02.戦いの始まり
02.戦いの始まり
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整備された大きな道路を小型オートモバイルを乗って走る人物がいた。小型オートモバイルとは特殊なエンジンで駆動し、長距離を移動する乗り物である。大型に比べると、小型は一人か二人しか乗れないのだが、スリムさと風を肌で感じる全体的な作りが便利だ。
白銀の長い髪を風に靡かせ、オートモバイルに跨がった青年はどこかの路をオートモバイルで走りながら、遠い過去の記憶を思い出す。
燃え盛る炎、崩れていく壁。転がる死体。その中で、少女を横抱きにし立っている男性の姿。
冷たい眼差しでこちらを見ていた。
「…………」
まだ、脳裏に焼きついている。鮮明に思い出せるのだ。
対峙し、敗北し、大切な者を奪われて行った。
頭にこびりついて離れない、男が放った言葉。
────彼女を取り戻したいか……? 俺達が憎いか……? ──ならば、俺を殺しに来ればいい。
記憶の中の男の唇が静かに動く。その声さえも明瞭に呼び起こされるのだ。
男が静かに放った言葉が今も、呪いのように自分を過去へ縛りつけている。
「…………」
あの男を殺し、大切な少女を取り戻す。その為に今まで生きてきた。けれど、男も少女の行方も細い糸のように情報が掴めない。
二人の行方を捜し、各地を放浪しているが掴めない。きっと、定住せずにあちらこちらを放浪しているのだろう。
「…………アルバ」
あの日、連れ去られた、大切な少女の名前を口にする。一緒に暮らし、彼女の……、アルバの暖かな笑顔を思い浮かべる。
アルバの笑顔を守りたかった。
けれど、アルバは男に連れ去られ、行方は長いこと分からず。
──あの男と共にいることは分かっている。
当てのない旅路、だが、必ずアルバとあの男を捜し出す。
記憶の中、アルバを連れ去った男。ピンク色の長い髪と鋭い金色の瞳を持ち、儚げな印象を与える男だった。静かだが、強い意志を感じさせる低い声で話す。
突然、現れた男は自分を打ち負かし、自分やアルバが暮らしていた環境を壊していった。たった一人で。
名前を名乗ることもなく、去っていったが、自分はこれまでの長い旅で男の名前を知った。
────アリス。
アルバを連れ去った男の名前。記憶の中でピンク色の長い髪が靡く。気を失ったアルバを抱えたアリスは鋭い眼差しで自分に視線を向けるのだ。
オートモバイルを操作するために握っていたハンドルに強い力がかかる。ハンドルを強く握り締め、視界が揺れる。
平静を保って運転出来ず、路の隅にオートモバイルを停め、頭を抱えた。
アリスの瞳を思い出すと、感情が大きく乱れる。鋭い眼差しの中にあった、アリスの瞳には哀しみの色が僅かに滲んでいた。あの日、あの時に自分と対峙したアリスは何を思い、何を感じていたのか。
胸が締め付けられるように、苦しい。
視界が揺れる。
いつもそうだ。アリスを思い出すと感情の波が激しくなる。
そんな自分に、平静を取り戻させる通信が耳につけた通信機から聞こえた。
〈──ゼロ〉
通信機から、よく知った声で名前を呼ばれる。
ゼロは気を取り戻そうと、頭を横に振った。
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────西大陸、小国シュッツェ観光区ラトから移動魔法で飛んできた一行は観光区エト、その街中へと到着した。この街は世間の常識から見れば、ダークゾーン。法的に見れば、グレーゾーンであろう。
治安はお世辞にも良いとは言えない場所だ。無法者や裏で生きている人間がそこかしこで歩いている。
予め、ルディーが人気のない場所を座標に設定してくれたおかげで移動魔法で飛んできても騒ぎにはならなかった。
アリス達が到着した場所は外である。地面を見れば、ゴミが散乱し、周囲は亀裂が入った廃墟のような建造物が建ち並んでいる。空気は淀んでおり、一般観光客は近づかない街であろう。
「…………す、すごいところだね……」
アシェロが困ったような表情を浮かべ、小さく声に出した。
小国シュッツェの闇の部分であろう。この街には清掃という概念が存在していないのではないかと思うほど。
「…………死体が転がっていても違和感はないな」
アリスが呟く。
それを聞いたアシェロは「ひゃー」と小さな悲鳴を上げた。
「物騒なところね……。気をつけて任務に当たらなくては……」
ティアは周囲を見回す。建築物は老朽化が進んでも取り壊しや、補修がされていないのだろう。観光区、と言われてはいるがとても観光できるような街ではない。小国シュッツェがどのような国か、この街を見れば分かる。
「国の財の収入の何割かが希少種族の闇取引とも聞く国だ。希少種保護条約にも加盟していない」
アリスの説明に、アリーシャは悲しそうな表情をし、そのアリーシャの頭をアリステアが慰めるように撫でる。
昔から希少種と呼ばれる一部種族は高額な金銭で取り引きされ、沢山の悲劇を生んで来た。彼らの犠牲に国が成り立っていたことがあるなど、闇は深く、それは現代まで続いている。
…………力のある保護団体が出来たのは昔よりもマシな境遇ではあるのだろうけど。
アリスは昔の彼らを思い出す。犠牲を強いられ、人権など昔の彼らには許されなかった。
北大陸の名家エルヴァンスの現当主を筆頭に、権力のある者が保護団体を設立したことで表立って彼らを救うことが出来るようになったのだ。
「……こわいね、アリステア……」
街の中の不穏な空気を感じ取り、アリーシャはアリステアの腕にしがみつく。
ピリピリと、細く鋭い針を刺されるような殺気を肌に感じる。こちらに気づき向けられた敵意の視線が複数。
アリス達も感じてはいるが、相手の出方を窺う。
「────アリス」
「……アリステア、いつも通りに」
「…………うん。アリーシャはボクが守るよ」
アリステアはしっかりと頷く。アリーシャはアリステアの腕にしがみつきながら、不安そうな眼差しをアリスに向ける。アリスは落ち着いており、相手の気配を探っている。
アシェロ達も周囲を警戒する。
突然、現れた異物のような自分達が快く歓迎されるなど、微塵も考えていない。手荒い歓迎はされるのだろうが……。
…………数は複数。
気配を隠しきれていない者がちらほらいるが、中には気配を押し殺し、遠くから攻撃をしかけてくる者もいるだろう。
数分間の膠着。
風が吹いた。そして、相手が動く。
物陰から飛び出す者が十数人。遠距離から僅かな音が耳に入った。
迫る複数の敵。だが、どれも連携が取れていないらしく動きが違う。
アリスは瞬時に短銃を手にする。視界に入った敵と、気配で感知した敵に向かって速射で六発。アリスの短銃から発砲された弾は狙った敵の身体に撃ち込まれた。襲いかかろうと迫ってきた六人は弾の威力と衝撃に吹き飛ばされる。
「ぐあぁっ!」
「ぐう!」
様々な声を上げ、地面に倒れる者もいれば、建物に突っ込む者もいた。通常の弾であれば殺傷能力があるが、アリスの使っている弾はアリスの魔力が込められており、衝撃を食らう程度に威力を抑えている。
正確な速射によって先ずは六人。それはほぼ一瞬の出来事である。
それを横目にしたとしても、敵は足を止めるわけにはいかない。突如現れた異物たるアリス達の排除が最優先である。
自分達の方へ向かってくる敵を視界に入れても、アリスは冷静さを崩さず、的確な対処をする。
片手に握った短銃の銃口を、迫る敵に向け、アリスは引き金を躊躇いもなく引いた。
アリスの近くに立っているアシェロも銃を手にし、遠距離にいた敵の攻撃を相殺し、敵を複数撃ち抜いた。
地面に這いつくばる者、苦痛に耐えながらも蹲る者、反応は様々である。
苦痛に顔を歪ませた敵がアリス達に言う。
「…………お前ら、観光客じゃ……ねえだろ……どこのモンだ」
敵の質問、アリスは馬鹿正直に答えてやる気は無かった。
「────さあ? 身に覚えがあるんじゃないか?」
アリスは言うと、敵に向かって銃を撃った。
魔力式の武器であるため、発砲音も小さく、殺傷力もアリスの技術でコントロール出来る。
暫くは身体を動かすのも辛いだろうが、敵に情けをかける気はない。命を奪わない、それだけの慈悲でしかない。
「チンピラ程度みたいだね」
地面に転がる、敵の身体を足先でつんつんと突っつきながら、ルディーは言った。連携もできない、気配も殺しきれない。素人に毛が生えた、脅し用の駒という役割だろう。
ルディはティアの腕に自分の腕を絡め、ニコッと愛らしい笑顔を浮かべる。ティアも柔らかな微笑みをルディに向けた。
「連携も粗末だし、雇われたプロの集団ではなかったわね……。観光客への脅し用かしら?」
地面に転がっている連中はゴロつきの類であろうと、ティアも思っていた。考えたくはないが、この治安の悪さを見ると、治安保持は働いておらず、観光客の誘拐などもやっていそうではある。
……早く、助けてあげたいわね。
ティアは複雑な心中に、この任務をやり遂げたいという思いがあった。誘拐された希少種族がどういう道を辿らされるのか、ティアはよく知っている。
この手が届く限りは助け出してやりたい。
「…………オークション会場は分かるの? アリス」
アシェロがアリスに小声で問う。
「隊長経由で団体から保護対象の魔力波サンプルを借りている。──辿れば、会場が分かるようにシステムに組み込んでもらった」
アリスの説明にアシェロは目を細め言う。
「最近は便利な方法があるのねえ……」
「昔に比べれば、魔力消費を抑えられるな」
現代、希少種族保護団体という組織には厳重な管理のもとに希少種族の魔力波を保管している。それはこういう時に役に立つのだ。大っぴらには個人の魔力に差などないように見えるのだが、実際は違う。魔法使いとして、それなりの年季があるものには個人の魔力の気配は各々、違って見え、感じるのだ。微細で、魔法の才能がなければ判別は難しいのだが……。
その辺、アリスは魔法使いとしても気が遠くなるほどの年月を過ごしている。借りた魔力波の数値や気配で保護、救出対象の居場所を探れるのだ。
アリスは画面を起動し、慣れた手つきで操作をし始める。
「保護対象の他にも捕まっている子とかいたら、団体に保護してもらう……だっけ?」
アシェロは首を傾げ、これまでの経験を思い出し、対応を口に出す。アシェロの背中に貼り付いているクーがアリスの代わりに答える。
「身元さえ判明してしまえば、家族のもとに帰してやれる。……現代では基本的に新生児は戸籍を取得するのが義務だからな。よっぽどの事情が無ければ、団体が身元照合してくれる」
クーの説明を聞き、アシェロは「便利になったよねえ」としみじみとした表情を浮かべながら、呟く。
個人では出来ないことも団体という組織化のおかげで、出来ることも増えた。これまでの積み重ねにより、社会からの信頼も得られた保護団体は、今や希少種族に関して社会への発言権も持っている。
…………世界は少しずつ、変わっているのかな?
アシェロは空を見上げる。昔を思えば、少し、少しと世界の価値観が変わりつつあるような気がする。そのきっかけを与えた人物にアシェロは心当たりがある。大昔に勉学として習った、遠い過去の英雄なのだが。
彼が与えた影響が世界として良いことなのか、悪いことなのかは、きっと滅ぶまでは分からないだろう。
アシェロは顔を正面に向け、近くに立っているティアへ視線をやった。
「──チア、大丈夫かな?」
観光区ラトで出会った不思議な青年メア。そのメアはアリス達との同行を頼んできた。困ったアシェロ達だが、アリスはメアをチアに任せて煙に巻いたようなものだった。
チアは不服そうであり、頬を膨らませていたが、アリスは知らん顔して置いてきたのだ。
チアを心配するアシェロの言葉を聞き、ティアは苦笑をした。
「どうかなあ〜。納得してなさそうだったし、今も怒ってるんじゃないかな……」
ティアの予想にアシェロは「だよね〜」と、頷く。
二人の会話を聞いていたルディーとクロウは揃ってアリスの方に視線をやる。視線を感じたアリスは画面に顔を向けたまま、さらりと言った。
「…………俺はチアを信頼しているからな」
それはそうなのだろうけれど、と皆が思ったが、同時に「物は言いよう……」と口を揃えて呟く。
長い年月を共に旅をしてきた。アリスは確かに、チアへ信頼を感じている。だが、信頼とは別にチアの性格もよく分かっているつもりだ。
感情的になりやすいチアが、あの青年に上手く誤魔化せるかどうかまではアリスにも読めない部分がある。
「…………」
メア、と名乗った不思議な雰囲気の青年を、アリスは思い出す。
…………。
偶然か、必然か。運命に偶然はないのだと知ってはいるが、メアは何故、自分達を選んだのか。渡航管理局には沢山の旅人がいる。けれど、メアはアリス達を選び、同行をしたいと希望してきた。
メアのことを押しつけたのだが、チアがどういう行動に出るか、アリスは予想がついている。
…………チアはうっかりなところあるからな。
アリスは思ったが、口にはしなかった。この場にいないチアに怒られそうな気がしたのだ。
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────一方、その頃のチア。
「はっ──、くしょい!」
盛大なくしゃみをしたチアは眉を寄せる。誰かが、自分のことを噂しているのかも知れない。アリス辺りが自分のことを噂しているのでは、とチアは思う。
大きなため息を吐き、チアは正面のメアを視界に入れる。メアは真剣な表情でチアを見つめていた。
二人はまだ、渡航管理局の玄関にいた。あれから、このメアを煙に巻こうとしているが、メアは諦めずにチアの後ろをついて来た。
立ち止まり、くしゃみをしたところ正面を立たれ、チアは吐き捨てるように言った。
「しつこい! ついてくるな!」
だが、小声でチアは言うしかない。この国への入国申請の時、アリスは馬鹿正直に任務のため、などと書かない。そんなことを書いたら入国審査で弾かれる。アリスのことだから、観光とでも書いたのだろうとチアは推測。
渡航管理局にいる内は、本来の目的を話してはいけないのだ。だというのに、先刻、うっかりとメアに漏らしてしまった。
それはチアの落ち度だ。チアは自らの失敗を悔い、これ以上の失態をしまいと焦る。
「……チア、任務って秘密なの?」
チアと同じく、メアも小声だ。
メアはこっそりチアに訊く。チアの眉間に深く皺が刻まれる。
……察してるなら、聞くな。バカ!
出会って間もないメアに無茶苦茶な要求を胸中にしながら、チアはメアを睨みつける。
チアに睨まれてもメアは受け流し、焦る素振りも見せない。温厚な態度を崩さないメアにチアは少し、というかかなり苛立っていた。正体不明、身元不明なのが余計にチアを苛立たせる。
チアはメアへ鋭い視線を向けた。
「……分かってるなら、聞くな。アタシ達に構わないでくれ。──でないと、アンタには病院へ行ってもらわないとならない」
突き放すようなチアの言葉に、メアは眉を下げる。
病院へ行ってもらわないと、ならない。それはチアがメアに対し、加害をすると宣言しているようなものだ。つまり、脅迫。
それを言われ、メアは困ったような表情をし、チアには穏やかな目を向ける。
メアの表情にチアは、驚く。
「……アタシはアンタを脅してるんだよ」
なのに、そんな穏やかな目を向けられるとは思わなかったチアは困惑する。目の前の男の真意が分からない。
メアは微笑みをチアに向け、言う。
「……ねえ、それ、俺にも手伝わせてくれない?」
メアの発言にチアは目を大きく開いた。もう、これ以上は開かないという程、限界まで目を開く。
大声出さないだけ、自分は進歩した。先程までの失態を拭えたのではないかと思ってしまう程に、チアは自分の言葉と声を飲み込む。ゴクリ、と喉が鳴った。
────はぁッ⁈
心の中で驚愕の声を上げた。
メアの言葉にチアは頭が痛む。この男は何を言ったのだ?
手伝いたい、とメアは言った。はっきりと聞こえた。
「……な、何を言ってるんだ……?」
思わず、チアは言葉に出していた。メアは「え?」と首を傾げる。
「……だって、子供を助けるんだろう? 子供を助けに行くって凄いことじゃないか。俺も手伝えるなら、手伝いたいよ」
メアは続けて言う。
「……何だろう? 君たちを見ていたら、仲間になりたくなってきた。悪い人に見えないからかな?」
メアの言葉に、チアは口の開閉を繰り返し、信じられないものを見るような表情をした。会ったばかりの男の言葉、どこまで信頼できるのか。
チアは頭の中で思考を巡らす。
先ず、アリスに何と伝えるか。それと、ルディーとティアの顔も浮かぶ。呑気なアシェロの「チアってば、やっちゃいましたな〜!」と言っている姿も頭に浮かび、こめかみ辺りが痙攣した。アリスやティアに咎められるなら納得も出来るが、アシェロに責められるのは納得いかない。
だが、メアを物陰に引き摺り込んで病院送りにするにはチアの良心が痛む。
「はあ……」
チアは思わず、ため息を吐いた。胃がキリキリと痛む気がして、メアを遠ざけたいと思ってしまう。
メアはというと、チアを心配しているのか不安そうな表情を浮かべていた。
「……アンタ、戦えるの?」
チアが訊けば、メアはしっかりと頷く。
「……そ、それなりに」
メアが答えると、チアは更に訊く。
「武器は?」
チアの質問にメアははっきりと答えた。
「弓、かな」
メアの答えに、チアはニヤリと笑みを浮かべる。
「腕前見て合否を出すが、先ずはここを出て詳細を話すぞ」
うだうだと悩むのは苦手なのだ。自分の性分は自分が一番分かっているとチアはメアを共犯者にしてしまおうと、こちら側へ引きずり込むことを考える。
裏切ったのなら、その時はその時だ、とチアは心のどこかで決める。
メアの腕を掴み、チアはメアと共に渡航管理局を出た。──観光、なんて呑気なことをしている場合ではない。
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街中を歩いて進む。保護対象の反応は問題なく追えている。
だが、自分達、異物を放っておくわけにはいかないであろう。
「旅行客、待ってもらおうか」
低く、静かな声がアリス達に向かって制止を求めてきた。
気配を寸前まで圧し殺し、足音を限界まで消した男がアリス達の前に現れる。
アリスは男が現れても、特に表情を崩さず、金色の目で男の姿を見据える。
「…………」
連中の雇った、始末に慣れている者だろう。アリスは隠そうとしても隠しきれていない、男から漏れている殺気に、小さく息を吐く。
男の目を見る。他者の命に興味のなさそうな目である。
…………慣れている。ただ、それだけだろう。
アリスは一歩、足を踏み出す。
瞬間、空を切る音がした。
「…………ほう、」
男が関心の息を吐く。警告と、負傷をさせるつもりで剣を振るったが、アリスに見切られ、避けられる。
アリスの回避に男は愉快そうに口角を吊り上げ、アリスをただの旅行客ではないと見定める。
「…………」
アリスは喋らない。こういう時にべらべら喋る性格ではないのだ。
男の眼差し、愉快そうな笑み、アリスはただ冷静に観察する。
余裕があるのは男がアリスを舐めているからだろう。外見からすると、アリスはよく舐められる。
「…………何が目的かは分からぬ、が。 ……おおよその見当はつく。お引き取りは願えそうにないと見えるな」
男は積極的にアリスに話しかけるが、アリスは答えない。
アリスから情報は得られない、と判断した男は足を踏み込んだ。男は片手に握った剣の柄を軽々と振るう。
剣の切っ先と、剣圧がアリスの首を切断すべく襲う。
しかし、アリスは銃を撃ち、剣圧を相殺し、切っ先を銃口で止めた。
「はっ────」
男は驚愕の表情を浮かべた。
アリスは無言で銃の引き金を引く。
衝撃が男とアリスの間で弾けた。
自分の剣撃を全て押さえられ、男は想定外だとアリスに視線を向ける。
だからといってアリスは男に猶予を与えてやる気は毛頭とない。男に銃口を向け、連続で弾を撃つ。
何時から武器を持っていた、など男の頭に疑問が支配する。疑問を解消する間もなく、アリスの撃った弾が男に向かう。
男は剣圧で全てを防ごうと腕に力を込める。
力と力のぶつかり合いによって起きる、大きな衝撃が辺りに広がった。
「…………な、何だ」
男は信じられないものを体験した気分だった。
物理による攻撃、魔法使いによる魔力、それは確かにこの世界の戦闘における主軸といってもいい。
しかし、魔力を武器へ応用することなど、若い者や未熟な者は知らないだろう。
…………教えてやる気もないが。
アリスは冷めた眼差しを男に向ける。
男はアリスの未知の技術に、眉を寄せた。だからといって退くわけにはいかない。戦いを止める理由にはならないのだ。
剣を握る男に、アリスは言葉を放つ。
「…………退く気がない。ということは、覚悟は決まっているようだな」
アリスが手にしている短銃の銃口は男へ向いている。
武器を捨てない、戦う意志を持つということ。それは死をも覚悟しているということ。戦いにおける覚悟もなく、この場にいるわけではなかろう。
アリスは無表情のまま、銃口の引き金を引く。
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────路をオートモバイルに乗り走る、彼のもとに通信が入る。
〈──ゼロ、今どこにいる?〉
耳に付けた小型通信機から音声のみを拾い上げ、聞こえてきたのは男性の声。低いが、よく通る聞きやすい声であり、甘く優しさを感じる。
通信機から聞こえる男性から、ゼロ、と呼ばれ、それが聞き慣れた当然の自分であった。遠い昔、自分に与えられた名前がゼロだったからだ。
よく知っている通信相手から、居場所を訊かれたゼロは答える。
「西大陸の、小国シュッツェに入った。観光区ラトで少し、情報収集をするつもりだ」
通信相手は「そうか」と短く、返事をした。
〈…………本当に生きているのか? 滅んだ種族なのだろう?〉
通信相手の疑問にゼロは間髪入れずに答えた。
彼の疑問は当然である。ゼロが追っている人物は、昔に滅んだと言われている種族だ。あの男も、滅んだ中の一人とされる。
けれど、ゼロは違うと思い続けてきた。
「生きている。 ──あの男は今もどこかで生きている」
根拠のない確信だ。
それでも、とゼロはオートモバイルを駆り、路を走る。
遠い昔の記憶だというのに、ゼロの中で忘れられない、あの男────。
ピンク色の長い髪、金色の瞳の男。冷たく、静かな眼差しの、あの男の顔がゼロの頭から離れない。
────絶対に、捜し出す。
ゼロから大切な者を奪って行った、あの男を……。
────アリス、を。