転生した魔王
―――かつて、世界を荒らしまわった魔王がいた。その魔王はたった一人で世界中の人々を殺し、犯し、遂には同族であるはずの魔族にさえその牙と欲を向け、その勢いはまさに世界を滅亡させんという程の者であった。
当然、この様なものを良しとするはずがなく、神の力を与えられた勇者、それに付き従う世界に点在する様々な種族の中でも特に優れた猛者たち、更には各国の軍隊が協力してこの魔王に立ち向かった。
長く苦しい戦いの果てに、勇者と付き従う猛者たち、そして何千万という各国の兵たちの犠牲の上に、遂に魔王は打ち倒される事となる。
後に”魔王大戦”と呼ばれるこの大規模な戦いから、二百と余年が過ぎ去ったある日の事であった。
「どうか………どうかこの子をお助け下さい…っ!」
強く雨が降る日の夜。とある教会、一人の女性が赤ん坊を抱えながら、目の前のシスターにすがる。元は気品がありそうであった服装はボロボロの泥だらけである所を見るに、何処かいい所に住んでいた女性が何らかの理由で追放された感じだ。
一方、シスターの顔は難しく歪んでいる。明らかに警戒しているその視線は赤ん坊に注がれていた。
一見すると可愛らしい赤ちゃんだ。将来は間違いなく美少年に育つだろう。が、問題はそこではない。
この赤ちゃんからあふれ出すあまりにも禍々しく強大な魔力。本来、魔力は成長と共に強くなっていくものであり、赤ん坊のころから魔力が溢れ出しているなど、それなりに社会経験をしているシスターをもってしても聞いた事がない。
これだけでもこの赤ん坊は危険だとわかるに十分な要素だが、女性ゆえに更に警戒を強める要素がもう一つあった。なんとこの赤ん坊、男性器がでかでかと主張しているではないか!
赤ちゃんの頃から性的な主張をしている存在などそれこそ聞いた事がない…と、言いたいところだが、シスターには一人だけ心当たりがあった。そう、かつて世界を滅亡させようとした魔王だ。
彼の者は好色家、強姦魔としても有名で、死してなおその剛直が緩むことがなかったと言われるほどの性豪でもあったと伝えられている。加えて、その容姿は強さに反し小柄で美青年…いわゆる”女殺し”でもあったと伝えられていた。
その恐ろしい存在を彷彿とさせる赤ん坊。本来なら、ここで未来の危機の芽を摘んでおくべきなのだろう。が、ここは教会であると共に児童の養護施設でもある。そして、元は普通の教会であったこの場所を児童の養護施設として改装したのは、誰あろうこのシスターだ。
その様な慈悲深いシスターが赤ん坊を見捨てられる訳もなく、また、女性の必死の懇願もあり、結局この赤ん坊は教会に引き取られる事となった。
そして更に十年後。この教会に危機が訪れる。例の赤ん坊は正体を知られる訳にはいかないとひっそりと育てられていたのだが、遂にその存在を国に察知され、なんと現代に蘇ったと噂される勇者達一行を派遣されてしまったのだ。
「例の人物に会わせていただきたい。これは王命であり、逆らう事はすなわちこの施設で働く者全てに反逆の意あり…と捉えられると心得られよ」
少女が豪奢な剣をあの赤ん坊を引き取ったシスターに突き付け威圧する。軽装ながら華美な鎧に身を包み、燃えるような赤い髪に、キリっと引き絞られたやはり赤い両眼。意志の強さを感じさせる美少女だ。
「…っ! そ、それはいくら何でもあまりにも横暴! せ、せめてかの幼子を隠した私のみに罪を」
「黙れっ! 貴様の意思など関係ない! そもそも貴様、事の重大さを理解しているのか!? 貴様のやった事は世界を破滅に導くかもしれんのだぞ!!」
赤髪の美少女に頭を下げて頼むシスターだったが、この懇願は美少女の隣にいた大柄で全身を白銀の鎧に身を包んだ男の一喝に阻まれる。こちらもまた青髪のワイルド風の美青年だが、そこはかとなく嫌らしい雰囲気が漂っている。
「ミーズノ様、私は大丈夫です。さあ、みんなも教会の中へお入り…」
「やだっ! ディアナ姉ちゃんは俺が守るんだ!」
「ディアナお姉ちゃんと別れるなんてやだよーっ! ミリムも一緒がいいっ!」
と、そこに数人の子供を連れた新たなシスターが現れる。その唐突さに赤ん坊を拾ったシスター…ミーズノは慌てて新たなシスター…ディアナを教会に戻そうとするが、ミーズノが何かを言う前にディアナはミーズノの口に人差し指を当て、黙らせてしまう。
更に自身の周りにいる子供たちを教会内へ入れようとするディアナだが、子供たちは嫌だ、離れたくない、となかなかいう事を聞いてくれない。中には赤髪の美少女一行に向かって木の棒を構えている子も居るほどだ。見た感じ周りの子供達と歳は殆ど離れていない筈なのに、なかなかの慕われようだ。
「―――あなたが、転生した魔王…っ!」
「―――ふん、さしずめ性欲に支配された獣…と言ったところか。下品極まりない」
「―――あ、あの汚物で数多もの女性を阿鼻叫喚の渦に陥れたと…っ!」
「―――お、悍ましい…っ! この世に生を受けまだ十と余年ですが、あれ程までに悍ましいものに今後遭遇する事は絶対にないと断言できるほどの、凄まじい悍ましさ…っ!」
一方、勇者一行はディアナのある一点を凝視しながら、銀髪のエルフを除き怒り、不快、恐怖を口にしている。そう、ぱっと見、太陽のように輝く金髪に大きな瞳、柔和な顔つきと美少女に見えるディアナだが、股間のふくらみがこのシスターが♂である事を如実に物語っている。
「………? どうしたの魔王? 私の顔に何かついているの?」
そんな中、赤髪の美少女がディアナが自分の顔をじっと見つめている事に気づいた。
「はっ!? あ、い、いや、その…。す、凄く好みの顔だったので、つい見惚れて…。あ、あの…もし良ければ貴女のお名前を…」
「ばっ、ふっ、ふざけるな貴様っ!!! 貴様の様な下品な汚物に名乗る名などないっ!!」
そして、返って来た答えに勇者一行の時が止まる。が、名前を聞かれると、いち早く時が動き出した大柄な男に一喝されてしまった。その喝にシュンとうなだれるディアナだが、
「…良いわ、教えてあげる。メリッサ・ディハトーン。これが、貴方を滅ぼす者の名よ」
大柄な男に続き時を取り戻した赤髪の美少女…メリッサは名乗った。
「なっ…!? メリッサ、何故…?」
「まあっ!? ふふっ! メリッサ様ですね? お教えいただきありがとうございます。ですが、私を滅ぼす…ですか…。うーん………」
その名乗りに、大柄な男は戸惑いの声を上げ、ディアナは一転して歓喜の声を上げる。しかし、その直後にディアナはメリッサを含む勇者一行を見回して不可解そうに唸った後、この五人組の最後方にいた銀髪のエルフに唐突に視線を向ける。
「貴女、マルドリッジですよね? 一体何を考えているんです? 私…というより、魔王の強さは実際に戦った貴女が身に染みて知っている筈です。だというのに、この様な花どころか蕾にすらなっていない未熟な者達を魔王の下へ送るなんて…」
「…前世の記憶を受け継いでいるのか。厄介な…」
先ほどまでの柔和な雰囲気を消し、懐疑的な視線で銀髪のエルフ…マルドリッジを詰めるディアナ。対して、ボソッと呟くマルドリッジ。そして、未熟と言われたメリッサ達がいきり立って何かを言おうとした直前に、
「残念だが、私達には時間がないのだ。それに、この子達は勇者と認められたメリッサを筆頭に皆優秀な子達だ。蕾以下だからと見下していると、足元をすくわれるぞ」
と、今度はハッキリとした口調で言い切って見せる。
「時間がない…? ―――!」
マルドリッジの言に改めてメリッサ達は頷き、各々の得物をその手に取る。一方、ディアナはマルドリッジの言に不可解そうに眉をしかめるが、数瞬の間を置いて、何かに気づいた様に視線を明後日の方へ向ける。
「愚かなっ! 滅びよっ!!」
戦闘態勢に入っているメリッサ達を前に目を背けるなどと言う完全に油断している行為に、その隙を突いたメリッサが若干の怒りを込めた突きをディアナに向かって放つ! その一撃はディアナの頭に突き刺さる!!
「お姉ちゃん!」「おねえちゃん!」「おねたん!!」「ディアナっ!!」
致命傷に見えたであろうディアナの後ろにいた子供達とミーズノが悲鳴を上げる。だが、少しして様子がおかしい事に子供達とミーズノは気づいた。
「ぐっ…! ぐぐぐっ………!?」
苦悶の声を上げて剣を押し込もうとするメリッサ。しかし、剣はディアナのおでこで止まったまま一ミリたりとも埋まらない。
「ばかなっ!?」「あのディアナの一撃が…」「全然効いてない…っ!?」
「…。やはりまだ…時期尚早であったか…。あと二年、いや、一年余裕があれば…っ!」
その光景に他の者達は驚愕の表情を浮かべ、マルドリッジに至っては、苦悶と悔恨がありありと滲み出ている。
そんな中、ディアナがスッと右手を上に上げる。その動きに過敏に反応したメリッサは咄嗟に身を引き距離を置くが、そんなメリッサには目もくれず、ディアナは先ほどまでメリッサ達に木の棒を向けていた男の子に右手を向けた。
「ノーマ。そのいい感じの木の棒を私に貸してくれますか?」
「へ? あ、う、うん…」
そうして、男の子…ノーマから借り受けた木の棒を、ビシッとメリッサ達に付きつけて、
「さあ、かかってきなさい勇者達よ! せめて、この木の棒を切り落とすくらいはやって見せてください!」
と、大仰な構えと共に言い放った。
「―――舐めやがって。アーコ、ナクア、マルドリッジ様も、準備は出来てるよな?」
「当然でしょダークス。私達を舐めた事、後悔させてやるわ」
「アーコに同じくです。必ず勝って、帰りましょう」
腰に差した剣の柄を握り、静かに怒りを漏らす大柄な男…ダークスの確認に、魔導士風の女性…アーコと、ディアナやミーズノとはまた少し違うシスター服に身を包んだ女性…ナクアが答える。マルドリッジも無言ながら頷く。同じく、少し離れた距離にいるメリッサも再び剣を構える。
後に、転生した魔王の初陣として伝えられる戦いが、今始まろうとしていた。




