第一章(1/2)
夕空の下。帰り道。
今にも暮れそうな日に照らされながら、わたしは高いところに思いを馳せる。
ふとその綺麗な赤に吸い込まれそうになるのだけれど。
足が絡まっては地面に引き戻されていた。
飛べそうで飛べない。とってももどかしい気分。
――そんな気分で見上げていたら、眼に留まる雲が一つ。
そのいびつな三角形の灰色が、少しだけ赤みが差した雲が、わたしにさっきのプラモデルを思い出させた。
コンコルド。
三角形の翼を持った、かっこいい飛行機。確か名前の意味は『協調』だって、店長が教えてくれた。
「ああいうのも良いなぁ……」
なんて。独り言。ついぽつりと零してしまう。
鮮明にその先程プラモデルの姿を脳裏に浮かべて、眺めて、吟味した。
時間感覚もないわたしだけの空間を、浸るように染み渡らせるように、「コンコルド」で埋め尽くしていった。
――――と、そこではたと気付く。
そこまでのんびりとしてたわけじゃないのに、宇宙は透き通った黒で辺りを覆っていたのだ。
むむむ……。
「暗く、なっちゃった……」
大丈夫かなぁ。
急に迎えた夜に、何となく言葉に出来ない恐怖を感じる。
何か起こると決まったわけじゃないのに、どこか不安。結局何も起こらなかったという経験が何度もあるのに、やっぱり怖かった。
流石に、急がずにはいられない。
上にばかり気を取られていてはいけないのだ。
こんな時、……トモダチが居てくれたら凄く心強いんだけど。
そんな勝手な期待に応えてくれるわけもなく、わたしは一人寂しく帰路を急ぐ。
そうして。
ちょうど人気の少ない場所を通り抜けているところだった。
――電子音。
「ひっ!?」
静かな道で、盛大に驚くわたし。
でも驚かせた音の正体がわかり、店でのとは違うため息をつく。ふぅ……。
「――もしもし」
携帯電話を取り出し、画面も見ずに応答した。先程の電子音はただの電話の着信音だったのだ。
多分電話の相手もわかっている、はず。きっと、わたしの帰りが遅いことを心配してくれたのだろう。
わたしは夜の暗闇の中に、自分を気にかけてくれる人が居ることが嬉しくて、無意識のままに立ち止まってしまっていた。
まるで舞台の上にでも居るかのように、わたしは月光によってその闇の中に映し出されている。
夢見心地に帰路へと着いたわたし
軽い様な重い様な、矛盾してるけど、そんな足取りで人工の光に照らされる夜の街を歩く。
空を飛べる筈も無いのに、両手を広げて真似をしてみた。
「ん? 何だろ?」
暫く道なりに歩くと、先に見える街灯が不気味に点滅しているのが目に入りそれが無性に気になった。
チカチカ、チカチカと、瞬きよりも速いんじゃないだろうか?
チカチカチカチカ
街灯はどんどん速さを増して点滅する。
……あれ?
「街灯じゃ、ない?」
そう、街灯の光は変わらず地面を照らしている。
よく見れば街灯の横にある薄暗い路地裏、そこから光が発せられていたみたいだ。
先程不安になった時みたいに、また得体の知れない恐怖がわたしを包み込む。
こんな夜は何か起こる。なんて、空想や幻想を語っても結局何も起きないんだ。
それでも恐怖はわたしにつきまとい、好奇心からか恐怖を打ち消す為か
わたしはそれを覗いてしまったんだ。
「っ!?」
理解不能な事態に捲き込まれた人間は、二通りの思考をするらしい
一つはパニックになり逃げ出す人間、もう一つは冷静になり事態を分析しようとする人間
「誰か………助けて」
肘から先が無く、そこから火花を散らしながら必死に助けを求める10歳位の女の子の姿に、わたしはどちらの思考を持つ事も出来なかった。
わからない。
ただその言葉だけが、わたしの頭を埋める。
前方にいる少女は、明らかに人間の形をしていた。
でも、腕から火花を散らす人間なんて、わたしは知らない。
わたしが知ってる「日常」に、こんな光景があるわけない。
そんな混沌とした思考が頭を埋め尽くしていると、わたしの耳が、小さな声を拾った。
「お願い……助けて……」
その声が自分に向けられたものであることに気づいたわたしは、急いで少女のもとに駆け寄った。
「だっ……大丈夫?
…………っ!?」
近くに寄って、改めてわかった。
少女は、ボロボロだった。
生きてるとは、思えないくらいに。
服はもはや何を着ていたかわからないくらいにボロボロ。
いたるところに素肌が露出している。
その素肌には切り傷や擦り傷があったが、傷口から覗くのは血の赤ではなく、冷たい鋼色。
腕は肘から下がなく、そこからバチバチッ! と火花を散らしていた。
顔は擦り傷がある程度だったが、やはり傷口は鋼の色。
こちらを見つめる瞳は、人には決してありえないと思うほどに綺麗なエメラルド色だった。
「ね、ねえ!
ど、どうしたの!?」
わたしは少女に呼び掛けた。
すると少女は、唇を小さく動かした。
「オ願い……
助keて……」
少女の声には、機械的な響きが混じっていた。
「ど、どうすればいいの?
き、救急車?」
わたしは少女に尋ねた。
それしか、できなかったから。
すると少女は、今にも泣きそうな表情で言った。
「いyaダ……
壊れtaくナイ……
消eたクないヨぉ……!」
その悲痛な声を発し終えたとたん、少女の瞳がエメラルド色から真っ赤になった。
「え?な、何!?」
わたしがただ戸惑うことしかできないでいると、少女は何かを呟きはじめた。
ただしその声は先ほどとは違い、ただひたすらに機械的だった。
「機体損傷度45%……
腕部ヨリえねるぎーノ漏洩ヲ確認……
自己修復不可能……
でーた保護しーけんすヲ実行シマス……
でーたヲめいんめもりに保存後、しゃっとだうんヲ実行シマス……」
少女の様子がおかしい。
それだけはわかるけど、それだけしかわからない。
どうすればいいのか、わたしには、何にもわからない。
わたしがただ狼狽しているうちに少女の呟きは止まり、少女は目を閉じてしまった。
あたりは再び、静寂に包まれた。
狭い路地裏は静寂と闇に包まれ、まるで世界にはわたしとこの少女しかいない錯覚を起こさせる。
「ちょ、ちょっと!?ねぇ!大丈夫!!?」
どれほど呼びかけても少女は反応しない。肘からはまだ火花がバチバチと飛び散っているが、少女は目を閉じたまま。最悪の事態がわたしの脳裏をよぎる。
(どうしよう……どうしよう………!)
夜の闇が深くなると共に、気温もどんどん下がっていく。だけど、わたしの心臓は苦しくなるほど速くなっていて、尋常じゃない量の冷や汗が流れる。
この少女は何者なのか。人間じゃない事は分かる。では、『何』?ロボット?わたしはこの子をどうすれば良いの?そもそも、どうしてこんな所に――
「オイ!いたか!!?」
「いや、こっちにはいない。くまなく探せ!!」
「!!!」
遠くから男性の怒鳴るような声が聞こえる。それも複数だ。
根拠は無い。疑問はまだたくさんある。ただ、この子が追われている事だけはとっさに判断した。
(に、逃げなきゃ……!)
ボロボロの少女を両手で抱き、立ち上がろうとする。その時、足がピタリと止まった。
冷静に考えれば、この子を助ける理由なんてわたしには無い。得体の知れない人間かどうかも分からないような者を助けるなんて、リスクがありすぎる。
わたしはたまたま偶然、この少女を見つけただけだ。何の関わりもない。日常に突然現れた『非日常』。映画や小説なら、わたしがこの『非日常』に関わる事で、わたしも『非日常』に引きずりこまれる。
(わたしには……関係ない………)
少女をこの場に置き、そのまま帰ってしまうのも1つの選択肢だろう。わたしは何にも出会ってないし何も見なかった。
だけど、わたしのココロはその選択肢を選ぼうとしない。
「っ…………!」
さきほどの電話の主、わたしの帰りを心配してくれる人が、いつも言っている事を思い出す。
わたしの目の前には、瞳を閉じて眠っている、あるいは死んでいる少女。人間なのか何のか、それすら分からない。だけど、
『お願い……助けて……』
足に力を入れる理由は、それだけで充分だった。