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クッタリアの魔物  作者: 赤異 海
11/59

11/飼い犬チャップス①

 チャップスは自分の生活に満足していた。


優しい女の子ララは自分を拾ったその日から自分の事をとても可愛がってくれているし、その兄のララヌイは時折、散歩と狩りに連れて行ってくれる。ララヌイの仕事のただのついでだとは知っていたが、馬車に乗っての優雅な散歩や獲物を追いかけて捕える狩りでは自分の事をとても信頼していることが良く見てとれてそれがとても嬉しかった。寒空の下ではコートをかけてくれるし身を寄せて温めてもくれる。暑い夏には湖での水浴びに、秋には冬眠前の熊を狩っては自分だけでは到底ありつけない熊肉が食べられる。


チャップスは熊の肉が大好物である。あの締まった筋肉に乗った脂肪がたまらなくおいしい。それの焼ける匂いを嗅いでは涎が自然と垂れ、年に一度くらいララが野苺で作ったソースもおまけでかけてくれる(もちろん塩分やら余計な物は入っていない。人間用ではなく彼専用のソースである)。野生では強者の肉を食らうなどほぼ不可能であるため、チャップスにとってそれは誇りでもあり家族として認めてもらえた証しでもあった。


 その日チャップスはララにつやつやと艶やかな黒毛を櫛でといてもらっていた。


櫛からは彼女の香りがする。彼女が昔使っていた物らしい。


時折、ララは少し悲しげな表情でチャップスの名を呼んだ。


この日もそうであった。これが今生の別れの様な寂しげな、それでいてとても優しくチャップスを呼ぶ。


彼女の両親が昔、彼女のいない時に私を二世、二世と呼んだ。


呼ばれた初めの頃はそれで寄って行くと褒められていたので特に気にもしていなかったが、町の墓地に初めて行った時に墓地の外れで一つの土の山とそこに立てられた岩に置いてある櫛を見てなぜ彼女はこんな所に櫛を置いているんだろうと興味を持ち、こんもりとしていて雑草が抜かれた土の山を掘り起こそうとした時にチャップス駄目、駄目よと少し震えながら囁く彼女の表情と、土の山に近寄った時に櫛から感じた彼女以外の臭いで全てが分かった。


彼女は泣いてはいなかったが泣きっ面をしていた。


そうか私は二人目なのかとその時チャップスは知った。


彼女は当然だが彼女の両親も、そしてララヌイもララを思って口に出してチャップスに語りはしなかったがチャップスは確信した。チャップスは自分が前の犬と同じ名で呼ばれていることに怒りはしなかった。


名前など仲間を呼ぶ時の遠吠えの対象を限定する版程度にしか思わなかったし、死んでも尚あんなに思われるなどとララへの信頼はより一層強くなった。


「チャップス、絶対お兄ちゃんを守ってね。ねぇ、チャップス。」


 彼女の声はとても不安げであった。最近は私を連れずにララヌイは外へと出かける事が多くなった。

何やらとても恐ろしい物が近くを徘徊しているからララを守ってやってくれとララヌイに頼まれたので、そのために私は家で待たされている事は知っていたがそれ以外のことは知らなかった。


彼女が頼んでいたのは先代のチャップの方だが、自分に言われたと感じた事とその時の彼女の恐怖心を深く感じ取ったチャップスは自分が家族を守らなければと使命感に燃えていた。そんな時にララヌイが現れたのである。


「やあ、ララ。チャップス。元気か」


「私は大丈夫よ。チャップスも。お兄ちゃん、またどこかへ出かけるの」


「ああ。最近、物騒だからと町に引きとめて置いたヘミンさんがな、もうそろそろ町へ物資を持ってこないと心配だろうと町長と話し合ったんだ。なんでもナルシアに商人が集まってるから、そこで全ての物資が揃うだろうって。それならここからそれほど遠くもないからってんで町長も協力を申し出たんだよ。それで俺たちにも声がかかってな。だから、これからナルシアまでちょっと行ってくるよ」


「そんな。臆病者だってラエのくそ爺に謗られたって、町の外は危ないってあれほどみんなに言っていたお兄ちゃんが、行くのは変よ。町長が協力するなら、息子のトッドやダミたちに行かせればいいんだわ」


「口が悪いぞ。そんな事を言うなララ。似合わないぞ。お前は性格通りお淑やかにしていなさい」


「だって――」


「心配しなくても大丈夫だよ。馬車の警護に就くだけだ。他のみんなだって言っているだろ、怪物なんていやしないって」


「でも――」


「町はみんなが守ってくれるから。お前は安心して家にいていいんだよ」


「そうじゃなくて、私は――」


「大丈夫だ心配するな」


 その様子はララヌイが自分自身に言い聞かせているようにも見えた。チャップスは鼻をララの頬に擦り合わせて慰めた。


「じゃあ、俺は行くぞ」


 そう言って家を後にしようとするララヌイにチャップスは付いていこうとする。


「駄目じゃないかチャップス。お前はララを守っていなくちゃ」


「あらお兄ちゃん、町は安全なんじゃなくて」


 半分べそをかくララにララヌイは声をかけられなかった。ララは続けて強がる。


「町はいいから。チャップスはお兄ちゃんが連れて行って。この子は鼻も聞くし、そこらの情けない男なんかよりずっと強いんだから。頼りになるわ」


 何を言っても聞かないララヌイへの小さな抵抗であった。


こうなるとララは強情なのでララヌイも諦めるしかない。


「分かった。じゃあジャイをこの付近の警戒に当たらせるから。仲良くするんだぞ」


「あら、ジャイなんかでチャップスの代わりにはならないわ。でも、家にはお父さんもいるし、もっと手薄なところに配置してよ」


「ああ、分かった。分かったよ。じゃ行ってくるからな。おい、チャップス行くぞ」


 そういうとララヌイはチャップスの頭を少し強めに撫でる。撫でる。


ああは言ったがララヌイがジャイへの指示を変えることなどないのはララヌイの性格をよく知っているチャップスには分かる。


狩りの時に獲物を深追いしては必ず追い詰めるような所でララヌイもララと同じく強情な所があるのだ。


チャップスは今度はララヌイを慰めるように近くに寄り添って歩き商人たちの待つ馬車まで行くことにした。


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