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LINK  作者: 同心円
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第三章(2/2)


 ▲▽▲▽▲▽▲▽



 朝の光を部屋に招待する為、カーテンを開ける。しかし期待していた眩しさは無く、町はまだ眠りの中だった。


 午前3時。『朝』と定義して良いかどうかも怪しい時間帯。寝不足にならないように、これからはなるべく早く寝なきゃ。




「さて……。パパもまだ寝てるだろうけど、朝ごはん作ろうかな」




 あくびを噛み殺しながら、朝食のメニューを考える。しかしこの時、ある事に気づいた。




「そういえば、リンってご飯とか食べるの?」



「レギュラー満タンで」



「まさかのガソリンエンジン」




 すると小悪魔的な表情で嘲笑された。勿論冗談なのだろう。いやまぁ、サイボーグという近未来的な存在の原動力に、ガソリンが使われているとは思っていないし。




「リンの動力は超小型原子炉。だから食事も睡眠も必要じゃない」



「へ〜……そうなんだ」



「………興味無さそう」



「え!? い、いやいや、そんな事無いよ。ほらわたし、サイボーグの事とか詳しくないし………」



「…………………」




 むむむ………。


 翡翠色の、宝石とも見間違う瞳でジッと見つめられる。


 心を見透かすような視線だったが、その視線がゆっくりと左に移動し、部屋のある一点で止まった。




「………飛行機は好きなのに?」




 リンの視線は、棚に飾ってあるプラモデルの飛行機達を捉えていた。


 女の子の部屋にプラモデルなんて珍しいかもしれないけど、わたしは飛行機が好きだった。




「あー……うん。機械とかはあんまり詳しくないけど、飛行機だけは好きなんだよね。どこへでも行けるし、何より人を乗せて空を飛ぶって、スゴイ事だと思わない?」



「………………」




 ……しまった。リンは飛行機に興味なんて無いだろうに、饒舌に喋り過ぎたと思う。直視できないくらいのジト目が突き刺さってくる。




「………飛行機でも、行けない所はあるのに」



「え?」




 小声で何かをポツリと呟いた。心なしか、その表情には『憂い』が含まれていたかのように見えたが、何と言ったかよく聞き取れなかった。


 何て言ったの? とわたしが言う前に、階段下から誰かが上がってくる足音が聞こえる。それも、割と早足。






 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 午前03時48分02秒


 漆黒の髪と同じ色のコートを纏い、闇の中に碧を煌めかせるアスカと、やはり漆黒の髪をなびかせ紅に変化した瞳を持つ軍服の女は互いに距離をとりながら対峙していた。


 サイボーグ対サイボーグ。

 冷静かつ臨機応変な判断力と強靭な肉体を併せ持つ殺人兵器同士の戦い。



 女が、腰から剣を抜いた。

 柄から120㎝、電気を帯びた高熱の白く輝く光線。

 アスカも同時に、腰から同じ剣を抜く。


 この戦いには負けられない。アスカの脳裏に一瞬リンとナナの面影が閃いた。

 (俺は、アンタに負けて、回収される訳にはいかないんだよ…!)


 そう心の中で呟き、剣を構える。



 タイムリミットは夜明け

 壮絶な戦いが始まった。



 静寂が支配していた路上に、ふいに小さなつむじ風が吹いた。


 ガッ……


 光線と光線が交錯し、ぶつかり合って火花を散らす。力が拮抗し、押せないと判断したか女が後ろに飛びすさった。


 二人の距離は約5メートル。

 一度あけたその距離を一瞬で詰めると、女はアスカに攻撃する時間を与えず、凄まじい速さで次々に剣を振る。


 シュッ


 光の帯がものすごいスピードでアスカに迫る。しなりながら向かってきた剣を跳ね返し、その残像が消えないうちにアスカはもう次の攻撃を受けとめていた。

 キイィ……ン


 耳障りな音を立てて再び火花が散る。


 二人のマックススピードは超音速。

 汗もかかず息も上がらず、剣の残像を白く残しながら戦う男と女。


 普通の人間が見たら背筋が寒くなるような光景。


 しかし、攻撃を仕掛けるのはいつも女で、受けるのはアスカだった。

 戦闘能力が女に劣っている訳ではないのに、アスカはなぜか一度も攻撃を仕掛けない。


 ザンッ


「っ……」


 女の放った一撃を受けとめ損ねたアスカの腕に鋼色の深い傷痕が残る。

 その衝撃に微かによろめきながらも、アスカは容赦なく繰り出された剣を脇腹すれすれで防いだ。


「くそっ……なるほど、戦闘において感情が邪魔になるってのは、こういうことかっ」


 剣を力で押し戻して、歪んだ笑みを浮かべたアスカの顔には、疲労が浮かびはじめていた。

 消費エネルギーが多すぎるのだ。


 最もそれは相手の女も同じだ。攻撃にも以前の鋭さがなくなってきている。


 でも、表情が歪んでいるのはアスカだけだった。


「でもな、感情を忘れたらもうそいつは人じゃない。人としての容姿と頭脳を持ちながら、アンタはただの兵器に成り下がるのか?それとも感情を忘れたことにすら何も感じないのかよ!?アンタなら、その気になりさえすれば心を取り戻せるだけの権力を持っているのに…!!」


 アスカは足に力を入れて剣を構え、女の動きを注視する。

 再び緊張の糸が張りつめたその時―――



 まるで灯りのスイッチを消したかのように女の瞳の色が変わった。


 燃えるような紅から冷たい碧へ。


「タイムリミットです」


 そういう女の背後では、遠く霞むビルの谷間から朝日が顔を覗かせていた。

 暗闇が支配していた路上にも、白く透明な光が射し込む。


「今は、これ以上は戦うのは得策ではありません。私にはあなたを回収するのは難しいようです」


 眉を潜めて苦々しげに言葉を吐く女の軍服は、アスカの剣にかすられた場所が破けてぼろぼろになっていた。


「俺は回収される訳にはいかねぇよ。リンとナナを守って、アンタ達の感情を取り戻すまでは」


 そう言ったアスカも服は何ヶ所も破けて、腕には鋼色の傷痕が深くついている。

 女はその言葉を無視して

「盗人は貴方だと上には報告しておきます。忠告しておきますが、上は私ほど甘くありません。RS-105に関する情報を隠し通すことは不可能です」


 と言って、立ち去ろうとした。

 アスカがその背中に向かって尚も


「RS-105もRS-99も存在しない。リンとアスカって名前がある」


 と言うと

 その言葉に女はふと振り返って


「RS-99は故障したということも、上に報告しておきましょう」


 と言い捨て、曲がり角を曲がって姿を消した。


「はー…」

 アスカの口からため息がこぼれた。


「約束、守れねぇな…」


『俺も出来る限りここにくるようにするから』


 ほんの数時間前の出来事が遥か昔のことに思える。

 ふわぁ……

 久しぶりのあくびをしながら、アスカはこれからどう動くか頭を巡らせた。





 ▲▽▲▽▲▽▲▽



 ドタドタと足音を響かせ階段を上がってきた主が、勢いよく扉を開けた。



 バタン!!



 耳を塞ぎたくなるような大きな音。確か鍵を閉めておいたはずなのに、何の障害もなく開く扉。


 扉を勢い良く開けたあの人が飛び込んでくる――。



「ナーナちゃーんッ!!」


 あれ?デジャヴ?


 まさか鍵をスルーされると思ってもみなかったわたしの隙をついてパパが思い切り抱き締めてきた。


「ごめんよナナッ。意地悪な上司に呼び出されて、パパはこれから仕事に出かけなくちゃならないんだ。せっかく『ドキドキハプニング企画☆愛娘と一つ屋根の下生活☆』に向けて下準備をしていたのに!」


「実行されなくてよかったよ……それよりっ、いい加減離して……!」


 引き剥がそうと苦戦していると……離れた。向こうから。

 と思ったら今度はリンに飛びつこうとしている。


「リンちゃんの歓迎パーティー企画『うれしはずかし☆可愛い子にはラヴ注入☆』も開いてあげられなくてごめんよぉ~~~っ!」



「スタンガン準備OK」


「暴漢対策バッチリ!?」



「ひ、ひどいぞ二人共!! パパのこれはスキンシップだって言ってるのに……」


 ちょっぴり傷ついた顔をするパパ。あれ、冗談のつもりだったんだけどなぁ。……多分、リンも。



「またしばらく帰ってこないの?」


「ああ。こんな時に家を離れたくないけど、なるべく早く仕事を済ませて帰ってくるよ」


 リンが小さく首を傾げた。


「まだ3時52分11秒。働くには早い。一体なんの仕事をしている?」


「それはスーパー極秘任務だから、教えられないなぁ。リンちゃんの背があと10センチ大きくなった頃に教えてあげるよ」


「……はぐらかされた」


 むぅ、と顔をしかめるリン。

 その姿を見て笑み崩れていたパパの表情に、真摯な色が混ざる。



「リンちゃん。……大丈夫だからね。きっと君は自由になれる」



 とても短い言葉だけど、力強くて、優しくて、どうしてか安心できる声。

 まっすぐその目を見つめ返していたリンが……小さく頷いた。

 パパが微笑み、その頭を優しく撫でる。


「じゃー二人共、仕事を頑張るパパのほっぺに行ってらっしゃいのチューを……」



「もうご飯作ってあげないよ…?」

「催涙ガス準備OK」



「すいませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」


 そうして散々未練を残しながら、パパはまだ眠りについている静かな町に出掛けていった。


「さて。パパも行っちゃったし、朝御飯は一人分だね」


「ナナ。あれは何者?」


「え……?」


 改めて部屋を出ようとした所に、リンが質問してくる。


「パパの事?」


「昨日、窓から侵入しようとした。さっきも部屋の鍵を開けた」


「……それはね、『変質者』って言うんだよ?」


「人の気配を読んだ。リンが人じゃないと気づいた」


「…………」


 わたしも、あんまり詳しい事は聞いていない。リンと同じように、いつもはぐらかされてしまうから。

 言えない事なのかふざけて隠してるのかは分からないけど、わたしにはどちらでも良かった。

 あの人がわたしを、家族を大切にしてくれている。その事実だけで充分だから。


「リンは、パパの事嫌い?」


 逆に問いかけると、その表情が少しだけ和らいだ。


「嫌いじゃない。でも気になる」


「うん……。そうだなぁ、あの人はね……」


「諜報員?」


「いや…」


「特殊捜査官?」


「あの…」


「一流暗殺者?」


「ちょっ、お願い喋らせて……!」




 他愛の無い会話を楽しむ二人の身体を、窓から射し込む朝日が包み込んだ――……

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