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―――俺と主任と異世界と。(真)  作者: 北島夏生
第1章 ―――俺と主任と異世界と。
4/5

1-2 見知らぬ~

俺が目を覚まして、最初に視界に入ったのは、あのお約束の通り、

「見知らぬベッド裏だ。」

そう、ベッド裏だった。

何を言っているか分からないと思うだろうが、いや、俺も何を言ってるんだろうかと疑問に思うが、正にそうとしか言い様が無かった。


俺は今、リノリウムの床に全身を投げ出し、パイプベッドの床面の裏側を見上げていた。

誰かが悪戯で俺をベッドの下に押し込んだとしか思えない状況だ。

手足を動かすと埃っぽい、清掃とは余り縁が無い場所のようだ。

まあ、当然といえる。

ここは『仮眠室』と呼ぶ部屋ではあるが、『第三倉庫』でもある。

と言うより、後者だった部屋の壁際に組み立て式の二段ベッドを持ち込んで、仮眠室と勝手に呼んでたのはうち(二研)だけなんだがな。

ここには、普段全く使わない機材を押し込んで、入り口の正面に消耗品を並べたスチール棚を目隠し代わりに並べてある。

最早押し込んだ機材を持ち出す機会は無いだろうな。

使うのは消耗品の棚と仮眠用のベッドだけ。

殆ど汚れもしない場所を好き好んで掃除するような殊勝な心掛けのある奴なんざ居なかった。


俺が現状を認識するに、妙に頭が重い、というか痛い。主に後頭部の外側が。

手を当てると見事な膨らみがある。

「なんだよコレ。」

訳が分からん。

俺はズリズリとベッドの下から這い出すと立ち上がってベッドを見る。

「何でソノさんが下のベッドにいるの。」

研究に一区切りがついて、二人で仮眠室にやって来て寝た、というより気を失うと言ったほうがいい状態だったが、(しつら)えられた二段ベッドのソノさんが上に行って、俺は下に入ったはず。

つまり2段ベッドの上がソノさん、俺は下。

その(はず)であった。今見るまでは。

「頭は痛ぇし、ベッドにソノさんがいるし、俺はベッドの下?ナニコレ。」


どれだけ寝たんだ?

備え付けの安物の壁掛け時計を確認するが、どれだけ経ったか分からない。

寝る前に時計見てないし。

だが分かったことはある。

「時計止まってるし。」

仕方が無い、まずは何か飲み物でも手に入れて研究室に戻るか。

そして出ようとしたところで考え直す。

俺が起きて研究室に戻ろうってのに、態々(わざわざ)ソノさんを寝かしておく必要はあるのか?イヤ無い。

俺は一人納得するとソノさんを起こすことにする。

ソノさんは・・・うん、よく寝てるな。

ここで何か悪戯を仕掛けるのがお約束なんだろうが、正直キレイなオネーさんでもなきゃ(いじ)くる理由が無い。

俺はソノさんの頭をベシベシ引っ叩く。

「ははっ。起きろよこいつぅ。」

口に出してみたが、キモッ、正直キモッ。

余計な事を口走った所為で、こころのちからを大幅に減じただけだった。


しかし、俺が身悶えするほどの嫌悪感に包まれた腹癒せに、強く(はた)いてるのだが起きる様子が無い。

優に2桁以上叩いてるが起きる様子が無いので既に額は赤くなってる。

これ以上強くしたら叩く度に反動で頭が枕から跳ね上がっちまうぜ?

という所で反応があった。

「痛い。痛いですよ。起こすにしてもこれはあんまりと言うかなんというか。」

ふむ、叩く手に少々熱が篭っていたようだ、額は見事な赤に染まり、ソノさんからは抗議の声が上がっている。

「許せ、ソノさん。これは状況に流されるまま行動するほか無かったのだ、そう、世間に抗うことは俺に・・・。」

という俺の言い訳にもならない言い訳のようなモノを途中で遮ってソノさんが立ち上がる。

ソノさんも俺と同じように白衣にポロシャツ、スラックスのまんま寝てたみたいだ。

「すいません。起こし方はもういいですから、起こした理由をお願いします。」

ソノさんはそういって欠伸をすると、服装を直し始める。

「ん、ああ。今、お前立ち上がったよな、ベッドから降りて。」

ソノさんは今一ピンと来ない様子で首を傾げるように聞き返してきた。

「ええ。降りましたけど何かありました?」

俺は、ウンウンと頷くようにして聞き返す。

「お前、寝る前、上に入ったよな?上のベッド。」

ソノさんは、は?という顔になって思い出そうとしている。

俺はその間に服の乱れを直していると、数十秒程して結局何も分からなかったのだろう、ソノさんが聞いてきた。

「ええと、上に入ったのは何とか覚えてます。けど、下に降りたのは全く覚えが無いんですけど・・・。」

ソノさんは恐縮するような顔でいる。

そして、まだ痛いのだろう、額を(しき)りに揉み解すようにしている。

俺は後頭部を撫で擦ってるが。

「何時、誰が、何故、どうやって、このような事態になったのかは分からない。だが。」

俺は一呼吸分の間を置いて

「だが、俺は許さない。俺の後頭部にタンコブを作った奴らの存在を、俺は認めない。」

ソノさんは何を言うのかと身構えていただけに、あー、とかなんとか言いながらも返す。

「まず、寝ている僕の体を降ろすなんて無茶だと思いますが。」

「だよなぁ、どう考えてもクレーンが無きゃ上がんないよな、クレーン。」

俺が納得するような仕草で頷いていると、ソノさんから抗議の声が上がる。

「いえ、体重については現状を受け入れてますが、クレーンはちょっと。人の体重を、そう何トンもあるように言われると・・・。」

「いや、トンだろう。0.1トン。」

ソノさんはいかにも嫌な物を見たような、何か言いたそうな顔で、それはあんまりでは等と呟いている。

「はっはー、いやすまん。ホントごめん。」

と軽い調子で謝ると、

「いや、もういいです。北川さんについては諦めましたから。」

ふむ、どうやら諦めたらしい。

それでは遠慮なくやらせてもらうとするか、と調子に乗るとまたあの人にやられるんだよな・・・。

あの人、うちの主任は姉御肌っつーかよく見てるんだよな、自分以外を。

自分のことは埒外(らちがい)なのか、生活能力低レベル過ぎるんだけど。

まあ、何だかんだで他人のことはよく見てるってのは確かだ、観察対象を興味深く注視してる研究者みたいに。

・・・って周りの人間を実験の被検体とかぐらいに思ってないだろうな?

何か俺のことはそんな扱いだからな、ソノさんを弄くる俺も人のことは言えないが。

「いやいや、まあ、ホントスマン。それでだな、何がどうなって今回の事件が起こったのか調査の必要があると思うんだ。」

まあ、どうせこんな事する奴なんざ、此処には数えるほどしか居ないのだ、大騒ぎする程でもない。

「事件て・・・。まあビックリですけど、どうやって下に降ろしたかは気になりますね。」

ソノさんも犯人なんて分かってるんだろう、(むし)ろどうやって降ろしたかが気になるようだ。

「まずは犯人探しと動機についてだな。この後頭部のタンコブについて謝罪と賠償を要求する。」

俺はそう言いながら、悪戯が成功したので大笑いで俺達を迎えるであろう人物達を思い、一言文句を言いに行くべく部屋の扉を開けて廊下に出る。


























廊下には見慣れた見慣れぬモノが落ちていた。


否、置いてあるのかもしれないし、その可能性は少ないが落し物かも知れない。

見慣れている理由は、それがスラックスと革靴の2種類だったからだ。

見慣れぬ理由は、その二つがまだ人が履いている状態だったからだ。


文字通り俺の時は止まった。


息が止まった。


心臓が止まったように、或いは掴まれたような嫌な胸の痛みもある。


それが見えているし、何があるのか分かっている。

そう、あれはマネキンの下半身だ、マネキンの下半身。

ベッドの事と同じ、ビックリドッキリの悪戯だ。

輪切りの部分から腸がはみ出してるのも、切り口から血が広がってるのも、全部悪戯。あり得ない。

うん、吃驚したけど問題ない。

問題ないから俺は、アレを確認しないといけない。

そうか?ホントにアレが悪戯じゃなかったらどうするんだ?

いや、あんなモノが人なわけないじゃないか。

だから確認しても問題ない。

そうして俺が動けないで居ると、ソノさんもやって来て、どうしたんですか?と廊下を見る。

そして、俺と同じものを見ているのだろう、は・・・。?え?と言ったきり動かなくなってしまった。


その様子を見て少し落ち着いた俺は、何とか再起動を果たす。

「ソノさん、アレなんだと思う?俺としては悪戯だと思うんで、ここは一つソノさんに確認をお願いしたいんだが。」

うむ、下っ・・・いや、部下に大まかな方針を伝えて自由に行動させ、自分はその責任を取る。

おう、正しいな。

「いや・・・。いやいやいやいやいや、無理!無理っすよ!何ですかあれ、何なんですかあれ!どうしろっていうんですか!」

ちっ、駄目か。

クソッ、誰だよこんな所に下半身落としてった奴。

上半身だけで動き回ってねぇだろうな、スウィートホームかってぇの。

「ちょ、舌打ちが聞こえたんですけど、何が起こってるんですか、ねぇ!」

ああ、もうテンパってやがんな、あんまり騒ぐなっての。

「あんまり騒ぐなって。あんな事になってんのに上半身がねぇんだぞ?アレをやった奴がどっかに居んぞ。」

俺がゆっくりとドアを閉めて、戸に耳を当てるのを見ながらソノさんは、ヒッ、と小さく声を出して後退(あとずさ)りして部屋の中を怯えるように見回す。

残念、部屋に潜んでるくらいなら俺達はとっくに死んでるっての。

先程の再起動で精神のアップデートも終わったみたいで、何とか状況を把握出来る程度には落ち着いてきている。

アレが見たまんまのモノなら、あの下半身の落とし主は三研の田原だ。

今頃は落とした下半身をクソ真面目に探しているだろう、生きていれば。


廊下にあったのは焦げ茶のスラックスを履いた下半身だった。

少なくとも俺が知る限りアレを履くのは田原だけだな。

そして上の階に居るはずの田原の下半身がこの廊下にあること、天井にぶちまけた様な血糊、これから推測するに・・・って分かるかよクソが!


訳分からんわ!


何だよ廊下に下半身て!


クソッ、確認するしかねぇか。

このまま部屋に居ても事態に変化は無さそうだ、警察でも来ない限り・・・。

そうだ、警察!

衝撃の余り忘れてたがケータイで警察に通報すれば、後は隠れていれば如何(どう)にかなんだろ。

俺は慌ててケータイを取り出すと、すぐさま警察に通報するが。

通じない・・・。

呼び出ししても(すぐ)に切れるのだ。

何が悪いのかとケータイの画面を見ると、無常にも圏外の文字が表示されていた。

何だよこれ、少なくともケータイが持ち込める範囲ではこの研究所の中で圏外になったことはなかったのに!

クソッ、まるで出来の悪いホラーじゃねぇか、誰だよこの脚本書いた奴は!

俺の慌てた様子から不安になったのだろう、ソノさんもケータイを取り出すと画面を確認して表情が強張(こわば)った。

「ああ、うん。言いたくないんだが一言いいか。」

俺の発した声にビクッとなったソノさんが頷くのを見て更に言葉をつなげる。

「アレ、確認に行かないとマズいよな。」

どうマズいのかは置いておいて、ソノさんに確認というか、同意を求めるような曖昧なことを言う。

「ええと、もう何がなんだか分からないです。北川さんの言うようにしてください。」

うう、ソノさんは状況把握が追いつかなくて投げてしまったようだ。

しかたがない、二研の方が気になるし、合流すれば何か分かるかもしれない。

このまま隠れているにも、その期限が分からないことにはどうしようもない。


クソッ、先ずはあの下半身を確認して合流するか。

二研の連中、寝てる間に移動してなきゃいいが、居なかったらそのまま外に出るか。

「ソノさん、俺が先に出るからとにかく後ろの確認だけしてくれ。何か有ったか居たら、それがネズミだろうが猫だろうが教えてくれ。ンじゃあ出るぞ。」

ソノさんに言い聞かせると少し顔が歪んだが反対まではしなかったのを確認して扉の外に出る。

目的の場所に近づくと、やはり見た目に違わぬ臭いに顔を顰めることになった。

ソノさんにはそのまま後ろを確認するように言って、俺は手早く調べることにする。


まず、『ソレ』の真上の天井は血が滴るほどにべったりと円形に濡れており、未だ乾いてる様子は無い。

無論、美味そうなステーキを見た比喩ではないのだからかなりの血の量だと分かる。

壁にも少ないが血の跳ね返りがあり、人の腰より高い位置の物も含めて飛沫の尾は天井方向、つまり上から下に向かって叩き付けられているようだ。

『ソレ』の方はどう見ても田原の下半身にしか見えない。

切断面はそこそこ綺麗に切れている。

マジックの人体切断をトリック無しでやったらこうなるだろうな。

とは言え、床に倒れた衝撃でか中身の方は(こぼ)れ出しており。

腸の中身は、まぁ見た目通りの臭いを発している。

まだ血の色を残しているのだからそんなに時間は経ってないはずだ。

その切断面を中心に血溜りが出来ていてまだ広がっているが、噴出す程の勢いは無かったと見える。

流石(さすが)に触るほどの気力は出なかったので切断面を見るだけに留めたが、ふむ、こいつは厄介だった。

何が厄介かって言うと、ここでぶった切られたと思うほどに新しいのに上半身が無いし、ここには上半身から出るはずの血が作る血痕が無い。

人一人で可能な労働量からすれば、とても短時間で作れる状況じゃない。

だが、言い出せば頭がおかしいと取られてもいい内容であれば簡単だ。

田原はここで上半身を食われた(・・・・・・・・)


「北川さん!」

悲鳴にも似たような大声を上げたソノさんに、俺はすぐさま振り返ると廊下の先でドアが少し開かれていた。

「下がれソノさん!」

俺が指示するとソノさんは、ワッワッワッと何を言ってるか分からない程に慌てて下がろうとするが、その間にもドアが開かれようとしている。

何が出るもんだかと身構えていると、ヒョコリと見知った顔が突き出され、俺は安堵して力を抜くが、向こうは顔が引き攣った。

「イヤアアアアッ」

俺を見て叫ぶとか何がイヤなんだ、そんなにイヤだったのか。

とボケてみるが、まあ此処にある落し物を見れば大概そんな反応だと思う。

俺はそんな風に考えながらドアに向かうと、彼女が閉めたドアを(おもむろ)に開け放つ。


余りに日常からかけ離れた現状と、見知った人を新たに発見した安堵と、まぁ、諸々の感情が一緒くたになって、興奮していたのかもしれない。

彼女を気遣う言葉より先に、からかう言葉が出てしまった。

「見たなこの小娘が!二度と口を開けぬような体にしてやる!具体的には・・・。」

俺はそこまで言ったところで、へたり込んで腰が抜けたためか、手と足でズルズルと下がっていく彼女を見た。

ギンガムのブラウスに白衣を掛けた彼女は、スカートで座り込んだまま、足を立てて必死に下がろうとしているのだ、あらぬ物が俺の目には飛び込んでいた。

「フム、水色・・・か。」

とヒィヒィ言いながら下がろうとする彼女をじっくりたっぷり鑑賞する俺の耳にソノさんの声が聞こえたような・・・気がした時には頭に衝撃を受けて俺の視界は暗転した。


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