第五章(1/2)
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「ハハハッ、待ち遠しいなぁ……。早く来てくれ!!」
薄暗い部屋に、男の――塒の狂気に満ちた声が響く。
気味が悪い。
嫌な感じがする。
頭の中で、人間の俺と機械の俺が警鐘を鳴らす。
本能が訴える。
―――コイツハキケンダ。
「……させるか。2人を守ると約束した。今まではなるべく誰も傷付けないようにしてきた。だが、今回は―――」
俺は腰から電気を帯びた剣を抜いた。
コイツはここで
処理する
「お前を殺してでも『ソレ』を止めてみせる!!」
足に力を込め、エネルギーを体内で炸裂させる。
地面を蹴り、一瞬で距離を縮める。
そのまま剣で塒を突き刺し、一撃で勝負は決まる――――はずだった。
サイボーグでもない塒にはこの攻撃を防げるはずがなかった。
―――ガィィン!!
「な……に――!?」
俺が繰り出した光の剣は同じ光の剣によって、防がれていた。
俺と塒の間に立って入ったのは、見慣れ過ぎた碧の眼。
「リン―――!!」
次の瞬間、背後、頭上、左右から強い衝撃。
「ぐぁっ――!!」
ダンッッ!!
床に押さえ付けられる。
(……しまった!!コイツらはリンじゃない!!)
部屋には合計5体のRS―105。
「ほかくかんりょー」
「「「かんりょー」」」
俺を押さえ付けている4体が片言で音を出す。
「リンクシステムに細工をしたからって油断したね。戦闘能力はキミにも劣らないよ」
塒はイスから立ち上がり、ひれ伏す俺の顔覗き込みながら言う。
「ハハハッ、いいよ。いい表情だねぇ。そうか、感情が残っているとこんな表情もできるのか!!」
嘲笑い、貶す。
「くっ……」
どれだけ体に力を入れても動かない。
4対1じゃ力比べもできやしない。
「さて……、このままキミを壊してしまうのは容易いが………」
塒は再びイスに座り直した。
「どうせなら、玩具としてもう少し遊んであげるよ」
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『潮プラモ店』
水色の文字がトレードマークのワゴンが走り出す。
「…なんでこの車なんですか?」
「カモフラージュってやつだよ。念には念を…十分な注意に越したことはないからね」
いつもと同じように振る舞う店長も今日ばかりは明らかに口数が少ない。
「大丈夫。すぐにお父さんにもリンちゃんにも会えるよ」
これ以上店長に心配はかけられない。
「わたしのことは―――」
ギャリギャリギャリ!!
「な、何?!」
いきなり不快な鈍い音がしたと思うと続いて車のスピードが落ちた。
「こんな時にパンク…?そんなはずは―――まさか…!」
店長が車を止め、「調べるから待ってて」と降りていく。
(こんな時に限って…)
「――ちっ、やられた!」
店長が苛立ちの声をあげる。
「ナナちゃん逃げるよっ!」
「え……えっ?」
店長がわたしの手を引いて、走り出す。
「攻撃を受けたみたいだ。敵が…『軍』が近くに居る!どこかに身を隠すよ!」
「わ、わかりました!」
わたしと店長はひとまず、建物の入り組んだ路地へと避難しようとした時だった。
「その必要は無い」
予期しなかった声に驚き、慌てて後ろを振り返る。
「あっ…!」
「アスカ君じゃないか!」
そこに居たのはアスカに間違いなかった。
確かにアスカだ…でもわたしの中で何かが引っ掛かる――
「ホントに助かった…
これからどうしようかと途方に暮れていたところだったんだよ」
店長がアスカに近づいていく。
なんだろう…この厭な感じ……
静寂とは違う静けさ、冷気とは違う肌寒さ、そして何よりも違うのはアスカの双眼が―――朱色。
「だ、ダメ!!!店長、近づいちゃダメ!!!!!」
「えっ…?」
アスカが手を構えるとピンポン玉ほどの鉄の塊が発射され、店長がその場に倒れ込む。
「中距離対人用スタンガン。
なに…ただ気絶しただけだ。大人しく俺について来い」
「…あなたはアスカじゃないの?」
「いや、そうだが?
俺は対人抹殺兵器『RSシリーズ』99号のアスカだ」
「違う……お前はアスカじゃない!アスカは自分のことを兵器なんて呼ばない!!!」
すると、店長がよろよろと腕で上がりわたしに顔を向ける。
「ち、違うよナナちゃん……RS-99号は一体しかいない…間違いなくそれはアスカ君だ。
おそらく『軍』にいじられたんだろう。塒めっ………やってくれる…!」
「ほう…随分と早い覚醒だな」
「それは私の発明なんでね…」
「どちらにせよお前達には眠ってもらう。俺としては死体の横に転がったメモリーカードを拾うだけでもいいんだが…それは色々と厄介なんでな。」
アスカは再び手を突き出す。
「万事休すか…!」
ガキン!!!
突然響く金属音。
奇襲を受けて、アスカが後ろに距離を取る。
「ちっ!」
わたしの前に出てきたのは、懐かしい小さな姿――
「リン!!!」
「そうだけど違う。
今度はわたしがあなたを助ける番」
そう言い終わるとリン(?)は剣を抜き、アスカに突撃する。
店長はこの光景が信じられないと自分の目を疑っているようだった。
「メインメモリは抜いていた筈なのに…!」
「えっ、じゃあ…!」
「そう…君が助けてくれたRS-105号――もうひとりのリンちゃんってところかな?
それはそうと早くここから逃げなさい…
完全でもない彼女一人じゃ時間稼ぎが精一杯だ!」
実際、二人の戦闘能力の差はわたしの目から見ても歴然だった。
「でもまたあの子を見捨てるような事、わたしには出来ない!」
「私が残る…足が痺れて無理だ、君一人でも逃げろ!
君が捕まったら、すべてが終わるんだよ!?」
「それでも……もう逃げるのは嫌なの!」
キンッ!
「くっ…!」
「逃がすか」
アスカはあの子がよろけた隙にわたしに手を向け、狙いを定める。
バシュッ!
「しまっ―――」
「あっ…!」
まさかアスカに邪魔されるなんて……
そう思って、目を閉じようとした時だった。
ズバンッ!
天を裂くほどの鋭い一閃が目の前を一刀両断すると、真っ二つになった弾が力を無くして落下した。
「お前は…!」
アスカの表情が少し歪む。
「まったく、自分の大切な人にまで刃を向けるなんて……本当に憐れな人ですね」
不意に聞こえた新しい声に、わたしは閉じかけていた目を大きく開いた。
「案外人の感情ってのは脆いものなんですね」
わたしとアスカの間に立っていたのはいつか見た軍服の女性。
「……お前こそ。番の犬だとばかり思ってたんだがな」
対するアスカは不機嫌そうに答えるだけだった。
「もちろん犬ですよ。軍の皆からは《番犬》とまで揶揄されるほどに。……しかし、『上』とは人として最低の集まりのことを言うんでしょう、……アスカ?」
この立派な名前は誰に付けてもらったんでしたっけ? 軍服の女性は、碧の瞳だけでわたしの方をちらっと見ながらそう言った。
目の前で交わされている会話が掴めない。わたしの理解できる範疇外の会話。
でも、店長さんは二人を驚きの目で見ていた。
「チッ、理解出来んな」
「おや? 舌打ですか? あなたは脆いわりに立派な感情をお持ちのようですね。今となってはそのことに何の意味があるのかわかりませんが」
彼女は、光線の剣をゆっくりとアスカに向けて、その碧の瞳で睨み据えた。きりりとした表情は、とても凛々しく、頼もしく見える。
ほどなくして、アスカはスタンガンを下ろし、わたしたちに背中を向けた。
「お前と戦闘しても得なことは何もない。ましてや、今はRS-105と2対1だ。ここは退くことにする。俺は合理主義なんでね」
そして、朱い瞳をギラつかせたまま、その場ですっと姿を消したのだった。
「君はRS-104だね。何故私たちを助けたんだい?」
アスカという脅威が去って、わたしたちは再び車に乗り込んだ。
タイヤは、パンクというよりはまるで破裂したかのように裂けていて、もう一人のリンがガソリンスタンドまでタイヤを買いに行ってくれなかったらどうすることもできない状態だった。
今はアスカのスタンガンで身体が麻痺している店長に代わって、軍服の女の人が『潮プラモ店』のワゴンを運転している。
もう一人のリンは、わたしと一緒に後部座席に座って、横からわたしに抱きついている。多分窓の外から狙われることを危惧してかばってくれているのだろう。
「しかし、任務に忠実な君が私たちを助けてくれるなんてね……」
「潮さま、今も任務を忠実に遂行しているところですよ?」
言って彼女は、ハンドルを握ったまま後部座席にいるわたしを振り向き、あなたが天馬ナナですね、と尋ねた。その間も、ワゴンの走行は全くぶれていない。
「は、はい」
ぎこちない答えになってしまったけど、彼女には伝わったようで、初めてわたしに笑顔を見せてくれた。
まるで、長い間笑うのを忘れていたかのような、わたしの返答と同じくらいぎこちない笑みだった。
「番さまがお父上によろしくと申しておりました」
「お父さん?」
「天馬氏と私の上司である番さま、そしてこちらにいらっしゃる潮さまは旧知の仲なのです」
そうだったんだ……。
「そうとは知らず、前回お会いしたときに失礼を働いたことをお許しください」
その言葉を聞いて、店長さんが口を開いた。
「……番は、私たちに味方してくれるのか?」
わたしもずっと気になっていた。どうして軍の人がわたしたちを変わり果ててしまったアスカから護ってくれたのか。
「通信が繋がりますよ? 直接お話しされた方がよろしいでしょう」
「ああ、頼む」
店長さんは、少しのためらいもなく、しっかりと頷いた。
「では、これを」
すっと差し出されたそれを店長が受け取るのが見えた。ただのマイク付きのヘッドホンに見えるんだけど、あれが通信機なのかな……?
そんな疑問はすぐに解消されることになる。
店長がヘッドホンをつけて話し出したから。
「……番、聞こえているのか?」
確認するように小さな声で店長が呟く。
助手席に座っている店長の表情はわからない。振り向いてくれたり、後ろ姿から予想はできないこともないけどね。
ただ、今の店長のそれは、ほんとに見当もつかなかった。
話を聞いた限り、相手は旧友みたいだし、少しは嬉しそうな表情でもしてるのかな。
それとも、警戒をあらわにした緊張感のある表情とか。
ぴくっ。
――結局、俯いた背中が少し揺れるその瞬間になっても答えはわからず仕舞い。
「番! 本当に番なんだな!」
力の篭った声が車内に響く。さっきからずっと張り詰めたままのわたしを揺らす。
どうやら番という人からの返事があったらしい。
ヘッドホンからは何も漏れてこず、会話がわからないわたしと、わたしに抱き着いている少女は沈黙するだけだった。
「今、お前には聞きたいことがたくさ――」
こちらには気を向けず会話する店長。
……っと、輪に入り損ねたような感覚を味わっていたら、前から手が差し出されてきた。
「貴女達も聞いておいた方が良いでしょう。これを耳につけて下さい」
軍服の女の人だった。片手で運転しながら手を後ろに差し出すなんて器用な人だなぁ。
「ありがとう、……ございます」
わたしはその手に乗っていたワイヤレスのイヤホンを二つ受け取ると、片方をリンに良く似た少女に手渡して、もう一方を耳につける。
途端、わたしの知らない声が耳に届く。
《そういきなりまくし立てるな、潮。もう若くはないんだ、質問は一つずつで頼めるか?》
恐らく番という人のものであろう声。
続いて、潮と呼ばれた店長の声もイヤホンを通して聞こえる。
「……わかったよ。じゃあまずはだな。……何故お前はこのRS-104号を派遣して私達を助けてくれたんだ?」
うん。わたしもそこが1番気になってたんだ。
無意識に窓から町並みの奥に見える空、雲を眺めながら、わたしは頷く。
イヤホンをつけた耳に手を掛けて、ちょっと集中した。
《ああ、そのことか。簡単な話、塒の暴走を止めるためには潮も居ないと難しいかと思ってな》
手駒は揃えられるだけ揃えるべきではないか、と番は言った。
「何故だ? お前はサイボーグを作るのに賛成していただろう?」
《ああ、確かにそうだが、別に『感情の消去』や、塒の狂ったような暴走に賛成した覚えはない》
何となく、店長が驚いているのがわかった。
きっと今、店長は目を丸くしているんじゃないかな。
「じゃ、じゃあ何故お前は会社に残ったんだ!? 私と天馬が反対したとき、お前は何故……」
《一度なってみたかったんだよ。サイボーグ》
「……は?」




