第二章(2/2)
「『レッツネーミング』って言われても……」
ぶっちゃけ困る。だってわたしのネーミングセンスは……。
「ホントに製造番号以外で呼ばれたことないの?」
僅かな希望を託して問いかけてみるが。
「だからないと言っている。そもそも呼ばれる必要もなかったしな。俺の名前はRS-99号、今まではそれで事足りていた」
「そっか……」
どうやら最後の望みも断たれたらしい。
いっそのことRS-99号とRS-105号のままでもいいかと思いかけるが、思い直す。
今後型番が同じ人(個体?)が現れた場合区別がつかないし、何より……無機質な感じを否めない、アルファベットと数字の名前で呼ぶのは悲しかった。
むむむ……
頭の中に様々な名前や単語を巡らせていたわたしは、一つの単語を思いついた。
頭の中で文字を素早く並べ替え、何通りかの名前を作る。
「……思いついた。あなたは……」
RS-99号の方を向く。
「アスカ。そして……」
あどけない表情を浮かべるRS-105号の方へ向き直り、言った。
「あなたのことはリンって呼ぶことにする」
「わかった」
「わかったぁ」
ふぅ。なんとか了解してもらえたみたいだ。
「それにしても、なんでこの名前を思いついたんだ?」
そう問いかけるアスカに答えようとした時、窓の下で声がした。
「ナナ~。これも愛情表現のうちだよね?ホントはパパと添い寝したいんだよね?」
とかなんとか言っている。
あ。うっかり今までパパの存在を忘れていた。
今まで窓の下で伸びていたようだが、ようやく気が付いたらしい。
そういえば、アスカに重要なことを聞き忘れていた。
「アスカ。さっきリンと、リンのメモリーカードを預かってくれって言ったじゃない?それって、リンを家に匿えってこと?あのパパに見つからずにそんなことするなんて不可能に近いんだけど?」
「あぁ……。父親か。他人に口外しないという条件を守れるなら、俺たちのことを父親に言っても構わない。だが、それを守れないのなら、RS-10……いや、リンを、ベッドの下に放り込んででも隠しとおせ」
なんか、リンの扱いが酷かったような気がするけど……
「大丈夫。パパはああ見えてすごく口が固いから」
「そうか。なら早めに言った方がいい。それと、どこに軍の目があるか分からないから、リンの外出はさせるな。この部屋から出すなよ。それから……」
言いにくそうに一回言葉を切る。
「リンの体には様々な装置があるが、いじらないでくれ。仮にも俺たちはサイボーグだ。人殺しの兵器だ。それを忘れないでくれ。
急にこんなことを持ち込んで悪かったが、俺も出来る限りここに来るようにするから」
もう行かなければ。
そう言って窓を開け、窓枠に足をかける。冷たい風が吹き込み、アスカの着ている黒いコートが風に翻った。
「頼んだぞ」
そう言って行きかけたアスカは、しかしなぜかピタリと動きを止めてわたしを振り返った。
「そういえば、まだ名前の由来を聞いていなかった。別にこの名前が嫌いな訳ではないが、なぜこの名前にしたんだ?」
……何かと思った。急いでるんじゃなかったのか。
「あぁ、それね。ある英単語の中の文字を組み合わせたの。」
「ある英単語?」
「アカンプリス(accomplice)……意味は共犯者」
「共犯者、ね」
黒衣の青年は、ニヤリと意地の悪そうな、でも人間らしい笑みを唇の端に浮かべると、窓から飛び降りてあっという間に闇に紛れてしまった。
急に静かになった部屋に、わたしとリンが残される。
わたしは窓を閉めると、リンに近づいて目の高さを合わせた。
もう同じ後悔はしない。私はこの子を守る。そんな気持ちをこめながら澄んだエメラルド色の瞳を見つめる。
「これからよろしくね、リン。私のことはナナって呼ん
「ナーナー」
言いかけたわたしの声を遮るようにパパの声が響く。
「ナナー、スリッパ……」
階段を上がってくる足音と共にわたしの名前を呼ぶ声がした。二階から落っことされたはずなのになぜかご機嫌そうな声音。
まずい。そう思った時にはもう遅かった。
部屋の前で立ち止まったらしいパパの声音が一転真面目になるのが、ドア越しにも分かった。
「ナナ?誰かいるのか?」
やっぱりこういうことには鋭い……正直、この人を誤魔化しきる自信はない。
話せばきっと分かってくれるはず。でも、それはしたくなかった。
この人の事はこれ以上巻き込みたくない。
きっと、すごく心配するだろうし……。
「なに変なこと言ってるの……? 今日はもう眠いから、スリッパはそこに置いといて。あと、添い寝もしないからね。したら今度こそ通報だよ?」
いつもはすぐに泣いて謝るのに、ドアの向こうの気配は沈黙したまま。
むむむ……。
話題を変えようと思ったけど、ちょっとワザとらしかったかな。
「……入るぞナナ」
有無を言わせぬ口調と共にドアノブに手が掛けられる。
「開けないで……!」
だけど、わたしは咄嗟に言い返していた。
「お願いだから、開けないで。わたしは大丈夫だから……」
何言ってるんだろ。
これじゃ何かあるって言ってるのと同じだ。
でも、言葉だけでは誤魔化せない。この人はわたしの心をいつもすぐに見抜いてしまうから。
だからこそ、精一杯の気持ちをわたしはドアに向かってぶつけた。
「心配しないで。自分で決めたことなの。だから……」
「一人で抱え込むんじゃないよ。パパはいつでもナナの味方だ」
分かってる。分かってるよ、パパ。
「パパ……。わたしね、決めたの。もう逃げないって。だから、大丈夫。もう弱音なんか吐かないよ」
「…………」
ずっと傾いたままだったドアノブが、再びもとの水平に戻っていく。
「……そうか。ナナがそう言うなら、大丈夫だな」
ドアの向こうの声が優しく答えた。
わたしを気遣ってくれるこの人の気持ちが嬉しくて、わたしはドアから離れていこうとする気配に必死に呼び掛けていた。
「でも、もし一人じゃどうしようも出来なくなったら……その時は、ちゃんとパパを頼るね。パパは、私の一番の味方だから」
「ナナ……」
ガチャッ!!
「そうだよいつでもパパはナナの味方だよ~~~っ!!」
パパが力一杯わたしを抱き締める……っていうか結局入ってきた!?
今までのくだりとわたしの苦労は一体……!?
「ちょっ!?パパ!?」
パパは力を緩めず……むしろより一層力を込めてわたしを抱き締めた。
「痛い痛い痛い痛い!!!!このっ……」
「ナナぁぁぁぁぁ!!!!…ん?」
もう少しで本気で殴ろうか、というところでパパの腕から力が抜けた。
「この子は……?」
(しまった……!!)
パパはわたしの体から手を離さずに自分の娘の部屋にはイレギュラーな存在を見ていた。
そのイレギュラーな存在、リンもパパを見つめている。
「パ、パパ!!この子は……」
「人間じゃないね?」
「えっ……?」
パパはわたしが説明をする前にリンが人間ではないと言った。
一目見ただけで。
「パパ……?」
「これが、ナナが決めたことかい?」
パパはリンから目を離さずに訊いてくる。
「……そうだよ。この子を守るって決めたの。約束……したの」
「約束?誰とだい?」
パパの問いが自然とわたしを責めているように聞こえる。
それでも……約束した。
この子に名前をつけた瞬間に約束した。
「わたし自身にだよ。パパ」
傷付いたこの子を、リンを守るって。
それが自分勝手な事だとはわかっていた。
帰るのが遅くなって、散々心配かけて、サイボーグの少女を匿って…。
それでもパパはニッコリと微笑み、今度は優しく抱擁してくれた。
「大丈夫。ナナが決めた事なんだ…
パパは無理に問い詰めたりはしないよ?」
ああ……
やっぱりこの人には敵わないなぁ。
なんでもお見通しなんだもん。
「・・・ありがとうパパ」
ふっと気が楽になって、わたしも微笑み返す。
するとパパの声がいつもの調子に戻り、
「じゃあー・・・
これからこの娘はここに住むってことかい?!」
先程の優しい表情とは打って変わって怪しいニヤけ顔になる。
「君の名前は?」
「何処から来たの?」
「何才なのかな?」
「好きな食べ物は?」
「かわいいなぁ〜」
パパは矢継ぎ早に質問を繰り出す。
多分、というか確実に女子生徒にしたならばアウトであろう発言だった。
それよりも自分で人間じゃないって言ったよね?
問い詰め無いって言ったよね?
リンが露骨に嫌な顔をする。
「あっ…パパ、わたしが説明するからそれ以上は――」
「いや!天馬家の家族になるんだ?
優しいパパがこの家のしきたりを手取り足取り教えてあげるんだよぅ!!!」
…遅かった。
そう言うとパパはわたしに行うセクハラ行為をリンに決行した。
「んふーーー……あれ?」
パパに捕まったはずのリンが腕の中から消える…。
「ふっ、残像だ」
驚いて振り返るとリンが腕を組んで笑っていた。
うわぁ…この子こんなに悪い顔出来るんだぁ。
「パ、パパの『ドキッ!不意打ちダイビングスキンシップアタック』をかわすとは……ナナ以来の強敵だな!」
「技名あったんだ?!!!
てかわたし以外にやらないでよね!ホントに捕まっちゃうから!!!」
リンに向けられてた矛先がわたしに向けられる。
「なぁんだい、ナーナーー!!!
心配してくれるのかい?はっ…そ、それともヤキモチ?!
もう、ナナの照れ屋さぁぁぁぁん!!!」
わたしは『ドキッ!不意打ちダイビングスキンシップアタック』を避け、今度こそ本気で殴った。
「ぐぶぉ!!!
ナナちゃんたら愛情表…現が過激……なんだ…から……」
バタリ…
「あれ、パパ?パーパー?
あちゃー…やり過ぎたかな?」
「パパー?パーパー?」
リンがわたしの真似をする。無表情で。
おちょくってるな…
わたしはパパの顔を覗き込む。
―――ニヤッ
・・・しまった!!
わたしは素早く復活したパパに捕まってしまう。
「ふふふっ、パパにナナの攻撃は効かないよぅ!むしろ快感?!」
「へ、変態!!!」
しかし脱出は諦めた。
今まで驚きの連続だったため、疲れでわたしの体にはパパを引き離す体力はもう無かった。
そしてわたしは思いっ切り抱き着かれ、ブンブンと揺さ振られながら思うのだった。
(大丈夫なのかなぁ、本当に…)