第二章(1/2)
「ん〜、もやもやするなぁ……」
あの人達、いや……機械達なのかな?
とにかく、彼女達がカードを受け取った後すぐに帰ったので、わたしはたった一人になってしまった部屋で呟いていた。
――どうしても窓から視線が外せない。開いたままの窓から吹き込む風がカーテンを揺らして、さらにベッドに座るわたしも揺らしていた。
とそこで、部屋の外からドタドタとうるさい音が響く。……あ。あの人の存在を忘れてた。
バタン!!
耳を塞ぎたくなるような大きな音。色々あったせいで鍵を閉めてなかった。
何の障害もなく、扉を勢い良く開けたあの人が飛び込んでくる――。
「ナーナちゃーんッ!!」
文字通り、わたしに。
「……ぁ」
盾にできる物が、ない。対抗策を持たないわたしは、何も出来ないままに、……抱きしめられた。
「も〜、パパを無視して自分の部屋に行くなんて酷いじゃないかっ。 帰るのも遅かったし!!」
「……ご、ごめんなさいっ。反省してるから離れて……っ」
つい変な口調になってしまう。全力で引きはがそうとしてるのに、この人が離れてくれないからだ。
部屋の電灯に照らされて出来た影が一つにしか見えないことに気付き、寒気がした。
「二度とパパって呼んであげないよ……?」
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!!」
土下座。良い歳の大人が、土下座。
それを見ながら、歪んでしまった服のしわを直す。
「ハァ…………。帰りが遅くなったのは反省してる。――店長さんのところで居たら時間忘れちゃって」
それはあながち間違っていないのだけれど、少し嘘が混じってる。でも彼女達の言葉を信用するのなら、もうわたしには関わってこないだろう。
きっと、彼女達のことを言い触らしたりするほうが危険。だから今は黙っておこう。
――頭が働かないなぁ。
良く見ると、もう夜も遅かった。わたしは立ち上がる。
「とりあえずわたし、お風呂行ってくるね」
目の前で土下座してる大人にそう告げると、わたしは部屋を出ようとした。今日、ちょっと汚れちゃったからね。
しかし、その背中に声が掛けられる。
「待て、ナナ!!」
振り返る。
「何……?」
「帰りが遅かった罰として、『パパと一緒にお風呂』の刑だっ」
……携帯電話を取り出す。
1・1・0、と。
「もしもし、警察ですか? 家に変た――」
「嘘ですごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」
――こうして、結局わたしは『日常』へと戻っていく。
ナナ、か。そうだねぇ。……名無しのナナ、なんてね。
この馬鹿な人、お父さんがくれた大好きな名前。ナナの日常へと。
もやもやした気持ちはお風呂上がりでも取れなかった。
でも、私に出来る事なんて……
「はぁ〜、いいお湯だった。パパお風呂空い……」
パシャ!!
たよ、と言い掛けた私は奇妙な電子音がした方向、脱衣場からススッと出ていく影を見て一言
「通報」
「…………」
「ムショ」
「…………」
「さて、携帯は……」
「わぁー、待った待った!! 待ってナナさん落ち着いて!!」
その一言が効いたのか、脱衣場の扉から慌ててお父さんが飛び出してきた。
ちぃ、あとちょっとで最後のボタンを押すとこだったのに。そう思いながらも仕方無しに通話ボタンから指を放す。
「で、何してたの?」
「む、娘の成長記録を」
ピッ!!
「通報しました」
「ぎゃあーーーー!!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
はぁ、と溜め息を吐いて、次いで私はお父さんに問い掛けた。
「で、ホントは何の用が?」
本当にただの覗きなら通報するけど? と、付け足して。
「いや〜、大した事じゃないよ。ただ帰って来てからナナの表情が暗いから、どうしたのかってね?」
「っ!?」
図星だった。
私はあの機械達にメモリを渡した時から、本当はきっと…………
言っても多分分からない、それでも私はお父さんを見据えて口を開いた。
「私ね、女の子に助けてって言われたの。でも…………」
グスッ!! 何故か涙が出てきて。それでも私は止まる事無く吐き出した。
「自分からそれを手放した。怖くなったから。あの子が……あの子自身が助けてって言ったのは間違い無く私だったのに!!」
後悔してたんだ。『非日常』を言い訳に逃げた自分自身を…………
私の話を最後まで聞いたお父さんは、何やら嬉しそうな表情を浮かべてる。
「何で笑ってるの?」
「ナナがここまで感情的になるなんて珍しくてね」
そう言って私の目をしっかり見た。
あぁ、理由なんて無い、けどとても安心出来る優しい瞳。
「ナナがしたい様にすればいい。それがきっと、正しい事だから」
少し、楽になった気がした。
自分のしたいことは決まった。
それがどうやったら実行できるのかはわからない。
けれど、わたしは決めた。
「あの子を……助ける」
もう、揺るがないからね。
パパに「ありがとう」と「おやすみ」を告げたわたしは、あの子にもう一度会う方法を考えながら階段を上り、自分の部屋に入るべくドアを開けた。
とたん、冷たい風がわたしの頬を撫でた。
「寒っ……?」
あれ?
部屋の窓は閉めてたはずなのに……
慌てて部屋の中を確認し……驚愕した。
部屋の窓は開いていて、部屋には黒いコートを着た男が、何かを抱えて立っていた。
「き……!」
大声をあげようとして気付く。
男の目は、綺麗なエメラルド色だった。
わたしはその瞳の色に見覚えがある。
あの子の……彼女達の色。
それによく見ると、男は若い青年のようだった。
急な出来事に何も言えないでいると、不意に青年が声を発した。
「待て。
俺は怪しい者だが危なくはない」
唐突に言われたので反射的に喋ってしまうわたし。
「ふ、普通は『怪しい者じゃない』って言うんじゃ……」
「阿呆。
部屋に無断で入った奴が怪しくない訳ないだろう」
呆れられた……。
不審者に呆れられた……。
「だがアンタに危害を加えるつもりはない。
不審者だが危険人物じゃないってことだ。
っと、時間がない。
手早く済ませよう」
青年はそう言いつつ、抱えていたものをわたしのベッドにそっと置いた。
……って!
「この子!」
ベッドに置かれたもの……それはわたしが会いたかった、「RS-105号」と呼ばれていた少女だった。
腕はちゃんとあるから、わたしに初めてあったあの子じゃないのかな……?
わたしがあっけにとられていると、青年がわたしに喋りかけてきた。
「雑談をする暇はない。
黙って俺の話を最後まで聞け。
いいな?」
青年の有無を言わさない口調に、わたしは反射的にうなずいてしまう。
「よし。
俺の名は『RS-99』
まあ、コイツの兄……的な立ち位置だ。
それでコイツは、アンタも知っているだろうが『RS-105』」
やっぱり、この人もあの子と同じ……
「単刀直入に言うぞ。
理解はしなくていい。
ただ納得してくれ。
俺達は、俗に言う『サイボーグ』だ。
しかも兵器として……
人殺しの道具として造られた」
へ、兵器って……?
ヒトゴロシの道具って……?
「機械とヒトの優れた部分を合わせて造られた。
最たる例が、機械の体にヒトの脳。
ヒトの臨機応変さと直感力は機械にはないものだ。
それを機械が得れば強力な兵器になると考えた『軍』の馬鹿どもが秘密裏に開発をはじめた」
「軍……?」
さっきあの子と一緒にここに来た軍服の女性が脳裏に浮かんで消える。
「勿論、ヒトの脳を使っているから感情が……
心がある。
だがそれは俺達を兵器として扱うには邪魔でしかない。
だから科学者は俺達の……『RSシリーズ』の感情の消去を考えた」
彼――RS-99と名乗った青年は早口で捲し立てるが、わたしはその言葉が頭に刻み込まれていくのを感じた。
「俺はその消去を免れた数少ない個体だ。
逃げた、と言ったほうが正しいがな。
だから感情がある。心がある。
だからわかる。
心を消去された『RSシリーズ』は、もうヒトじゃない。
ヒトとして間違っている……!」
彼がこぶしを握るのがわかった。
「あの子も感情が……
心がないの?
そうは思えない……」
だって、わたしは覚えてる。
あの子が、泣きそうな顔でわたしに助けを求めたのを。
「黙って最後まで聞けと言っただろう。
ここからが最重要だ。
コイツの心は、まだ消去されていない。
される前に誘拐してきた。
アンタに、コイツとコレを預かってほしい」
彼はあの子を指差した後、わたしに手を差し出してきた。
その手のひらの上には、まだ記憶に新しい、黒くて薄くて小さい『非日常』のカケラが乗っていた。
「こ、これ……」
呆然とするわたしを見た彼は、うっすらと、だが意地の悪そうな、そして何より人間らしい笑みを浮かべて言った。
「アンタ、誘拐と窃盗の共犯になってくれないか?」
「なっ………!」
思わず、驚愕の声が出そうになる。しかしその時、半開きだった部屋の窓がガラッと開いた。
「ナーナーッ!こんな南極のボストーク基地より寒い夜は、パパと添い寝
「何で皆窓から入ってくるの!!!」
「スライダーっ!!?」
履いていたスリッパをお父さんの顔面にたたき付ける。窓から変態が落ちた後、『ドサッ、グキッッ』といった音が聞こえたが、まぁ気にしない。
窓にカギをかけ、カーテンも閉める。
この人(?)達の事を見られたらイロイロ面倒な事になりそうだったから。だがもう既に、イロイロ面倒な事に巻き込まれそうになってはいるけど。
「……父親か?」
「血の繋がりは無いけどね。で、わたしに共犯になれって話だっけ?」
部屋にはわたしと、エメラルドの瞳をした青年と少女。そのどちらも人間ではなくサイボーグで、兵器として利用しようとする軍から逃げてきた。
わたしはこの子を一度守れなかった。だから、今度こそは守ると決めた。たとえそれが、危険な道だとしても。
「別に構わないけど、わたしの事はたぶん軍の人にばれちゃっているよ?」
「それも知っている。だが他のRS―105号と記憶や情報を共有するシステムは遮断してあるし、軍の奴らもすぐには気づかないはずだ」
正直、不安じゃないと言えば嘘になる。だけど、自分が軍の手によって消されてしまう事より、この子達が人殺しの道具として使われてしまう事の方がずっとずっと恐い気がした。
「………交渉、成立」
それまで黙っていた少女が、ふわっと笑った。その表情は、どこからどう見ても人間の女の子だった。つられて、わたしも自然と微笑んでしまう。
「………うん。ところで、2人の名前は?わたしは天馬ナナ」
「RSー99号だが?」
「RSー105号だが?」
後者はノリでふざけたよね。可愛いけど。
「いや、そういうのじゃなくて……」
「俺達には製造番号以外に個体を識別する『名前』はない。適当に呼んでくれ」
「レッツネーミング」
えぇー………。