1/司祭ヒリエム①
ここは北ハイルの東の最果てクッタリアの町。霧雨の中、墓場を荒らすみすぼらしい姿の男が一人。
ローブの中の読み古した聖ノートルニア時代書までずぶ濡れになっても尚、ヒリエムは使い古したスコップにもたれかかり、今日の今日まで事態を軽んじていた己を罵倒し、これからなすことと信仰との狭間で煩悶し苦しんでいた。
こちらは頭数が足らないのだ。
幾ら駆除してもクッタリア周辺の化け物どもは日に日に数を増し、ついには町の女子供まで討伐隊の数合わせにされることとなってしまった。
彼も北ハイルで信仰されている形容しがたきノートルニアの神々への祈りは毎日欠かしたことがなかったが、今日というこの決意の日ばかりは信仰を捨てるほかなかった。
村から南東二百七十キロ離れた王国から派遣されてきたのは十一人の若い兵士と指揮官として来た一人の中年の兵士。常に厳めしい顔をした、への字口の狐のような中年兵士はこの一ヶ月足らずの間に三十七人の命を言葉が悪いが文字通り『無駄』にしてしまった。
今では村には女子供も含めても四十六人しかいない。女十八人、子供二十三人、それに対し大の男はたったの五人。村はこの上ない消耗戦の真っただ中にある。
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二十と七日前、村への到着からその日の内に、指揮官ローバスは五人の兵士を村の護衛に残し、町の自警団の力自慢を八人従えて込み入った森の中へと入って行った。
東へ二十六キロのナルシア町との交易ルートの中ごろから殺戮者の棲みかと思しき鉄鉱石の洞窟まで五キロを散策し、その姿を確認し次第適宜これに当たるといったこれといって思索の練られていない不適切な指示であったにも関わらず、私も含め町人たちはこの指示に従わざるを得なかった。王国から勅命を受けた使者であるローバスに意見出来るはずもなくただ闇雲に森の中を捜しまわることとなった。
結果的にその日に帰ってきたのはローバスを含め六人。部隊の半数を失って得たものといえば、襲ってきたという幾つかの動物の死骸と森の中で不自然な物を見たという複数の証言だけだった。
生き残った者に森の中で何が有ったのか細かく問いただしても、やれ腐った臭いのする森だっただの頭のない野犬に出会っただの何かに足を持ってかれそうになっただの要領を得ないものばかりであった。
味方の死体を置き去りにしてまで持ち帰って来た動物の死体を調べたが腐敗が始まっていて、到底これに襲われたなどとは信じられなかった。
町へ帰還するなりローバスは青い顔をして町長の家に押し入るとそのままあくる日まで話し合いの後、一人の兵士に王国宛ての慇懃に包装された文と数冊の古い書物と腐った動物の一部を持たせ、日も昇りきらぬ内に王国へと発たせた。
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それから今日という日までローバスは兵士たちと共に王国からの救援を当てにして町に籠り続け、周辺の警戒を命令するばかり。
呆れ果てた町の交易商人たちや町人、その警護として連れ立っていった兵士は東のナルシア町や南の王都、北のライマーン地方へ行ったまま誰一人として帰ってきてはくれない。
最初の遠征から生きて帰って来た兵士や町人の言葉を借りれば『化け物に食い殺されるのは嫌だ』そうだ。私も町に残った人々がこうも死んでいくのを目の当たりにするまで信じられなかったのだが……。