プロローグ 20年後
寒い。
今日は10月だというのに、12月並みの寒さだという。
暖かい我が家まで、まだ20分ほど歩かなくてはいけない。
コンビニで、何か暖かいものでも買おうか。
そうだ、おでんにしよう。私も妻も息子も、みんな味の染みた大根が好きだから。
コンビニならこの町に点在している。
ほら、あそこにもあった。
コンビニに入ろうとしたとき、何かに呼び止められた気がした。
後ろを向いても、誰もいない。
人ではない、生き物ではない。
音だ。小さいころ毎日聞いたラッパの音。
音のするほうを見れば、コンビニの建つ道路の反対側を、豆腐の引き売りがのろのろと歩いている。
ラッパの音が、引き売りの足の動きが、幼い頃の、豆腐売りとの思い出を蘇えらせる。
かなり色褪せて、細かいところはあいまいになっているが、
私の体を引き止めるには十分な力があった。
どうして今まで忘れていたんだろう。
豆腐売りの思い出は、終わりがとても、哀しくて哀しくて、
昔は忘れたくても忘れられなかったのに……
記憶の中の豆腐売り……今、思い出せるだろうか。
当時は幼すぎて、何も理解できなかった。
今なら、全て分かるかもしれない。