どうしましょう」
「困ったなぁ。ほら、チャップスもさっきからあの馬車を警戒してるようなんだ」
ヘミンの隣でチャップスは立ち上がり、今にも吠えんとばかりに馬車を睨んでいる。耳を真上におっ立て、その眼光は馬車の男に敵意を向けているようだ。
これは狩りのシーズンにチャップスが獲物を見つけた時の癖だ。獲物を逃がさないように吠えないようには躾けたので唸り声もたてずにただ睨んでいる。
大体チャップスはほとんどの人に懐く犬であるが、人に対してこんな様子で警戒することなど今までなかった。何か嫌な臭いを感じ取ったのかもしれない。
「ヘミンさん。私とコーブが先に見てきます。おい、お前ら。俺たちは正面から行くから、お前らは気付かれないように両側から行ってくれ」
そう馬車の後ろを任せていた団員たちに命ずる。ララヌイさんはとても不安そうである。
あの馬車の中に盗賊が何人か隠れているのかもしれない。連れていく訳にはいかない。幸いこの道は見晴らしがよく。例え何人か森にいたとしても、ヘミンさんの馬車に着く前に斬り殺してやる。腰の剣にかけた手に力が入る。コーブには狩猟用の弓も持たせてある。これならいける。ヘミンさんが少しおどおどした声で話しかけてきた。
「ララヌイさん。私は――」
「ヘミンさんはここで待機していてください」
「盗賊だったら馬車の守りは――」
「何かあったら叫んでください。私が直ぐに引き返しますから。あとチャップスもいます」
「そ、それは心強いな」
「もしもの時は馬に跨って荷台は捨てて逃げてください」
「しかし、そんな事は」
「もしもの時ですよ。頭に入れといてください。とっさの時に役に立ちます」
「ああ、分かった」
飲み込みは早いようだ。
ヘミンさんもこのような経験はあるだろうが、護衛を四人しか付けない。しかも、近くには犬しかいないのは初めてなのだろう。
もしくは、私たちが頼りないかである。
「どうする。一気に行くか?」
コーブも既に弓を握っており右手は矢に手をかけている。
「止めろ。何でもないかもしれないんだ。俺らはなるべく警戒していない様に近づくんだ。分かってるだろ」
「ああ。だが少しでも怪しかったらあの男の足を射抜いてやる」
私たち自警団は主に町に暴れる動物や、賊が忍び込んできたときに対処するように日々訓練している。待ち伏せを受けた時の訓練などはしていないので、自然と狩りの時の気の持ちようでこれを対処しようとしているのだろう。
少し警戒しすぎている。興奮しすぎているともいう。
「よし、お前らは一度後ろに下がって森に入ってこっちまで来い。馬車であっちから見えないようにしてからだぞ。俺たちはなるべくゆっくり行くから急いでへまするなよ。よし行け」
団員二人は馬車の後ろにゆっくりと一度隠れてから駆けて行った。私たちも進むことにする。男は相変わらずこちらに手を振っている。ずっとだ。
近づいていくと男の服装まで見えるようになってきた。
それは異様な姿だった。
「おいララヌイ。何だあれ。」
右肩には血の跡があり、左足首はあらぬ方へと向いている。男は体をどこかで激しく打った様に肌が青ざめている。
しかし、男は表情を全く変えない。その光景に私とコーブは馬の脚を止めてしまった。
男の手も止まる。
「チャーップス。チャーップス!」
ヘミンさんの叫び声が聞こえたのはその時だ。