第四章(2/2)
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それは俺がナナとリンに会いに行く少し前
薄暗い地下室の様に、不気味な雰囲気を漂わせる部屋の中央
複数のパソコンを同時に使用し、膨大なデータの処理をやってのける男はこちらに目を向けずに語り出す。
「確かに君の言う通り感情のセーブ、いや違うな、正確には感情を消した彼女達には君の言葉は届かないだろう」
男は俺が聞きたい事をまるで初めから知っているかの様に、的確な答えを紡いでいく。
「ならあいつらはもう兵器に成り下がったのか? 俺の言葉は届かないのか? そう聞きたいんだろう?」
「長々と付き合っている時間は無い」
今でも追っ手はかなりのペースで俺と接触してきてる。
出来れば誰も傷付けたくなかったから、俺は男を急かした。
「結論は可能だ。元に戻すのも、君の言葉を届けるのも可能な事」
「俺はどうすればいい?」
「君がやるべきは時間を稼ぐ事。その間に僕は唯一感情の残ったRS-105号…………おっと、名前だったね、リンちゃんを調べてみたい」
「時間を稼ぐのは構わないが……何故リンなんだ? 感情の消去を調べるなら別の個体の方がいいだろう?」
リンは唯一消去を免れた存在、故に俺と同じで感情が残っている。
だが、今俺が知りたい事はどうすれば感情を失ったサイボーグ達を正気に戻すかだ。
だが男は小さく首を振り、それを否定した。
「リンちゃんは唯一感情の消去を免れた存在だけじゃない。RS-105シリーズ特有の『リンク』が使える」
「ああ」
そう、それが大量生産されたRS-105号の強み。
一が全てで、全てが一となる。それがRS-105号。
「リンちゃん以外の彼女達に感情は本当に無いのかい? 感情なんて非科学的な物を、本当に君は消せると思ってるのかい?」
「調べるとしたら…………リンはどうなる?」
俺は守りたい顔を思い浮かべ、静かに男に問うた。
「ふぅ、僕が言うのも何だが、君も大概な過保護だね」
「真面目に答えろ」
少し怒気を込めた俺の言葉に、椅子をこちらに向けた男が真剣な表情を浮かべて答えを返した。
「大丈夫。新しく出来た娘に傷を付ける訳が無いだろう?」
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以前ここであった会話を思い返しながら、アスカはゆっくりと目を開けた。
(悪いな……。
時間稼ぎはもう出来そうにない……)
アスカは地下室の椅子に腰掛けていた。
(さて……これからは……)
これからの展開と、自分のすべき行動をシュミレートしていると……
ガチャッ
と、部屋のドアが開き、地下室に男が入ってきた。
彼こそが、アスカの待ち人。
「急に呼び出してどうしたんだい?」
男が気さくに声をかけてくる。
が、それに気さくに返す余裕は、アスカにはなかった。
「悪い知らせだ。
『軍』にナナのことがバレた。
おそらく今週中には奴らが大きく動く」
「…………なんだって!?」
男は目を大きく見開く。
「さっきまで軍の通信を傍受していたんだが、RS-104の通信に、ナナのことについて調べるようRS-105達に依頼する内容があった」
「……それは……いかんな……」
「悪い知らせはそれだけじゃない。
……塒が『アレ』を完成させたようだ」
「……このタイミングでか……!」
男が拳を握り、歯ぎしりをする。
そこで一息ついた後、アスカは再び口を開いた。
「だが、不幸中の幸い……と言うのもなんだが、『リンク』に仕掛けた細工は解除されていないようだ。
今現在『リンク』は不完全だ」
「……本当かい?
しかしアレは本来足止め程度にしかならないものだったんじゃ?」
「おそらくだが……
塒が、細工の解除を後回しにして『アレ』の開発に専念したんだろう」
「な、なるほど……。
しかし、『アレ』が完成したとあっては……」
男は懸念の表情を浮かべる。
「まだ大丈夫だ。
『アレ』は『リンク』が完全な状態でないと始動できない。
細工が生きていても、リンがこちらにいても始動不可能。
そして何より、『鍵』は俺達の――ナナの持っているメモリーカードの中だ。
アレさえ奪われなければ何の心配もない……筈だったんだが……」
「そのナナちゃんが、私達と関係があることが『軍』に知られてしまった……か」
「…………そういうことだ。
『アレ』とリン、そしてナナ。
どれも放置できない」
「…………どうする?」
男は腕組みをし、アスカを見つめる。
アスカはゆっくりと椅子から立ち上がり、男と向き合った。
「時間がない。
俺は今から『軍』本部に侵入して『アレ』のデータを破壊する」
「…………大丈夫なのかい?
彼もまだ頑張っているみたいだけど……
待たなくていいのかい?」
男の言葉を聞いたアスカは、皮肉げな笑みを浮かべた。
「言った通り、時間がないからな。
それに、忘れたのか?
潜入工作は俺の十八番だ。
上手くやるさ」
言い終えた後、アスカは表情を真剣なものに変えた。
「あなたに、ナナとリンのことを頼みたい。
お願いできますか?」
それを聞いた男はしばらく黙っていたが……やがて表情をにっこりとさせた。
「わかった。
しがないプラモデル屋の店長だが、お得意様の為に頑張ろうじゃないか!」
アスカはそれに苦笑で返す。
「……人体工学の権威である潮教授が何をおっしゃられますか」
男――潮も、それに苦笑で返す。
「『元』が抜けているよ。
今の私は、しがないプラモデル屋の店長だ」
「…………そうでした」
二人の間に、短い笑いが響いた。
無機質な廊下を、光学迷彩を展開しつつ走り抜ける。
目的地は『アレ』がある場所、そして、いつも奴が閉じこもっている部屋。
誰にも気づかれる事なく、部屋の前へとたどり着いた。開く自動ドア。薄暗い部屋の中には、壁一面を使ったディスプレイと、それを操作している車イスに座った男性。
「………やぁ。RS−99号くん。私の完成品を最初にお披露目するのが、まさかキミだとは」
塒は画面を見ているままだというのに、透明になっている俺を見破りやがった。相変わらず、気味悪い人物だ。
「悪いがその完成品、他の奴らにお披露目する前に俺が破壊する」
「ようやく……! ようやく長年の夢が叶ったんだ……! ハハハッ、今日は記念すべき日だ!!」
会話が通じない。今に始まった事ではないが、今日は一段と酷い。まるで『自分自身』という酒に酔っているみたいだ。
「長かったなぁ……。私と、番と、潮と、天馬………。4人で玩具みたいなロボットを作ってた頃が、昨日のように思い出されるよ………」
「だがアンタらは道を違えた。4人で創設した会社だったのに、軍の傘下に入っちまった。人殺しの道具を生産する為に………!」
「あとは……あとは、RS−105号だ。メモリーカードと、リンクシステムを使って………」
「『ソレ』を起動させるのに必要なメモリーカードはココに存在しない。カードを所有した個体はお前らの知らない場所にある。加えて、リンクシステムも俺の細工により現在使用できなくなっている」
俺の言葉を聞くと、それまで話を聞かず不気味に笑っていた塒はピタリと止まり、そしてゆっくりと、車イスを回転させて俺を見つめた。
年寄りと言う程の年齢ではないはずだ。だが、痩せこけた頬と顔のシワが、生きる事に疲れた老人を連想させる。目だけがギラギラと光っていて、より醜い外見を強調している。
「そんな事は知っているさ……。だが心配ないよ。RS−105号はもうすぐココに来る。メモリーカードと『おトモダチ』を連れて………ね」
「お前………!!」
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それはついこの間の休日、アスカを最後に見た日のこと。
「ただいま~。ナナちゃーん、リンちゃーん」
久しぶりに帰ってきて、いつものように勢いよく抱きつこうとするパパを、わたしとリンはそれぞれのやり方でうまくかわす。
「あぁっ二人とも最近冷たいなぁ~。パパの愛を受け止めてくれないなんて」
そうぼやくパパに、リンと二人で氷点下の視線を送る。最近かわす技が上達したような。
そんなことを考えていると、パパが思いもかけないことを言った。
「二人とも今まで家を空けてばっかりでごめんねー。でも、これからは24時間側にいるからね~。ずっと一緒だよ~」
えっ?
どういうこと?
「パパ、仕事は?」
思わず問いかけると、パパがすっと真顔になった。
意図せずしてその場の空気が張り詰める。
「……しばらくこの家を出て、他の場所で暮らすことになった。ナナ」
「なに?」
『ばれたのは俺のことだけでアンタのことは心配しなくていい……』
ふいに耳の底でアスカの声が蘇る。なんで今……そう思いながらパパの次の言葉を待つ。
「先にリンちゃんから移動する。ナナは家で、今すぐ荷物をまとめはじめてくれないか」
「それって………」
アスカの言っていたことに、関係しているのだろうか。いきなりのことに面食らいながらも、わたしは頷いた。
そして。
パパがリンを連れてどこかへ行ってしまってから数日。わたしは一人空っぽの家で言われたものを一番大きなカバンにひたすら詰め込んでいく。
リンがいないというだけでなんだか寂しかった。描きかけのまま置いてある、リンの描いた牛の絵を、見るともなしに見る。
(今までは、これが普通だったのに)
むむむ………
いつの間にか、わたしの中で不思議な同居人の存在は大きくなっていたらしい。
描きかけの牛の絵も、持っていくことにする。
こうして、行き先も分からない出発の準備が整った時
コンコン
タイミングを見計らったように、窓ガラスが叩かれた。
はっと振り返る。
「店長!?」
その顔を見て、思わず叫んだ。窓の所にいたのは店長だった。
なぜ窓から入ってくるかはさて置き、店長と会うのは久しぶりだ。
「久しぶり。迎えに来たよ。準備が整ったから、お父さんのところへ行こう」
「えっ?」
「何だ、あいつ何も話してないのか……。……つまり、軍にナナちゃんのことがばれちゃったんだよ。だから、これからしばらく隠れて暮らすんだ」
呆れたような店長の声。そんな話初めて聞いた。でも、薄々予想もしてたこと。
でも……
「隠れるだけで大丈夫なんですか?」
その問いに、店長はニヤリと笑うと、『あるもの』を部屋に呼んだ。
「これで目眩ましくらいはできるだろう」
立ちすくんだわたしの前には、リンと、『わたし』が並んで立っていた。
「これ、は………?」
擦れた声で問い掛けたわたしに、彼は
「機能は劣るけど、サイボーグだよ」
と、楽しそうに呟いた。
「――と、言いたいところなんだけどねぇ」
その笑みが苦笑いに近いものになる。
「これはただの鉄の塊……ロボットという奴さ。今は声に反応してプログラムされた動きを実行している。中を開けばすぐに気付かれてしまうが、少しの間時間が稼げればそれでいい」
「そっくり……です……」
わたしに似せたロボットというのは……正直、似すぎてて少し怖い。
等身大のわたしがもう一人居るみたいだ。測ったわけでもないのに完璧に再現されている。身長も、体格も、ウエストも、胸のサイズも――……
「……あの。もしかして、これを造ったのって」
「私と天馬……君のお父さんだ。顔は写真から再現して、ボディの細かい設計はあいつに頼んだんだけど、中々似ているじゃないか」
やっぱりそうか!! パパはどこまで――乙女の最重要機密をどこまで知っているの!?
リンのロボットもまるで本物と見紛う程似ていた。まさか、わたしと離れている間に色々測っちゃったんじゃ……。
そんなわたしの考えを見透かすように店長が教えてくれる。
「リンちゃんの方はね、アスカ君が持ち込んだRS-105の個体を参考に造ったんだ」
えっ? アスカ……?
「あの……パパと、店長さんって……アスカと知り合い、だったんですか?」
その質問に店長はにこりと笑って答えた。
「ナナちゃんが一番最初にあの子を助けてくれたから、アスカ君は君を頼ることが出来たし、私と天馬を頼ることが出来たんだよ」
「あの子?」
初めはリンの事かと思った。でも、アスカが持ち込んだRS-105の個体。というのは――……
……もしかして、あの時の……
一番最初に出会った、腕の無い少女。
差し伸べられる手を、掴んであげる事が出来なかった少女。
「あの子……! 無事なんですか!? 今、どこでどうして――……」
「大丈夫。今あの子の身体を修復しているところだ。メインメモリを抜いたままだから意識はないけど、さすが丈夫なだけあって致命傷は一つも無い」
それを聞いて、わたしは緊張していた身体から力が抜けていくのを感じた。
そう……無事だったんだ。良かった……。
「でも、店長さんって一体……?」
「はっはっは。私はね、昔取った杵柄という奴だよ。君のお父さん程の技術は持ってないけどね」
「わたし、今まで店長さんてただのプラモデル屋の店長さんだと思ってました」
「ただのプラモデル屋の店長だよ。今はね」
かなりすごい事の筈なのに、何だかあっさりしている。模型が完成した時の方が張り切ってるような……。
店長がロボット達に「リビングへ行きなさい」と指示を出すと、ロボット達は勝手に歩いて行き、部屋から出ていった。
むむむ、……すごい……。
「初めはリンちゃんを詳しく調べるつもりで場所を移したんだ」
店長が言う。
「だけどリンちゃんを連れ出してすぐ、君の存在を軍が掴んだという情報がアスカ君から入った。
てっきり君のお父さんから連絡が行ってると思ってたんだが、あいつも敵の傍受を気にして連絡できなかったようだね」
そう。わたしの存在は、既に向こうに気付かれている。いつこの場所がバレてもおかしくないんだよね……。
「さて、そろそろ行こうか。準備はいいかい?」
店長の問いに、
「はい……!」
わたしは力強く答えた。