第六章(1/2)
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「さて―――」
わたし達がサハラ砂漠を目指しコンコルドに乗ってからしばらくした後、店長が口を開いた。
「やっと皆がそろって落ち着いて話ができるね」
一人ひとりの表情を確認しながら言う。
わたしは憧れのコンコルドに乗ったのに緊張を解けないでいた。
(これから最後の戦いなんだ……当たり前か……)
そんなわたしの表情を見て、店長はニコッと微笑んだ。
「そろそろ塒が完成させた『アレ』と、『RS-105号』について話そうか。私と天馬以外は詳しくは知らないだろうからね」
(―――ついに……!!)
そうだ。結局初めから謎だった。
何故リンとメモリーカードが狙われるのか。『アレ』とは何なのか。
更に緊張が増す。無意識のうちに唾液を飲み込む。
「まず―――RS-105号……いや、リンちゃんのことを話す前に軍のサイボーグについて話そう。
軍のサイボーグには感情が無い。消去されている。何故か分かる?」
「それは……戦闘において邪魔になるから……」
答えながら、わたしの頭には紅い瞳をしたアスカの姿が浮かんだ。
「そう。そのとおり。―――しかし実際は『感情の消去』は完全ではない」
「え!?」
完全……ではない?
「私も初耳ですね」
お姉さんも初めて知ったようだ。
「正確には喜怒哀楽などの基本的な感情の消去はされている。だけど、ある感情だけは消去されていないんだ」
「ある……感情……?」
「戦闘本能、つまり『破壊』だ」
「―――――」
破壊。
「どんな人間にもある原始の感情、『破壊』。種族の中で生き残るために闘い合う。そんな戦闘本能以外を排除するのが『感情の消去』だ」
ハカイ。
「『破壊』以外の感情は全て『破壊』が始まりだ。
『破壊』を嫌ったため『哀しみ』ができ
『破壊』を隠すために『楽しむ』感情ができた。
そして『破壊』を忘れるために『愛情』が生まれた。
全ての感情は『破壊』という一から発生した。
この言葉に何か心当たりはないかい?」
「?」
全ては『破壊』から?
感情ができたのは?
全ての感情?
破壊が一?
「――――!!」
「気付いたようだね。そう、RS-105シリーズの『リンクシステム』。これも同じ原理だ」
一が全てで、全てが一となる。
一は全てに繋がり、全ては辿れば一となる。
「RS-105シリーズはその『感情の消去』になぞって作られた。
そして最初から塒の『アレ』のためにリンクシステムを搭載して作られた」
「じ、じゃあ『アレ』って一体―――!?」
「―――だよ」
わたしは耳を疑った。
「そんな事って………」
「信じられなくても当然だろうね…
でもこれが『アレ』の正体であり、この計画の真実なんだ……」
頭が回らない…回るわけがない……
わたしの平凡な脳でいますぐ理解しろというのが無理な話だ。
わたしの脳は自然とあの人へと助けを求める……
「パパ……」
「ナナ…本当だ」
「―――っ!」
憤慨、悲哀、憎悪、絶望
パパの返事と共にどれと取っていいかわからない感情が沸き上がってくる。
「………パパは知っていたの?
知っていて塒さんを止めなかったの?!
ねぇ!!!パパっ!答えてよ!!」
わたしの質問にしばらく黙っていたパパは立ち上がり操縦席に座った。
「もうすぐ着陸だ……
ナナ、シートベルトを付けて座っていなさい」
「パパ………」
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「機体のステルスは機能させたままがいいだろう」
着陸した後、パパはお姉さんに指示をする。
(塒さんを――仲間を見捨てた…)
そんな悪い考えを察したのか店長が話し掛けてきた。
「さっきの話なんだけどね…ナナちゃん。
…君は勘違いしているよ」
「えっ…?」
「天馬が――いや、天馬と僕が会社を抜けたという話は聞いたよね?」
「はい……」
「その会社はもともと機械で人工の体を作る会社だったんだ。」
「義手や義足ですか?」
「半分正解。手に始まり心臓に至るまであらゆる物を作った。人体工学の私に、機械工学の天馬、医用生体工学の番、そして塒……
私たちは人々のために日々研究していたんだ。」
店長は構わず続ける。
「そんな時に"軍"に目を付けられた。なにせ、各分野の権威が集まってガチャガチャやってたんだからね。軍はサイボーグを造れと言う命令と多額の研究費を出してきた。
私と天馬はもちろん反対、番もさっきの話からすると完全には賛成ではなかったみたいだね。
それで私達二人は抜けた。」
「そこで……止められなかったんですか?」
店長は表情を曇らせる。
「出来ない、出来るわけがなかった……
ナナちゃんには分からないかもしれないが私達は科学者だったんだ」
「?」
「奴は止めたところで止まらない、金には目も暮れない、地位なんてただの飾り。
奴はただ純粋に科学者だった。
科学を愛し、科学に愛された…
道さえ間違ったけどね…」
分かるような分からないような曖昧な答え…
「まぁ、後悔しても『時、既に遅し』ってやつだ。あの時殺してでも止めるべきだった…」
殺してでも――そんな言葉が優しい店長から出るなんて思いもしなかった。
「ナナちゃんは私と――天馬が憎いかい?」
「……正直わかりません」
「そう…か…
天馬には口止めされてたんだけど、頃合いかな……
実はナナちゃん、君はサイボーグにされる予定だったんだ」
―――えっ?
わたしが…………サイ…ボーグ?
何を言ってるんだろう、店長は…
「私達が会社を去るとき、二人の兄妹が連れて来られた…
孤児院から引き取られたという年の離れた兄妹だったんだけどね、そんな将来のある子供達を兵器にするわけにはいかないと、天馬は彼らを連れ去ろうとした。」
「それが…わたし?」
「そう。だが兄の方は救ってやれなかった。
天馬はそれで酷く自分を責めてね……
だからナナちゃんだけは何があっても絶対に守るって決めたんだ」
不意に涙がこぼれる。
「わ、わたしのお兄ちゃんは…?」
「分からない……
でも君は、君だけは何があっても天馬を信じてやってくれ…!」
『アレ』の正体に続いて、兄の存在…
想像していた以上の事を短時間に聞かされて、わたしの頭のキャパシティは破裂寸前だった。
「すいません…
少し一人にさせてください……」
暑さを感じないほどわたしの頭は麻痺している…
「そこまでだ」
ふらふらと歩いていたところを見えないナニカに引っ張られた。
ナニカは徐々に姿を表す…
「アスカっ!!!」
店長の声に皆が反応する。
首元には光る剣が構えられているらしい…
「RS-99…!」「ナナっ!」
だが、そんな状況でもわたしの頭はうまく働かない。
(軍に捕まった兄、年の離れた兄…)
・・・・・
年の離れた兄?
「まずは武器をおろしてもらおうか」
アスカの冷たい声に、二人のリンと軍服のお姉さんが剣を下ろす。
わたしの首に添えられている光の剣は、熱を持っているみたいで、少し熱い。
「二体のRS-105は動けないように自分を拘束しろ」
どこから取り出したのか、二つの手錠で、自分たちの腕を後ろ手に拘束した。鍵を取り出してアスカの方に投げる。
どうしてだろう。なんだか素直に従っている。リンたちはちょっと反抗的なところが可愛いのに。
あ、そうだ。わたしが捕まってるからだね。
なんで捕まっちゃったんだろう。狙われてることはわかりきってたのに。
あ、ダメだ。何も聞こえない……。真後ろにいるはずのアスカの声も聞こえなくなる……。
むむむ……。
アスカ、戻ってきてよ……。
アスカ……。
「アスカ!」
わたしは叫びながら、アスカの手を振り切ろうともがいた。
「黙れ! おとなしくしろ!」
たかが少女の力でサイボーグの腕をほどけるわけもなく、光の剣がさらにきつくわたしの首に当てられるだけだった。
……熱い。
「殺すなら早く殺しなよ」
「……いいだろう」
「ナナっ!?」
「ナナちゃん!?」
躊躇いのない、あっさりとした光の一閃。
わたしは、なんとなく、本当の両親に会えるような気がした……。
「「ナナァァァーーッ!!!!」」
振り切られた光の剣。耳をつんざく叫び声。息を呑む人の気配。
――肉の焼ける音。
…………。
…………。
…………熱い。
熱い。痛い。熱い。痛い。痛いよ。痛いよ。熱いよ。
わたしを通り過ぎた光は。金属すら溶かす白熱光は。たったの一瞬でわたしを斜めに焼いた。身体の中心から少しズレた斜めに。
右の二の腕が熱い。右の脇腹から左の太股まで。
瞬時に焼かれた全てが痛い。
「き、さ、ま、ぁぁあああ!!」
ギィィ――……ン。
挑発なんてしなければ良かった。アレがアスカだなんて信じなければ良かった。
尋常ではない驚きに対する救いをアスカに求めなければ良かった。
その時、
がしっ。
倒れ伏したわたしを誰かが抱く。支える。……誰。
「大丈夫か、ナナ」
「ナナ……」
パパだ。リンだ。焦りを抱えた、心配そうな表情だ。
……少しずつ、少しずつ。周りが見えてくる。
「リン……、パパ……」
わたしの声はこんなに弱々しかったっけ、パパ。
パパ。パパ。わけが、わからないんだよ。
『アレ』の正体、パパ達の気持ち、生き別れたお兄ちゃん、そしてアスカに斬られたこと、痛み。
…………お兄ちゃん?
それって、アスカじゃないの?
何で斬られたの?
わたしの家族は、誰?
わたしを助けてくれるのは、一体誰なのっ!?
首を動かす。必死で救いを探す。
目の前のパパとリン。
少し離れたところで何かを見つけようとしている店長。
光の剣を構えて立っているもう一人のリン。
そして、もう一人のリンの視線の先。彼女の警戒心の先。
何かをぶつけ合うのは一組の男と女。
「……その表情は何だ。RS-104」
冷徹な翡翠色の瞳、アスカの眼。アスカがそれで見つめるのは。
――RS-104。軍服の女の人だった。
「お、兄、ちゃん…………」
軍服の女の人の後ろ姿と、アスカの表情を捉えたわたしは、また助けを求めていた。
ついさっき知ったばかりの兄に。血の繋がった家族に。
……手を伸ばす。痛まない左手で。何かを掴みたくて。
――――でも、それは遮られる。張り裂ける大声に。
いつのまにか枷が外れているサイボーグによって。
「知りません! わかりません!! …………だけど貴様だけは許さないッ!!!」
くるり。
一回転する女。
打撃音。
吹き飛ぶ男。
アスカが吹き飛んだのは、あの女の人が蹴り飛ばしたから。
でも、そんなことはあまり気にならなかった。
もっと気になることがあったから。
あの人が回転した時、ちらりと見えた歪んだ表情。
明らかな怒り。爆発した感情。激怒。
何故なんだろう。ふと思った時に頭にそれらが浮かんだ。
『あの軍服の女の人は、サイボーグになる前も女性だったんだろうか』
『番という人が残ったのに、わたしの兄は軍に連れて来られてすぐサイボーグに改造されたのだろうか』
『RS-104という型番は、比較的新しいモデルなのではないのだろうか』
――――ちょうどそう考えた時だった。
《ザザザッ》
コンコルドをノイズが埋め尽くす。飛行機全体と通信が繋がる。
それと同時に、店長さんの声が響いてきた。
「聞こえるか番!! 軍に残ったのはお前だ、サイボーグの武器について1番詳しいのもお前だろう。そして今、医学について1番詳しいのもお前だ!! 教えてくれ、どうすれば良いっ!?」
――そんな説明じゃわからないよ、店長。まくし立てる店長に、わたしは痛みに苛まれながらそう思った。
それはきっと国際通信。
多分さっきのノイズは、答えを知っている人に繋がった合図だったんだ。




