お祈り中毒者
勇者一行、そしてミスティラの襲撃があったその翌日の早朝。メリッサはゆっくりと目を覚ます。
「ここは…」
いつもの豪邸や野営のテントとはまた違う、質素なつくりの天井。そしてすぐに覚醒する。そう、ここは昨日の夜にメリッサに貸し出された教会の一室だ。
他の仲間たちは既に王都への帰路についた。ダークスだけは最後まで残ろうとしていたが、他の仲間達に強引に連れていかれてしまった。
「―――そうだ。私はマルドリッジ様に魔王の見張りを頼まれたのだ。奴は何処に…」
そういうやいなや、メリッサは跳ねるように跳び起き、ベッドのそばに立てかけてあった己が剣を手に取り、部屋を出る。
周囲を見回しながら教会内をうろつくメリッサ。とはいえ、この教会はそれほど広くはない。程なくしてメリッサは探していた魔王…ディアナを見つけ出す。小さな礼拝室で、丸の中に+と×を組み合わせた四本の線が引かれた文様をかたどった簡素な像に向かって、膝をつき、両手を合わせ、熱心に祈っているではないか。
「見つけたぞ魔王。貴様、一体何をしている?」
つかつかとディアナに歩み寄りながら質問するメリッサ。そこはかとなく、その口調には嫌悪感が感じられる。が、ディアナはその声には一切反応せず祈り続ける。無視をしている…と言う感じではない。近距離で声を掛けられても気づかない程、一心不乱に祈っている様子だ。
「おい魔王! 聞いているのかっ!?」
しかし、無視されていると取ったらしいメリッサは、声を荒げてディアナの肩を掴む。だが、そこまでしてもなお、ディアナから反応はない。
「このっ…!!」
「あーっ!! こらーっ!!! ディアナ姉ちゃんのお祈りを邪魔するなーーーっ!!!」
怒りと共に更に肩を揺らそうとしたメリッサの耳に突き刺さる大声。見ると、礼拝室の入り口に数人の子供と、見た事の無いシスターが立っていた。その中の一人、昨日ディアナにノーマと呼ばれていた少年がメリッサに右指を突きつけているのを見るに、叫んだのはこの子だろう。
「姉ちゃんから離れろーっ!!」「そうだそうだっ!!」「は、はにゃれてっ!!」
「なっ!? あっ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 私はただ魔王と話そうと」
「無駄ですよ勇者様。シスターディアナは一度祈り始めると、暫くの間はよっぽどの事がない限り微動だにしませんから」
怒りながら駆け寄ってきて、メリッサをディアナから離そうとディアナの服を引っ張って来る子供達に、慌てた様子で弁明するディアナ。そのディアナに、見た事の無いシスターは気怠そうに説明する。言葉だけでなく、服装も微かながらだらしなく着崩し、纏う雰囲気もけだるげなシスターだ。
「あ、貴女は…?」
「私はハーティ。この教会でシスターやってます。といっても、大体は麓の町に常駐してるんですけど、勇者様達が来訪してから教会がどうなったのか確認して来いと町に常駐している他のシスターたちにどやされて、一旦戻ってきたんです。はあ…下っ端はつれぇっす」
メリッサの問いに自己紹介をするシスター…ハーティ。しかし、そのいちいちダルそうな仕草に最後のけだるげな溜め息。おおよそシスターと言う存在にふさわしいとは言い難そうな人物だ。
「―――ん。今日はこれくらいにしておきましょうか。…おや? メリッサ様にシスターハーティ。それにノーマ達も。どうかしたのですか?」
と、ここでディアナが両目をゆっくりと開く。そして、自分の近くに集っている者達に気づいて首を傾げる。
「とぼけた事を! 貴様が無視したせいで私は子供達に責められているのだぞっ!」
そんなディアナにメリッサは怒り心頭と言った感じでメリッサを詰めようとするが、
「ディアナ姉ちゃんに乱暴しようとしてただろーっ!!」「そんなのダメっ!!」「ダメっ! ダメっ!」
「ぐっ!? い、いや違う! 確かに肩は掴んだが別に乱暴しようとは…」
即座にノーマ達に詰め返されのけぞってしまうメリッサ。
「良く分かりませんが…。祈りに集中して無礼をしてしまったというのなら申し訳ありませんメリッサ様。ほら、みんなもそこまでにしましょう。メリッサ様が困っていますよ」
そんなメリッサとノーマ達の間に割って入り、仲裁するディアナ。すると、まだいささか不服そうにしながらも、ノーマ達はメリッサから離れディアナの傍にきた。
「…っ。ふん…い、一応…助かったと、言っておこう」
「いえいえ、どういたしまして」
ノーマ達の詰めからは逃れられたものの、素直に礼をいう事が出来ないのか腕を組んで明後日の方を見遣るメリッサ。そんなメリッサを、ディアナはニコニコと見つめている。
「しかし…。そこまで熱心に何を祈っていたのだ貴様は? 魔王の祈りなど、創造神”レルディメニア”様もさぞ困惑なされた事だろう」
「何を…と言うほどでもありません。ただ、祈っていると体が、心が、そして…アレが落ち着くんです。ふふ、メリッサ様も一緒にどうですか? お祈りは素晴らしいですよ…」
そうして、祈りの内容を聞くメリッサ。聞く限りでは、何を祈る…と言うよりも祈りそのものが目的の様だ。アレ…とは、まあ、子供たちの前ではとても言えないアレ…の事だろう。
しかし、その後のメリッサを誘う時の目付きのヤバい事! 完全に中毒者の目付きだ。流石のメリッサも「い、いや…」と若干引き気味になるほどのキマリ具合。まあ、強烈な道具や薬を使っても抑えがたい衝動を抑えられるというのなら、はまってしまっても仕方ないのかもしれないが…。
と、その時だった。一人の少年が大きなカバンを抱えて礼拝室に入ってきた。歳はノーマとそう変わらないだろうが、見るからにヤンチャなノーマと違い、内気で大人しそうな子だ。
「あら、ビシュ。ふふ、準備は万端のようですね。では、麓の町へ行きましょうか」
「あー、当然魔術で飛んでいくのよね? だったら、私も連れて言って欲しいなー。歩いて町に戻るの面倒なんだよねー」
無言でカバンを突き出してくる少年…ビシュ。そのカバンをニコニコと受け取るディアナ。それに追随する様に、これまで黙っていたハーティもけだるげに口を開く。
「麓の町? そこへ行って何をする気だ?」
「お勉強です。私ともう一人の方が教えているんです」
唐突なディアナの言葉に当然疑問を持つメリッサ。対して、ディアナは簡潔に答える。
「お勉強って…学問の事か!? というか、き、貴様が先生だと!?」
「勉強嫌だな…」「おべんきょ…むずかち…」「う、ゆ……ゆ…」
しかし、その答えが心底意外だったのだろう。頓狂な大声を上げるメリッサ。しかし、ディアナの傍で辛そうな顔をしているビシュ以外の子供たちの言が、確かにディアナが先生をしている事を実感させる。
「ふふ、みんな頑張ろうね。ええ、本当に先生をさせて頂いてますよ。良かったら、メリッサ様も見学なさいますか?」
ぐずる子供達を慰めながら、メリッサに誘いをかけるディアナ。その誘いに少し間を置いてから、メリッサは頷くのだった。




