ディアナとの訓練・上
「はああああっ!」
「おおおおおっ!」
「でやあああっ!」
町のはずれにあるそれなりの広さのある野原。そこで三人の人物が一人の小さなシスターに各々の得物を構えて突撃する。
一人はメリッサだ。上段に構えた神剣はまばゆい光を発している。
その横にルドガ。ディアナより受け取った暗黒のオーラを纏った剣をやはり上段に構えている。
そしてその横にもう一人…黒髪の青年が、槍…あのピランチが嬉しそうに持っていた槍だ…を構えてメリッサ、ルドガと共に小さなシスターに突撃していた。
そして、小さなシスター…言うまでもなくディアナは、以前と同じく手に持った少し長めの木の棒で、振り下ろされる神剣と暗黒剣、そして突き出される槍を器用に同時に受け止めた。
「ぐっ、ぐくっ…! な、何でこんな何の変哲もない木の棒が切れないんだっ!? この剣、岩石をまるでパンみたいに切り裂いたんだぞっ!?」
いくら押し込んでも切る…どころか傷一つ付かなそうなディアナの持つ木の棒に、ルドガは一瞬だけ明後日の方を見ながら怒鳴る。その方向には、確かに縦に真っ二つに切り裂かれた岩石があった。
「ひとえに、まだまだ剣を使いこなせていないからですね。私になら幾らでも振るって大丈夫ですので、今のうちにうまく扱えるようになっておきましょう。勿論、メリッサ様も…ね」
「…っ。神剣と暗黒剣を同時に受け止めてまだそんな余裕があるか…化け物め…っ!」
「おいおい…! 俺を無視して貰っちゃ困るぜディアナぁ!」
対極に位置する剣による同時攻撃にすらビクともしないディアナに、メリッサは歯軋りをしている。一方、黒髪の青年は名前を呼ばれなかった事にご立腹の様だ。踏ん張っている地面の土が僅かに抉れ始める程に、槍に渾身の力を籠める。
「勿論、忘れていませんよアリアス兄さん。ですが…」
クスクスと笑いながら、不意に木の棒ごと体を横にずらすディアナ。当然、必死に押し込もうとしていた三人は前のめりにバランスを崩してしまう。そして、体勢を立て直す前に三人同時にディアナに背中を木の棒で打たれ、倒れてしまった。
「まだまだ…。その程度ではこの町や教会をお任せするには不安ですね、アリアス兄さん」
「ぐっ…! ま、まだだ…まだだぜディアナぁぁぁっ!!」
黒髪の青年…アリアスに向かって肩をすくめてみせるディアナに、アリアスはいち早く立ち上がり、間髪入れずにディアナに突撃していった。
この戦闘を遠巻きに見学している複数の人影。順に、ヒューイ、エリル、ミルト、リュシアネル、バジリア、そして見知らぬシスター。このシスター、ベールで頭部が隠れているので耳は確認できないが、腰のあたりから尻尾が生えているので獣人と思われる。
「おお、もう訓練を始めている様だな。全く、若者は気が早い」
「けっ。アリアスの野郎、弟分が来たからって張り切りやがってよぉ!」
そんなヒューイ達の後ろから複数の声がかかる。見ると、二ドレを先頭に数十人の男達が集まってきているではないか。その中にいたピランチが、何やら愉快そうにアリアスを見遣っている。
「二ドレ殿、自警団の修練場を貸して頂ける事、改めて礼を申し上げる」
「はは、かの剛天将軍にこう改まって礼を言われると、何やらくすぐったくありますな。して、どうでしょうか? ビューイ殿から見たあの者達は…」
言葉通りに改まった様子で二ドレに向かって頭を下げるビューイに、やはりこちらも言葉通りに面映ゆそうにした後、既に始まっている訓練の感想を求める。
「うむ…。ルドガはまだ剣に振り回されておるな。まだまだ修練あるのみ。メリッサ殿もルドガよりはましとはいえ、まだ神剣を扱いきれておらん。こちらも修練あるのみだろう。そしてアリアス殿だが…流石に魔王の寵愛を受けた一人だけあり、強い。相手が強すぎるので差が見えにくいが、あの三人の中で武器を抜いた戦闘能力なら、文句なく一番だろう」
その求めに、ビューイは視線を二ドレからディアナたちの訓練の様子に戻しつつ、顎を指で擦りながら答える。その視線が追っているのは、現時点で一番評価が高かったアリアスだ。
「奴は、孤児として物心つき始めた頃に教会がディアナ殿を受け入れ、ディアナ殿が物心つき始めたあたりからその薫陶を受け続け育ったらしいですからな。同じ境遇のミティア共々、我らが自警団の要ですぞ」
そう言って、二ドレは例のシスター…ミティアに視線を移す。が、とうのミティアは視線に気づかず、心配そうに訓練を…いや、アリアスを見つめ続けている。
「つっても、一番驚くのはやはりシスターディアナでしょう。神剣と暗黒剣をあんな華奢な木の棒で同時に受け止めるとか、何やってんすかアレ? はは、普通に自殺行為だと思うんすけど…」
「わたしもかんじょうさには自信があるけど、さすがにあのにふりのけんを同時にうけとめようという気はおこらないな…」
そんな中、乾いた笑いと共に発せられる自警団員の一人の言葉、その言葉にミルトも顔を少し青ざめさせながら呟く。
「うむ、まだまだ使いこなせていないとはいえ、ただの木の棒をかの二振りの剣を同時に受け止められるほどに強化できる底なしの魔力と、あの三人の攻勢を片手で全てはじき返してしまう恐るべき膂力。完全に防戦一方なのに一歩も後退していない圧倒的余裕。これだけでも凄まじい脅威と言っても過言ではない。が…」
執拗にディアナに攻撃を浴びせるメリッサ、ルドガ、アリアスの三人。しかし、そのこと如くをビューイの言うようにディアナは全て片手で持った木の棒ではじき返してしまう。
その中で繰り出されるルドガの突き。踏み込みが甘くギリギリ届かない突き…だったのだが、その狙いはディアナ本人ではなく、ディアナの持っている木の棒だ!
「はあっ!」
ルドガの気合の声と共に、剣が暗黒のオーラを爆発させる! その衝撃で、ディアナの木の棒を持つ右手は上にはね上げられ、無防備となる。
「隙ありっ!」「もらったぁ!」
この絶好の好機を逃すまいと一気に間合いを詰めるメリッサとアリアス…だったのだが、渾身の一撃を放とうとしたその刹那! ディアナの左手に持たれた木の棒が二人の眼前で止まっていた。
「へ…? あっ、うっ!」「うっ…ぐっ!」
一瞬状況が理解できなかったのか呆けた後、すぐさま危機を察知してバックステップで距離を取るメリッサとアリアス。が、何が起こったのかは理解できないのか、ルドガを含め三人とも険しい表情のまま首をひねっている。
「へ? へ!? な、何だ…今何が起こったんだ!?」
「木の棒を真上に払われて完全に無防備だった…筈だ」
「あ、ああ…。その筈だったんだが、気づいたらシスターディアナは木の棒を左手に持っていた…」
そして、何が起こったのか分からなかったのは外野も同じだった様だ。まるで魔術で化かされたような状況に、自警団員たちも困惑の声を上げている。
「―――種明かしとしては単純明快。爆発で跳ね上げられた右手を、その勢いを殺さず後ろに回し、咄嗟に背面に移した左手に木の棒を持ち替え、そのまま左手で二人の眼前に突き付ける…これだけじゃ」
そんな中、今のディアナの芸当を解説するビューイ。瞬時に状況を見抜くところに歴戦の勇士の貫禄がある。が、その静かな声に違い、顔からは少なくない冷汗が流れている。
「じゃが、当然ながら背面で持ち手を変えるというのは相応の技量がいる。そして、微かなブレすらない左手の動き。恐らく二刀流の造詣も深いのであろう。なにより驚嘆すべきは心の強さと積み重ねた経験。心が崩れぬゆえに体勢を崩されても冷静に対応でき、経験があるからこそ状況への対応が素早くできる。力だけではない、ディアナ殿は心・技・体の全てが揃った強者じゃ」
そうして口にするビューイによるディアナへの評価。それを聞きながら、一同は感嘆した様子で訓練を見守り続けた。




