25キアとの約束
私はいけないと思いながらもエバン様の執務室に出向いた。
ちょうどラヴァード副隊長が執務室から出て行くのが見えた。
もう、話は終わったみたいね。行くなら今よ。
重厚な扉をノックする。
「ラヴァードか?」
エバン様の重低音なボイスが聞こえてはしたなくもドキッとする。
「あの‥フレイシアです。忙しい所申し訳ありません」
ばこっ!あたっ!
何やら騒がしい音がしていきなり扉が開いた。
「フレイシア?どうした。何かあったのか?」
エバン様の顔が強張ったと思ったらふわりと目じりが下がった。
「す、すみません。お忙しかったですよね。でも、耳に入れておいた方がいいと思うことがあって‥」
「それでわざわざ来てくれたのか。ありがとう。ちょうど今からフレイシアの所に行こうかと思っていたんだ。まあ、ここでもいいか。おい、マリン!お茶を頼む」
彼は廊下から大きな声でマリンさんにお茶を頼んだ。
「さあ、とにかく入って‥どこでも座っていいぞ」
「はい、ありがとうございます」
私は執務室の真ん中にドカッと置いてあるソファーの扉側に一番近い所にちょこんと腰を掛けた。
その横にエバン様がドカリと座る。
「そんな端っこ。もっとこっちに座っていいから。さあ‥」
「はい」
私はもう一度腰を上げてもう少し中寄りに座り直す。
「それで俺に話しって?‥いや、もしかして俺を遠ざけたいとか、この屋敷から出て行くって話なのか?」
エバン様はぎゅっと眉根を寄せたと思ったらしゅんとした顔になった。
「違います!わ、わたしエバン様の事嫌ってなんかいません。むしろ逆です。こんな私に親身にしてもらってどれほど私の心が満たされているか」
エバン様の瞳が見る見るうちに輝きを取り戻す。
「それはフレイシアが可愛すぎるから‥いや、それはほんとか?俺の事嫌いじゃないんだな」
「もちろんです」
ぐいぐい寄って来られてエバン様の顔が目の前に近づく。
生暖かい息が右の耳たぶにかかってくすぐったい。
「‥やっ、だめです。ふふっ、‥あ、もぉ、くすぐったい~」
「ふ、ふれいしあ‥」
ぎゅっと抱きしめられエバン様の顔が近付いて来る。
‥キスされる。
そう思った瞬間私は彼の袖を握って目を閉じた。
ふわりと彼の香りが鼻腔をくすぐり柔らかなそれでいて冷たい感触が額に触れた。そしてすぐにまぶたに頬にこめかみに優しいキスが落ちて来た。
「フレイシア好きだ‥」
突然の告白。ずるい!
ふっと目を開く。目の前に強面だけど誰より優しい人の顔。茶色の瞳は優しい眼差しで私を見つめて‥好きだと言った唇が私の唇を塞いだ。
頭の中がふわふわしているとすっと唇が離れて行った。
私は彼の袖をぎゅっと握りしめたまま彼を見上げる。
「エバン様‥私もあなたが好き」
心の手綱は甘いキスで緩み切って本心が零れ落ちた。
「ふ、フレイシア!ほんとか?ほんとに?ああ、もう死んでもいい‥」
相変わらず彼はひとりでぶつぶつ悶える。
「もう、エバン様ったら!」
そんな年甲斐もない姿さえ私を虜にしてしまうって知ってます?私はクスクス笑いが止まらない。
そこにノックの音が‥マリンさんがお茶を運んできてくれた。
ピッタリ寄り添った私達、ぎゅっと握られた手をあたふたと離す。
マリンさんはそんな私達を見ないようにお茶を置く。けど。
「旦那様。フレイシアさんはお疲れなんですからあまり無理を‥」
「わかってる。お茶を飲んだら部屋に返す」
エバン様がさっと私から距離を取って佇まいを正す。
「くすっ」
彼の誠実さが伝わって私の胸がふわりと緩んで笑いが漏れた。ジェリク殿下の時はいつも神経がピリピリ逆立っていたことを思い出す。
ああ~この空間にずっといたい。って思った。
「では、ごゆっくり」
マリンさんがそう言って部屋を出て行った。
めちゃくちゃ気まずそうな顔をしたエバン様はもう一度姿勢をピシッと正した。
「すまん。そうだった。話があると言っていたな。フレイシア話してくれるか」
「そうでした」
私も大切な話をしに来たのにって背筋を伸ばした。
何だか気まずくて二人同時にカップに手を伸ばしお茶を飲んだ。
「キスした事、後悔してるのか?」
「とんでもありません。うれしかったです‥」
「そうか。いや、すまん。そうだ。話を‥」
エバン様が顔を赤くして嬉しそうにして私を見た。
もう、エバン様ったら‥ううん、そうじゃなくて大切な話をしなきゃ。
「はい。私が月の精霊の加護を受けてるって話しましたよね。実は精霊に聞いたんです。ニルス国があくどいやり方で月の精霊を使ったために月の精霊は弱ってしまい女神キアーナ様が何度かニルス国に助けにいらっしゃったらしいんです。そのおかげで竜神レオン様が怒ってキアラルダ国に疫病や天災を起こされたらしく、今はもうお二人とも天にお戻りになられているらしいのですが一度起きた疫病や天災はすぐには元に戻せるはずもなくそのせいでキアラルダ帝国はニルス国にかなりの怒りを持っているらしいんです。すぐにでも月光水晶をキアラルダ帝国に返さなければニルス国はいつ滅ぼされるかもわからないらしいんです。だから私‥」
「ああ、俺も同じ気持ちだ。魔物の出没が頻繁なのもキアラルダ人が裏で糸を引いていると分かった。こうしてはいられないから俺は明日、王都に行くつもりだ。急いで事実を国王に知らせて月光水晶をキアラルダ帝国に返さなければならない」
エバン様が私と同じ気持ちだとわかってほっとする。
「やはりラヴァード副隊長とのお話はその事だったんですね」
「ああ、それでだ。フレイシアも一緒に王都に来て欲しい。君は月の精霊の加護を受けている。国王の前ではっきりと事実を話してもらえると話が早いと思うんだ」
「‥ですが、私は一度聖女の地位を失い王都を追われた身です。そんなにうまく行くかどうか‥」
「事態は急を有すると思う。もしも可能なら月の精霊に現れてもらうことは出来ないだろうか?月の精霊が国王の前に現れればこれほど確実な方法はないと思うんだ」
「それは‥キアに聞いてみないと」
「キアというのが月の精霊?」
「はい、キアがいいと言えば‥ですがニルス国は今までキアを傷つけて来ました。彼女がどうするかわかりません」
私は少し怒っていた。だってこんな都合のいい話ってある?キアを散々利用して傷つけて来たのに!こんな事尋ねるのだって私は戸惑っている。
(フレイシア。私、国王に話しをしてもいいよ。月光水晶をキアラルダに。ううん、竜神の隣に返してくれるのが絶対条件だけど)
(いいの?キアに嫌な思いをさせた奴なのに)
(まあ、嫌な奴は国王だけじゃないけど、もしだめだったら私が月光水晶を持ってキアラルダに帰るわ。その時はに二度とニルス国には竜神の加護も月の女神の加護もないと思ってね。この国は滅びて行くしかなくなると思うわ。フレイシアの事は好きだけどそれも仕方のない事だから諦めてくれる?)
(わかった。エバン様に話してみる)
「エバン様、キアは一緒に行くと言っています」
「そうか。助かる‥」
「でも、もし失敗したらキアが月光水晶をキアラルダに持って帰るそうです、その時はニルス国は竜神と月の女神の加護を失うそうです。失敗すればニルス国は滅びることになります。私もキアに見放されることになると‥」
「‥いや、どちらにしても同じ事だろう。キアラルダに攻め込まれればニルス国は間違いなく崩壊する。ああ、それもこの国の貴族が招いた事。だが、領民は巻き込むわけにはいかない。何としても月光水晶をキアラルダに届けなければな。キアに頼むと言ってくれるか」
「はい」
(キア、国王の前で真実を話してくれる?)
(ええ、約束する)
(ありがとうキア)
「キアは了解してくれました」
「そうか。キアありがとう。もし何かあってもフレイシアは俺が命に変えて守る。女神キアーナに誓う」
(フレイシア。彼の愛は本物みたいね。私あなたとエバンは助けてもいいわ)
(キアったら‥エバン様はきっと自分だけ助かろうなんて思っていないわ)
(彼こそがこの国の王にふさわしい気がするわね)
(まったく‥)




