メリッサの微かな迷い
「さて、早速ですが、皆様はこれからどうされるのでしょうか?」
教会内の一室にて。ディアナの質問がメリッサ達に飛ぶ。部屋の中にいるのはディアナと勇者一行のみだ。
あの二連戦の後、ひとしきり子供達と戯れたディアナはメリッサ達と話があるとして、彼女達をこの一室に連れ込んだのだ。その際、子供達もミーズノも微かに不安そうな表情をしていたのは言うまでもない。
「―――一旦王都に帰還するしかなかろう。現状も報告しなければならんしな」
答えたのはダークスだ。忌々しそうな表情を見るに、苦渋の判断…といったところか。
「帰還? 大丈夫なのですか? 聞くところによると、現状、人間界そのものが窮地に立たされている上、現国王は暗君との噂もありま」
「貴様! 王への侮辱は死罪をもってしても償えぬぞっ!!」
ダークスの返答にディアナは質問を続けようとするが、その内容を言い切る前にダークスが激怒してしまう。しまった! ついいつもの癖で…と言った様子で慌てて口を手で閉じるディアナ。
「―――たとえ罰せられようと、嘘を吐くわけにはいきません」
「はああぁ…。気が重い…。せめてアンタがあのミスティラとかいう女を仕留めてくれていたら、少しでも言い訳が立ったのに…。魔王ってのも案外甘いのね」
目をつむり、覚悟を決めた声色で言うマルドリッジ。その横では言葉通りに重いため息を吐くアーコ。
「止めてください。勿論、私もいざとなれば殺生を厭うつもりはありませんが、子供達の見ている前でその様な事はできません。何のために、接吻を子供たちの視界から隠したと思っているのですか」
しかし、そのアーコの物言いに今度はディアナが少し怒気を含ませて言葉を発する。子供を理由にされると流石に言い返し難いのであろう。アーコは「っ…」と言葉を詰まらせてしまった。
「あの…マルドリッジ様…。本当にこの方が、あの悪逆と暴虐、卑猥の限りを尽くした恐ろしい魔王の生まれ変わりなのですか…? 今の所、その様な要素がまるで見当たらないのですが…」
「騙されるなナクア。どれだけ巧みに立ち回ろうと、この禍々しい魔力とあの下品な股間だけは隠せん
…いや、隠す気も無いのか。子供たちに見せられないだと? そんな一番見せてはいけぬ卑猥なものをぶら下げながら、偉そうなことをぬかしやがる。強姦以外の発散の仕方も知らんのか、愚か者が」
そんなディアナを前に困惑気味にマルドリッジに聞くナクアだったが、答えたのはダークスだ。正論ながらも、その声色は嫌味たっぷりだ。
「これについては、私も恥ずかしいし、仰る通りに教育上も全く良くないので何とかしたいのですけどね…。いくら発散しても駄目だったんです。発散した直後にここ…のみならず全身に力が漲って、さらに悪い事にその漲り方が急すぎて理性まで飛んでしまいそうになるんです。なので、迂闊な発散はもうしていません」
しかし、返って来たのはとんでもない答え。その危険な内容に女性陣は引き気味になり、唯一の男であるダークスも驚愕に目を見開いている。
「ばかな…。本当に何度発散しても力を失わないのか…?」
震える声で確認を取るダークスに、ディアナもゆっくりと首を縦に振る。
「ならば、精力を減衰する道具でも」
「もう使ってます。ミーズノ様に頼んで、並の男では一個で一生精力が湧かなくなるような強烈なやつを、外から道具で内から薬で何十個と使っているんです。それでも抑えられません」
次に提案をしたアーコだったが、これも即座に却下される。
「これで分かりましたねナクア。この者がいい人か悪い人か…それは確かにまだ判別はつきませんが、いつ二代目の魔王となってもおかしくない、危険な人物である事は確かなのです」
その一連のやり取りを見てのマルドリッジの答え。その答えに、ナクアも難しい顔で静かに頷いた。
「あの…」
と、ここで今まで一言も発しなかったメリッサが、おずおずと言った様子で口を開く。
「お願い…と言うより我儘なのですが、私はしばらくここに滞在してもよろしいでしょうか?」
「なっ!? な、何をバカな事を言っている!? そんなこと許可できる訳なかろうっ!」
その発言に、即座に反応したのはダークスだ。明らかに狼狽えている。
「理由を聞いても?」
「この人を見極めたい。大きな危険を秘めているのは確かだけれど、それでも、あんなに子供に懐かれている人を滅するのはどうしても…」
そんなダークスを遮り、真顔で尋ねるアーコ。そのアーコと同じくらい真顔で返答するメリッサだが、言葉を言い切れず尻すぼみになってしまう。まるで、今のメリッサの迷う心を現す様に。
「メリッサ! 何を血迷っている!! 先ほども言ったが、そんなものは演技に決まっている!! 下らぬ猶予など与えず一気に」
「分かりました。王には我々から伝えておきますので、メリッサ。貴女には暫く魔王の見張りを頼みます」
大声でメリッサに怒鳴りつけるダークスだったが、やはりその怒鳴りは途中でマルドリッジに遮られてしまう。更に、その時に発したマルドリッジの判断に、ダークス、アーコ、ナクアは目をむく。
「いいんですか? マルドリッジ様」
「構いません。確かに子供たちに囲まれたあの光景を見れば、ナクアやメリッサが魔王の残虐性に疑問を持つのも無理はありません。二人とも、根は優しい娘達ですからね。ですが、だからこそ直ぐに気付きます」
アーコの確認に、マルドリッジは一つ頷いてから言葉を紡ぐ。そして、視線をディアナに移す。その視線は相手の全てを拒絶する、絶対零度と言っても過言ではない程の冷たさだ。
「やはり、魔王など滅するべき存在だ…と」
その視線と同じく、冷ややかな口調で断言して見せるマルドリッジ。その言葉には、怒り、憎悪、嫌悪、怨恨といった、あらゆる負の感情が込められいるのがヒシヒシと伝わって来る。
「―――ぐっ! いや、やはり俺は反対だ! メリッサをこんな無限に下品な獣の傍において、キズモノにでもされたらどうするつもりだ!? 考え直せメリッサ!!」
「しませんそんな事! ………ですが、メリッサ様と一緒に居られるのは少し嬉しいですね。ふふ…」
「勘違いするな魔王。貴様となれ合うつもりなどない。少しでもおかしな真似をしたら、その時こそどんな手を使ってでも貴様を滅してみせる。肝に銘じておけ」
あまりにも冷たすぎるマルドリッジに場が少しの間だけ沈黙したが、それを破ったのはやはり納得がいかないのであろうダークスだ。マルドリッジの冷徹な感情はかなりの物だったのだが、それをすぐに打ち払うあたり、よほどダークスはメリッサが教会に残るのが嫌なのだろう。
一方、そんなダークスを真っ向から否定し、かつ、メリッサと一緒に居られる事に嬉しそうに頬を緩ませるディアナ。即座にメリッサから厳しい言葉を浴びせられるが、そんな物どこ吹く風とばかりにニコニコと輝く笑顔を披露している。
そんな三者三様の場に、アーコはヤレヤレ…とばかりに首をすくめ、ナクアもふう…と、ため息を吐くのだった。




