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雪月花と学校の吸血鬼

「ねぇ、知ってる?」

 そう声をかけてきたのは、如何にもお嬢様然とした雰囲気を漂わせている少女だった。長く伸ばした黒髪を掻き上げ、ともすればキツ目に見られそうな瞳を輝かせ私に声をかけてくる。

「ねぇ、くろちゃん聞いているの?」

 我が校でもトップスリーに入る(ややキツ目の容姿だが)美少女が他の人には見せないであろう上機嫌な笑顔で話しかけてくる。

「もう、無視しないのー」

 だって、雪乃ちゃんの持ってくる話って……絶対、何かのトラブルだもん。聞いちゃ駄目だ、聞いちゃ駄目だ。

「どうしたのー? お昼を何処で食べるかって話しー?」

 月姫さんもやってくる。月姫さんはちょっと、というか、うん、すこしぽっちゃりとした感じの可愛らしい容姿の子で、その外見通りに美味しい物を、お店を知っている、私たちにとって神のような存在だ。でもね、今はお昼の話じゃ無いと思うんだ。

 私たち三人はクラスが別なのに不思議と三人で集まることが多く、他のみんなからは仲良し三人組扱いを受けている。でもね、個性的な二人と比べると凡人な私が一緒にされるのはどうかと思うのです。

「そうね、つっきー、お昼も大事よ。でもね、もっと面白いことを見つけたの!」

 雪乃ちゃんの面白いは絶対に面白いじゃないんです。危ないの間違いなんです。私たち三人が知り合った事件の時もそうだし、絶対に面白いの方向が違うと思うんです。

「三年の先輩なんだけど……」

 雪乃ちゃんが話し始めてしまった。教室の中で、このまま、ここで話されるのは不味い。「雪乃さん、月姫さん、ここでは……。お二人ともお弁当でしたよね。私も売店でパンを買っていきますので中庭でお話しましょう」

「わかったよー。いつもの場所だねー」

「わかりましたわ。でも、売店に行くのも一緒しますわ」

「あ、私もー。ついでに売店で何か美味しそうな総菜パンでも買うー」


 お二人と一緒に売店でパンを買い、そのまま中庭へ。買ったパンは特別な自家製クリームの入ったクリームパンと牛乳です。このクリームが甘い中にほんのりと酸味があって美味しいんです。月姫さんのオススメで買ってみたら、もう大当たりだったんです。う、お昼時と言うこともあって私も月姫さんのように食べる方にばかり頭が……。


 中庭にある初代学園長の胸像の裏が私たちの定位置です。そこに月姫さんがいつも持参してきてくれるシートを敷いてくれます。月姫さんは今日もお弁当箱が重箱です。凄いよね、美味しそうだよね。じゅるり……うう、見ているだけで太っちゃいそうです。

「で、雪乃ちゃん。先輩がどうしたんです?」

「さすが、くろちゃん。なんだかんだでちゃんと聞いてくれるんだよね」

 だって、聞かないと後でどんなことになるか分からないじゃないですか。

「先輩がどうしたのー?」

 月姫さんも重箱を広げながら聞いてきます。うーん、あの唐揚げは美味しそうだ。

「三年の二夜子先輩って知ってる?」

「あー、美人で有名な先輩だよねー。ゆっきーとで、この学校の美少女トップスリーって言われているー」

「そうそう」

 う、美少女ってとこは否定したり、謙遜したりしないんだよね。まぁ、そこが雪乃ちゃんらしいんだけど。

「彼女、実は……」

 雪乃ちゃんがそこで言葉を飲み込む。溜める、溜める。もうね、ホラー感を出したいんだと思うんだけど……うー、じれったい。

「実は……?」

「じつはー?」


 ……。


「実は吸血鬼らしいの」


 ……。

 そうなのだ。雪乃ちゃんは唐突にこういった突飛なことを言い出す子なのだ。確か、先週は私は実は転生戦士だ、って言い出したのかな。雪乃ちゃんは黙っていれば美人さんなのに、すぐにこういうことを言い出すんだから……。

「そうなのー?」

「そうなのよ」

 な、なんで月姫さんは納得しちゃうかな。


 そこで、私は……。


・「馬鹿なことを言っていないでお昼を食べちゃおうよ」と言った。

・「その話、私も聞いたことがある」と言った。


 う、駄目だー。またいつもの癖で二択を出してしまった。私には、このようにゲームのような脳内二択を出してしまう癖があった。うう、とりあえず、一番かな。

「馬鹿なことを言っていないでお昼を食べちゃおうよ」

「むぅ」

 雪乃ちゃんが可愛らしく頬を膨らましている。美人がやると様になるから羨ましい。まぁ、確かに二夜子先輩が吸血鬼だって噂は私も聞いたことがある。でも、それは先輩の容姿に嫉妬した人たちが流した根も葉もない噂だ。

「そ、そうね。まずはお昼にしましょう」

 うん、まずはご飯だ。私は手に持ったクリームパンに齧り付く。美味しい、幸せー。


 三人で黙々とご飯を食べる。お食事中に口を開くのは行儀が悪いのです。

「でもね、今度の噂は根も葉もない噂じゃないのよ」

 食事が終わり、雪乃ちゃんが口を開く。月姫さん、今日も美味しいお裾分けありがとうございます。

「そうなのー?」

「そうなの」

 む、また雪乃ちゃん情報網に何か引っかかることがあったのだろうか。雪乃ちゃんは面白いことが大好きという性格だけあって色々な情報を仕入れてくるのが早い。他のみんなの前ではお嬢様然とクールに徹しているのに、私たちの前にいる時はその姿を解いて、その謎の情報網から情報屋のように面白いネタを持ってくるのだ。まぁ、私にとって面白い情報かどうかは別なんだけどね。

「ここ最近の事件は知っているよね?」

 私も月姫さんも頷く。深夜に校舎内で女生徒が倒れている事件だ。本人も何故、学校の校舎内に居るのか憶えていない(もちろん乱暴されたような形跡はない)という不思議な事件だ。うちの学校でも容姿の優れている女子が中心で、しかも普段そういった夜間出歩くことがないような品行方正な子ばかりだった。保護者の間では学校の管理を疑問視する声も上がっているとか。普通は夜間に学校へ侵入すると警備会社に連絡が行くはずだもんね。

 当初は忘れ物をした女生徒が立ちくらみを憶えて倒れたのでは、ということで話は終わりそうだった。だけど、その後も何度か事件が起きて……今に至るという訳なのです。


 ……まさか?


「くろちゃんは気付いたようね。そうなの。夜間に学校に忍び込もうとしている二夜子先輩を見た人が居るのよ」

 なるほど。確かにそういうところを見てしまうと事件との関係性を疑っちゃうよね。……あれ? でも、おかしくない?


 そうだ、おかしいよ。私は……、


・「なんで二夜子先輩は学校に入ることが出来たのかな?」と言った。

・「二夜子先輩を見かけた人も夜間に学校に居たってコトだよね」と言った。


 うーん。迷う選択だなぁ。とりあえず二番かな。

「二夜子先輩を見かけた人も夜間に学校に居たってコトだよね」

「あー、だよねー」

 うんうん。その人が何で夜の学校に居たのか気になるよね。

「ふっふっふ。そこに気付くとは、さすがくろちゃんね。私が認めただけのことはあるわ」

 雪乃ちゃんが悪そうに笑うと妖艶な感じになるなぁ。

「でもね、その子はね、両親との外食の帰り道がたまたま学校の前だっただけなのよ」

 なるほど親御さんとの外食なら仕方ないね。

「で、その子が、学校の前で二夜子先輩を見たのね。二夜子先輩はあの容姿でしょ、間違えようがない。その二夜子先輩が学校の前でぼーっと立っていると思ったら、ふっと姿が消えたらしいのよ。その子も最初は目の錯覚かと思ったらしいんだけど両親も見ていたということで本当に二夜子先輩だったんだってコトになったらしいのよね」

 なるほどー。推理小説なんかだと見ている人の方が犯人とかもあるんだけどね。これはホラーな展開なんでしょうか。怖いの苦手なんだけどなぁ。

「つまり二夜子先輩が吸血鬼で夜な夜な女生徒から血を吸って、その女生徒を放置しているって事かな?」

 私の言葉に雪乃ちゃんはうんうんと頷いている。

「ね、面白いでしょ?」

 お、面白いかなぁ? で、それだけじゃないよね。私には次の雪乃ちゃんの言葉が予想できていた。

「ということで、確かめましょう!」

 予想通り。雪乃ちゃんの、この行動力にはいつも、いつも、もうー。

「えー、ゆっきー、夜の学校に忍び込むのー?」

「その通り!」

 雪乃ちゃんが腰に手を当ててポーズを取っている。

「でも、夜の学校なんて鍵が掛かっているし、ドアを開けて無理矢理進入しようとしても警備会社に連絡が行くよね」

 そうなのだ、夜の学校に入る手段がないのだ。

「ふっふっふ」

 またも雪乃ちゃんが妖艶に笑う。あだるてぃーだね。

「実はね、宿直の先生が出入りしているドアには鍵が掛かっているだけで警備会社への連絡が行く装置は付いていないのだよ」

 でも鍵は掛かっているんだよね。ま、まさか!

「ふっふっふ」

 雪乃ちゃんは腰に手を当てたまま妖艶に笑っている。そしてスカートのポケットから一つの鍵を取り出した。

「じゃじゃーん。職員室の片付けをしている時にこっそりと借りて合い鍵を作っちゃいました」

 そうなのだ。雪乃ちゃんは自分が興味を持ったことに対して無駄に行動的なのだ。

「だ、大丈夫なのー?」

「大丈夫よ!」

 これ絶対に大丈夫じゃないパターンだよ。以前にも同じようなことがあったよね。

「でも、遅い時間に家を抜け出すのなんて無理だよ」

 そう無理です。遅い時間に女の子一人で外出なんて許して貰えるわけがない。

「今度の日曜日、隣町の神社でお祭りがあるよね」

 うん、あるね。

「それに参加するってことで夜間に外出して、そのまま学校に侵入しちゃいましょう」

 えー、嫌だよ。それだったらみんなで普通にお祭りに行きたいよ。屋台とかで美味しいものを食べたいよー。

「隣町のお祭りに参加していたから距離もあって帰りが遅くなったって言えば大丈夫、大丈夫」

「大丈夫じゃないよ。絶対怒られるよ!」

 月姫さんも雪乃ちゃんを止めてください。屋台の美味しい物、食べたいですよね?

「屋台の美味しい物も興味があるけどー、学校の件も気になるよねー」

 月姫さんはそんなことを言っている。わ、私の味方はいないの?

「ふっふっふ。くろちゃん諦めるのだ」

 うわーん。

「その時は、帰りにくろちゃんの家によって、帰りが遅くなったことを一緒に謝ってあげるから!」

 そんなのなんの救いにもならないよー。


 ◆ ◆ ◆



 当日、月姫さんのお兄さんが我が家まで車で迎えに来てくれた。

「さあ、乗って」

 助手席には月姫さん、後部座席にはすでに雪乃ちゃんが居た。

「くろちゃん、浴衣なんだー」

 本当はもっと動きやすい格好が良かったんだけど、お祭りに行くと言ったらお母さんが浴衣を用意しだしたので断り切れなかったのだ。

「でも、浴衣似合っているね」

 背が高く容姿の整った月姫さんのお兄さんに、そう言われるとまんざらでもなく嬉し恥ずかしい。

「くろちゃん、照れてる?」

 隣に座っている雪乃ちゃんに小声でからかわれる。そうです、照れてますぅ!

「で、本当に隣町のお祭りではなく、学校行きでいいんだね?」

「はい。お兄さん、それでお願いします」

 雪乃ちゃんがお嬢様のようなおしとやかな言葉で喋る。

「でもー、お腹空いちゃうなー」

 月姫さんの言葉で、まずはご飯をということになった。


 月姫さんオススメの料理店で美味しいご飯を食べ、その後、学校に向かう。時刻は21時を回ろうとしていた。普段では外出が絶対に許されない時間だ。

「じゃあ、僕は外で待っているから。余り危ないことはしないように」

 お兄さんの言葉に私たちは頷く。


「さあ、行こうか」

 雪乃ちゃんの後をついていく。まずは校舎の裏口へ。


 雪乃ちゃんがジーンズのポケットから鍵を取り出し扉に差し込む。うーん、ポケットに小物を入れてて邪魔にならないのかなぁ。

 扉はカチャリと小さな音を立てて普通に開いた。雪乃ちゃんがこちらにハンドサインを送ってくる。静かに入ろう……かな?


 薄暗い校舎の中を雪乃ちゃんが持ってきていた懐中電灯の明かりを頼りに三人で歩いて行く。

「まずは何処へ?」

 私は雪乃ちゃんに確認する。

「うーん、最初の犠牲者が倒れていた3-Cの教室かな」

 三年生の教室かぁ。ちょっと入るのに勇気が要るね。


 私たちは3-Cの教室を調べてみたが何も手がかりになるような物はなかった。

「そういえばー、宿直の先生居ないねー」

 そうなのだ。幾ら日曜とは言え残っている先生が居てもおかしく無いと思うのだが、先程からその存在が全く感じられない。まるで校舎の中に私たちしか居ないかのようだ。

「日曜だから、かな?」

「次は何処に行くの?」

「うーん、他の犠牲者の場所を順番に回りましょう」

 でも、日にちが経っているし手がかりなんて残っているのかなぁ。それに日曜なら犯人? も来ないんじゃないかなぁ。私は、今更、そんなことを思ってしまうのです。

「次は音楽室ね」

 雪乃ちゃんが持っている懐中電灯の明かりを頼りに、私たちは寄り添って音楽室へ。すると後ろかバリボリ、バリボリと音が聞こえてきた。え?

 私がおそるおそる振り返ると……。


 月姫さんがスナック菓子を食べていた。も、もう、怖がらせないでください。

「だってー、お腹空いたんだもん」

 えー、さっきみんなでご飯食べたところだよ? もう月姫さんは食いしん坊さんなんだから……。うん、私も一つ貰っちゃおう。


 その後も色々と回ったけれど何も手がかりになるような物はなかった。うーん、夜だったら見つかるって発想が安易だったのかな。

「うーん、外れだったか」

 雪乃ちゃんのがっかりしたような言葉。夜の学校探検はワクワクして少し面白かったけれど、みんなでお祭りも行きたかったなぁ……って、あれ?

「ねえ、今、その廊下の先に」

「どうしたの? どうしたの?」

 雪乃ちゃんの食いつきが怖いです。

「ううん、何でもない」

 廊下の先、曲がり角の所に一瞬、二夜子先輩に似た人が見えた気がしたけど……気のせいだよね。二夜子先輩が居るかもって思っていたから、見間違えただけだよね。

「しょうがない、帰ろうっか」

「そうだねー」

 うん、帰ろう。


 その日はそのまま家に帰ることとなった。月姫さんのお兄さんの車で我が家まで帰還です。心配していた両親に怒られるようなこともなく、私たちのちょっとした冒険は普通に終わったのでした。



 ◆ ◆ ◆



「ゆっきーが学校に来ていないの」

 お昼休みに入ってすぐ月姫さんが私の所に来てそんなことを言った。体調不良でお休みなのかな? お見舞いに行かないと。

「違うのー。どうもおうちに戻ってないみたいなのー」

 え? 家出? 何か面白いモノを見つけて探索の旅に出たとかじゃないんですか?

「それでもー、ゆっきー学校を休むことは無かったよー」

 た、確かにそうです。

「ゆっきーの親御さんはあーいった方だから、捜索願みたいなのは出さないと思うんだけどー」

 うん、心配だ。

「ねぇ、月姫さん。雪乃ちゃんが前日何をしていたか知らない? 私はもう少し二夜子先輩の件を調べるって聞いていたけど……」

「私もー。同じように聞いてる。あの後も一人で夜の学校に忍び込んで色々と調べていたみたいー」

 それだ! どう考えてもそれじゃない。雪乃ちゃん、一人で調べるから、こんな事件に巻き込まれて……。あれ? でも、今までの事件なら深夜に宿直の先生が倒れている生徒を発見してって流れだよね。今までと違う? でも、どうしよう?

「二夜子先輩に話を聞いてみるー?」

 月姫さんの提案。うーん、でも二夜子先輩がこの事件に関係が無かったとしたら、私たちって噂に振り回されただけの失礼な後輩になっちゃうよね。……いえ、でも! 雪乃ちゃんのためだもん。少しでも関係のありそうな所は当たっておかないと。二夜子先輩が関係無かったら謝るってことで……うーん、私も考え方が雪乃ちゃんぽくなってきたかなぁ。


 おそるおそる三年の教室へ。急がないとお昼休憩が終わっちゃう。ここから先は三年の先輩のテリトリーだーって思うとちょっと怖いよね。

 三年の先輩達が私たちの方を見て何やら小声で話している。うー、怖いよ。

「一年生の教室はこっちじゃないわよ」

 そう怒ったように声をかけてきたのは三年の東郷先輩だった。彼女も整った容姿から我が校の美少女ベストフォーにランクインしている。ただ、性格に問題があったり、いつも怒ったような顔をしていたりしていることからトップスリー入りは出来なかったそうだ。別に三人にこだわらなくて四天王とかでもいいのにね。ちなみにトップスリーの三人目は謎の美少女らしいです。な、謎だなぁ。

 にしても容姿でランキン付けなんてしなくてもいいのにね。容姿が全てじゃないと思うんです、うんうん。

「私たち、二夜子先輩に用があって来たんです」

 私の言葉に東郷先輩は更に怖い顔をする。こ、怖いです。

「二夜子に、ね。分かったわ、同じクラスだし、私が案内するわ」

 え、あの、教室は分かっているので私たちだけで大丈夫です。怖いので案内は断りたいです……とは、とても言えなかった。

 東郷先輩の後を二人でとぼとぼとついていく。二夜子先輩のクラスまではそれほど距離があるワケではなく、すぐに到着した。それだけが救いですぅ。

「二夜子、一年生の子があなたに用があるって来ているわ」

 東郷先輩の言葉で何か紙パックの飲み物を咥えたまま二夜子先輩がこちらに振り返る。まるでお人形のように整いすぎた怖いくらいの美貌。同じ性別の私でも、その容姿に見とれてしまいそうになる。でも紙パックからちゅうちゅう飲み物を飲んでいる姿は可愛らしいかも。飲んでいるのは……トマトジュース。いやいや、狙いすぎー。

「どったのん?」

 初めて聞く二夜子先輩の声。あ、声は普通なんですね。てっきり凄い美声で……みたいなのを想像しちゃってた。

 そこで私は……、


・「二夜子先輩、先輩って吸血鬼なんですか?」と聞いた。

・「二夜子先輩、あの時、あの場所で何をしていたんですか?」と鎌をかけてみた。


 う、うーん。一番はないかなぁ。いきなり、そんなことを聞くのは失礼過ぎるよ。よ、よし。

「二夜子先輩、あの時、あの場所で何をしていたんですか?」

 私の言葉に二夜子先輩は一瞬、目を大きく見開いたように見えた。

「あの時って何のことなん?」

 二夜子先輩の言葉に私は……、


・「先輩、分かっててはぐらかすのは無しですよ」と更に鎌をかけてみた。

・「この間の日曜日のコトですよ」と妄想を現実にしてみようとしてみた。


 こ、これは……。どっちを選ぶのも失敗する気がする。うーん、情報が足りないのかなぁ。でも、とりあえず二番で。

「この間の日曜日のコトですよ」

 私の言葉に二夜子先輩はぷっと吹き出していた。

「うちに聞きたかったのはその事なん?」

 あ! 方向を間違ってはいけない。そうだった、私は雪乃ちゃんの行方の手がかりを探すために……。

「いえ、違うんです。私の友達の……先輩も知っていると思うんですけど横山雪乃さんが行方不明になってしまったみたいで、先輩なら何か知っているかもと思って……」

 二夜子先輩が腕を組み、少し考え込む。そして東郷先輩の方を一瞬だけ見て、すぐにこちらに向き直った。

「旧校舎は分かるん? 新一年生だと知らないかな。あの取り壊しが決まっている部分なー」

 私たちの学校には、今年、取り壊しが決まっている木造の建物が残っていた。もしかして、それのことなのかな。そうか、アレ、何だろうと思ったら旧校舎だったのか。木造だし、薄気味悪いしでもう近寄りたくないって思っていたんだけどなぁ。あの時は、雪乃ちゃん、そんなこと、一言も言わなかったよね。絶対に知ってて黙っていたパターンだよ。

「旧校舎は木造でいつ崩れてきてもおかしく無いから先生方も調べるのは後にすると思うんよね」

 これは先輩からのヒントかなー。

「あ、ありがとうございます。旧校舎の方を探してみます」

「頑張ってなー」

 二夜子先輩に見送られて三年の教室を後にする。


 お昼休みの時間はもう残り少ない。どうしよう、旧校舎の探索は放課後にしようか? いや、駄目だよね。あー、でもお腹空いたなぁ。

「くろちゃん、売店でパンを買って食べながら行こうよー」

「そんな、はしたないよ」

 私は言葉とは裏腹に月姫さんの言葉に賛同して売店のパンを買う。だって、売店って旧校舎の近くじゃないですか。通り道だもん。寄っちゃうよね。

「休憩時間、残り少ないけど焦って食べるんじゃないよ」

 売店のおばさんの忠告を有り難く受け取って廊下を駆け足で進む。あれ? さっきの売店のおばさん……気のせいかな?

 私たちは周りに他の生徒が居なくなるのを待って、それからパンを食べながら旧校舎に移動した。お腹が空いていると頭が回らなくなるのです。糖分大事。クリームパンのクリームも大事。


 二人で旧校舎に侵入。もちろん鍵なんて掛かっていない。ぎぃぎぃと木の板が軋む音を立てながら旧校舎の中を歩いて行く。幾ら昼間と言っても誰も居ない建物の中は怖いなぁ。

 旧校舎の教室を一つ一つ確認していく。そして三つ目の部屋で倒れている人影を発見した。

 私たちは人影に駆け寄る。うん、雪乃ちゃんだ。外見に傷は無さそうだし、制服も乱れていないし乱暴された感じは無いね。良かった……。

「う、ううん……」

 私たちが抱き起こすと雪乃ちゃんは目が覚めたみたいだった。にしても、入り口から三部屋目って割と近くだったね。

「大丈夫ー?」

「ん? ここは?」

 雪乃ちゃんは月姫さんの言葉で完全に目が覚めたようだ。

「旧校舎だよ。雪乃ちゃん、憶えている?」

 私の言葉に雪乃ちゃんが首を振る。起きてすぐに首を振ったら危ないよ。何処かに頭をぶつけた可能性だってあるんだから……。

「あああー!」

 突然、雪乃ちゃんが大きな声を上げる。び、びっくりしたよ。

「私、今日の授業、サボりになったんじゃないかな。か、皆勤賞が……」

 た、確かに……。でも、そこは先生に事情を話してなんとかして貰おうよ。

「でもー、ゆっきーが無事で良かったよー」

 うん、そうだね。あれ? でも……、


・「雪乃ちゃん、なんで制服なの?」と私は聞いた。

・「雪乃ちゃん、昨日、何をしていたか憶えている?」と私は聞いた。


 うん、これはどちらを選んでも同じような情報を得られそうだよね。となれば……。

「雪乃ちゃん、なんで制服なの?」

「え? 制服? だって、昨日は……、そうだ昨日!」

 何か思い出したのかな?

「昨日は夜の探索は止めようと思って普通に帰ろうと思ったのよね。少し喉が渇いたから売店で飲み物を買おうかと……うーん、憶えているのはそれくらいかな」

 ふむふむ。

「つまり、私着替えてない! 最悪……」

 た、確かに、それは最悪だよ……。犯人は酷いことをしたよね。でも、ちょっとずつ見えてきたかなぁ。

「そういえば売店で東郷先輩を見たの。東郷先輩は売店に余り近寄らないって聞いていたからおかしいなって思ったんだ」

「あー、それはねー。売店のおばさん、東郷先輩のお母さんなんだよ。学校で親が働いているってバレたくないもんねー」

 うお、月姫さん、何処からそんな情報を。情報通の雪乃ちゃんでも知らない情報を持っているとは……。

「月姫さん、物知り!」

「売店に――食べ物に関することだからじゃない?」

 雪乃ちゃんの言い方が酷い。自分が知らない情報を持っていたから……なのかな?


「雪乃ちゃん、東郷先輩って最近、よく眠れないとか、そういう話を聞いていないかな?」

「それは有名な話ね。あの怒ったような顔も寝不足から来ているものらしいから」

 あ、そうなんだ。別に怒っているわけじゃないのね。これで知りたい情報は全部ゲット出来たのかなぁ。よし、後はいつものはったりで頑張ろう。


「明日の放課後、東郷先輩に会いに行こう」

「くろちゃん、また何か思いついたの?」

「りょうかいだよー」



 ◆ ◆ ◆



 翌日、放課後、雪乃ちゃんと月姫さんと合流して三年の先輩の教室へ。すぐに東郷先輩を発見です。目立つ容姿なのは見つけやすくて良いです。

「あのー、東郷先輩、少しお話が……」

「何、今度は私?」

 東郷先輩が眉をきりりと持ち上げる。寝不足だから怒ったような顔――って分かっていも怖いです。

 東郷先輩と一緒に居た二夜子先輩もこちらを見る。お二人は仲が良いのかな?

「それはここで話しても良い内容なん?」

 二夜子先輩の言葉。うん、確かに他の先輩達が居る前で話す内容じゃないよね。もし私の勘違いだったら最悪だもん。

「出来れば、ちょっと……」

「分かったわ。で、何処に行けばいいの?」

 東郷先輩がため息をついている。

「それなら講話室がオススメなん。あ、私もついてくよー」

 え?

「え?」

「え?」

「え?」

 二夜子先輩の言葉にみんなの『え?』がはもる。

「いくら一年生って言っても三人対一人じゃ、ちーちゃんが可愛そうなん」

 ちーちゃんって東郷先輩のことかな?

「な、なに言っているのよ! 私は一人でも大丈夫よ!」

「まぁ、まぁ」


 結局、二夜子先輩も一緒に講話室に行くことになった。


 放課後の講話室は誰も使っておらず、内緒話をするにはもってこいの環境だった。

 さて、ここからどうしようかな?


・「女生徒昏倒事件のコトですが……」と私は事件の話を振り始めた。

・「売店に居る東郷先輩のお母さんのことですが……」と私は事件への関係性を匂わせ始めた。


 こ、これは一番かなー。だって二番は憶測でしかないことだから、まだ切る札じゃないよね。

「女生徒昏倒事件のコトですが……」

「それが何!」

 私の言葉に、東郷先輩は私が思っていた何倍も強い反応を示す。

「この事件、東郷先輩が関与していますよね」

 まずは軽いジャブだ。

「な、何を証拠に!」

 次は……、


・「最近、東郷先輩は寝不足だとか……。かかりつけの医者がいるそうですね」と私は得られている情報から鎌をかけてみた。

・「売店に居るのって東郷先輩のお母さんですよね」と私は事件への関係性を匂わせてみた。


 こ、これも一番かな。かかりつけの医者云々ははったりだけど、間違ってないと思うんだよね。

「最近、東郷先輩は寝不足だとか……。かかりつけの医者がいるそうですね」

「なんで、その事を……」

 よし、正解。雪乃ちゃんは無意識なのか握り拳を作りながら、月姫ちゃんはハラハラしながら私の様子を見守ってくれている。二夜子先輩は面白そうにこのやりとりを見ている。


・「先輩のお母さんが娘の障害になる子に、その睡眠薬を飲ませていたんですね!」と私は最終通告を突きつけた。

・「放課後、こっそりと売店のお手伝いをしていましたよね」と私は次のステップに進む。


 う、うーん。選択肢にちょくちょくと先輩のお母さんの選択肢が出てくるなぁ。犯人が先輩だと思いたくない私の無意識なのかな。

「放課後、こっそりと売店のお手伝いをしていましたよね」

「う、嘘よ。証拠がないもの」

 先輩、動揺しすぎです。

「ここに居る、雪乃ちゃん――横山雪乃さんが放課後、先輩が売店でお手伝いをしていたのを見ているんです」

 先輩は雪乃ちゃんの方を見る。顔が怖いです。後はトドメだよね!


・「女生徒昏倒事件の犯人は先輩ですね!」と私はトドメを刺した。

・「多分、こういったことですよね……」と私は過程を推理してみた。


 ま、迷うなぁ。でも、一番だとまだ足りない気がするんだよね。

「多分、こういったことですよね……」

 私は推理した過程を説明し始める。

「放課後、売店に飲み物を買いに来た生徒に、売店でお手伝いをしていた先輩がかかりつけの医者から貰っていた睡眠薬を入れて渡す。そしてそれを飲んで眠気を誘われた生徒を体長が優れなさそうだから保健室まで運ぶとか適当なコトを言って連れ出す。そして、そのまま放置って感じかな?」

 これが私の推理の全てです。だけど動機がイマイチ分からないんだよね。

「な、な、なんで!」

 東郷先輩が大きな声を上げる。こ、怖いです。

「えーっと、ちょっといいん?」

 こちらを楽しそうに見ていた二夜子先輩が口を開く。

「でも、それだと女生徒を運んでいるちーちゃんを見かけた人が居てもおかしく無い気がするんよねー」

「そ、それは放課後だったから……」

「女の子一人を運ぶのって結構大変だと思うんよねー」

 協力者が居たってコト?

「それとね、教室に放置してもすぐに宿直の先生が発見すると思うんよ。夜遅くまで見つからない理由にはならないんよね」

 え、えと、えと、それは……。


 二夜子先輩の言葉に東郷先輩の表情が余裕を取り戻していく。う、情報が足りなさすぎた? はったりに頼りすぎたのかなぁ。

「ま、でも犯人はちーちゃんで合ってるんよね」

 え?

「「「えー!」」」

 私たちの声がハモる。ど、ど、ど、どういうこと。


 東郷先輩が一番、驚いた顔をしている。

「な、なんで」

「ちーちゃん、いたずらはやめにしよ。幾ら近いからって旧校舎に放置は危ないんよ」

「まさか!」

「ちーちゃんが見つからないように他の生徒を誘導したり、旧校舎に放置した生徒を教室に戻したり、大変だったんよー」

 そういうことだったのかー。二夜子先輩が共犯者? だったのか。

「な、なんで」

「うーん、それは此処で言ってもいいのん?」

 どうなんでしょう。

「それよりも! 東郷先輩は何でそんなことをしたんですか!」

 雪乃ちゃんの突っ込み。そ、そうだ、二夜子先輩のコトも気になるけど東郷先輩の動機も気になるんだった。

「な、なんで私が、それを言わないと!」

 東郷先輩が声を荒げる。

「うーん、ちーちゃん話した方がいいと思うんよ」

 二夜子先輩の視線と東郷先輩の視線が絡み合う。東郷先輩は二夜子先輩の言葉に驚いた顔をし、そのまま顔を沈めてぽつりぽつりと喋り始めた。

「妬ましかったのよ……。この学校には美少女ランキングみたいなくだらないものがあるでしょ」

 なんでも伝統らしいですからね、そのくだらないの。

「私が何故か、それの四番目に選ばれていて、嬉しかったんだけど……、この怖いって言われる顔でしょ、すぐに追い抜かされるんじゃないかって不安になって……」

 なるほど容姿の悩みなんですね。まぁ、ランキング外の私には分からないことですけど。

「最初はちょっとしたいたずらのつもりだったの。夜の学校に一人で怖がらせてやろう、遅くまで出歩いているってイメージを持たせてやろうって!」

 なるほど。あ、雪乃ちゃんがつまらなさそうな顔をしている。思っていた面白いことじゃなくてがっかりしている顔だ。

「ほんと、ちょっとしたいたずらのつもりだったの……」

 よし、これで事件の全体はわかったよね。事件解決……? あれ、でもなんで二夜子先輩は?

「でも、そこからなんで二夜子先輩が?」

「ちーちゃん、可愛いでしょ」

 二夜子先輩の笑顔。え? え? そういうことなの?

「うちはね、可愛い子は、みーんな手助けすることにしてるんよ。だから君のフォローもしたんよね」

 え? え?

「じゃ、これで探偵ごっこは終わりでいいんよね?」

「いや、でも二夜子先輩、共犯者……」

 二夜子先輩が事件を複雑にしなければ、もっと簡単に終わったんじゃ……。

「はーい、解決」

 私は、その二夜子先輩の言葉に、


・「二夜子先輩が吸血鬼って本当のことなんですか?」と聞いていた。

・「二夜子先輩、吸血鬼なのに日光とか大丈夫なんですね」と聞いていた。


 私は……。



 ……。


「ふがふが」

 気付くと私は自分の教室に居た。机に倒れ込んで眠り込んでいたようだった。あ、よだれ……ううう。

 私、何をしていたんだったかな?

 放課後の教室には私の他には誰も居ない。そうだ、帰らないと。

「ねぇ、知っている?」

 私がカバンを持ち帰ろうとしているところで雪乃ちゃんが声をかけてきた。もう、こんな時間まで残っているとか、また何か怪しいことをしていたんだね。

「あ、つっきー、一緒に帰ろう」

 途中で月姫さんとも合流し、一緒に帰ることになる。

「でね、また面白い話を見つけたの」

 ああ、また、そうなるのね。

「何でも、二夜子先輩って吸血鬼らしいの」

 え? その言葉に、私は……。


 背筋にぞくりと悪寒が走り、校舎を振り返る。


 校舎の屋上で笑っている二夜子先輩の姿が見えた気がした。


 ほ、ホラーだ!

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