71策にはまる
表に護衛兵が立っていた。
「クリス殿下にお見舞いに来たんですが」
私はプリンとミルクココアを持って部屋を訪れた。ワゴンにはプリンとミルクココアが入ったポットが置いてある。
「少々お待ちください。食べ物は持ち込めませんが」
「では、私がここで毒見をしても構いません。きっと殿下はお喜びになると思うんですが‥」
「殿下に聞いてみます」
すぐに護衛兵が現れた。
「殿下は食べたいそうなので、ここで毒見をお願いしていいですか?」
「もちろん」
私は護衛兵が選んだプリンを一口掬って口に入れる。ミルクココアはポットから注いで飲んで見せる。
じっとそれを注視する護衛兵。しばらく時間が経った。
「これでいいですか?」
「はい、問題はないようです。失礼しました。どうぞお入りください」
私は中に入った。
クリス殿下は執務机の前に座って仕事をしていた。
「フレイシア会いたかった」
彼は立ちあがってわたしの前に来た。
「クリス殿下、お元気そうで良かった。心配しておりました」
「君が治してくれたって聞いた。ありがとう。何度も君には助けてもらいっぱなしだね。今度何かお礼がしたいんだけど」
「とんでもありません。当然の事です。それより殿下。プリンとミルクココアをお持ちしました。もし良かったら召し上がって「君が作ったプリンなの?」はい、もしお嫌なら‥」
「喜んでいただくよ」
クリス殿下はそう言うとワゴンに置いてあるプリンを取った。
「殿下、私が‥」
そう言っている間に彼はプリンを口に入れた。
「うまい!これ、ほんとにフレイシアが作ったのか?王城の料理人が作ったプリンよりうまい。いや、幸せだ。君がわざわざ私の為にプリンを作って来てくれるなんて」
彼も王族で容姿端麗で優しい印象。そんな人が喜んで頬笑みを浮かべるとこれはもう殺人級の眩しさだ。
「殿下、座って食べて下さい。まだミルクココアもあるんです。熱いですからゆっくり飲んでいただかないと‥」
彼を落ち着かせようとワゴンからカップを取りミルクココアを注いでいく。
くっと彼が目を見張る。
緋色の瞳が子供みたいに見開かれ口元は綻ぶ。
「ミルクココアもあるのか?ああ、生きていて良かった。君にこんな、こんな事をしてもらえる日が来るとは‥フレイシアも一緒に」
クリス殿下はワゴンのそばを離れようとしない。
「ええ、ですから殿下。座って‥」
「ああ、ああ、そうだな」
やっとクリス殿下はソファーに腰を落とす。
私の分も入れて目の前のテーブルにカップを置く。
クリス殿下がゆっくりカップを持ち上げミルクココアを口に入れる。
「ゴクリ‥‥はぁぁぁ~身体中に染みわたるなぁ」
大げさだな。この辺りで私はだんだん気持ちが引いて行く。クリス殿下って子供っぽいんだ。そう、彼はずっと病で、見た目は大人。でも、中身は子供なんだ。
こんな人を騙すのは忍びないが、背に腹は代えられないから。
ごめんなさいクリス殿下。心の中でそう呟く。
「フレイシア飲まないの?」
「ああ、いただきます」
私もミルクココアに口をつけながらクリス殿下の様子を伺う。
ひとしきりミルクココアを味わったクリス殿下がやっと落ち着いたと見極めると声をかけた。
「クリス殿下」
「何だいフレイシア?その殿下は止めない?クリスでいいよ。さあ、クリスって言ってみて」
「‥クリス‥お願いがあるんです」
「もう、何だい?私の愛しい人」
いちいち反応がいやだ。けど。
「あの‥」
「なに?言いにくい事?いいから、言ってみてごらん」
ニコニコスマイルのクリス殿下。もといクリス。これ言ったら怒るだろうな。でも、何とかエバン様を助けなきゃならない。
「エバン様。エバン・チェスナット辺境伯を助けて欲しいんです」
「エバン?ああ、私を襲った。でも、それは難しいよ。ニルス国の辺境伯がキアラルダの王族である私を襲ったんだ。何もなしじゃすまない。わかってるよね?フレイシアも」
「もちろんです。無理を承知でお願いします」
「それは相当の無理だけど‥」
彼は顎に手を添えて考える仕草をする。
「どうかお願いします」
「それほど彼が大事なの?」
ひゅっと冷たい視線が向けられる。
大事です。死ぬほど大事なんです。なんて言えるはずもなく。
「でも、あの時彼は操られていたんです。ですから無実なんです。無実の人を処刑するなんてキアラルダの信用問題でしょう?」
「それを証明できる?」
「いえ、それはまだ‥」
私は彼の向かいで唇と拳をぎゅっと握りしめる。
ふっと彼が立ちあがった。執務机の方に歩を進めくるりと向きを変えた。
「そうだなぁ~‥‥私の言うことを聞いてくれるなら考えてもいいけど」
罠だ。心の中で警報が鳴る。でも、もう後がない。わらをもすがる気持ちってこういう気持ちなんだろうなって。
「何でも聞きます。だから彼を助けてあげて‥お願いします。私に出来る事なら何でもします。だから‥エバン様を‥」
「エバンは幸せ者だな‥」
しばらく間があった。じっと彼を見つめて答えを待つ。
「エバン・チェスナットを助けてもいい。私と婚約してくれるなら、いや、結婚して王となる私の隣に。王妃になってほしい。どう、君はどうしたい?」
ぎゅっと脳芯の奥が締め付けられるような気がした。
彼に見据えられて何だか目の前がくるくる回って思考が。
エバン様が助かるなら‥嘘をつこうと思っていた。クリス殿下が好きだって彼を誘惑してエバン様を助けるように仕向けて、彼が助かったらクリス殿下との婚約を破棄しようと思っていた。
でも、そんなのいけない事だ。今のクリス殿下の目は本気だってわかった。
私が他の人を好きでもそれでも手に入れたいって気持ち何だか痛いくらいわかる気がして、そんな人に対していい加減な気持ちじゃいけないって。
覚悟を決めろって事なんだって思う。
私も彼の気持ちに応えなきゃいけない!!
何だかそんな気がしてくる。
そうよ!私はクリス殿下が好きにならなきゃいけない。絶対に。
クリス殿下が好き。そう、私はクリスが好きなの。
私の思考はクリスが好きと書き換えられていく。
「はい、クリス。私あなたと婚約します」
「それは彼を救うため?」
「いいえ、私はあなたが好き。だから結婚したいんです」
彼の顎が突き出された。
「本気か?フレイシア。それは本心か?」
「はい、もちろんです。嘘は言いません」
「よし、わかった。すぐに婚約しよう。エバンは助ける。だが、彼はニルス国に強制送還するいいね?」
「はい、クリスの思うようにして下さい」
「フレイシアは後悔しない?それでいいのか?」
「はい、私はクリスが好きなんですから」
クリス殿下が私を思いっきり抱き上げる。ぐるぐる身体が回って行く。
そうこれでいいんだ。私はクリスが好きなんだから。




