01.これこそ運命の出逢いかもしれない
01.これこそ運命の出逢いかもしれない
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任務については彼から直接連絡が入る。通信を受け取り、任務の打ち合わせは主にアリーシェが担当。大体が危険な任務だが、戦い慣れているだけにあって今まで多くの戦いを乗り越えて来た。慎重に、油断せず。自分達が幾つもの死線を潜り抜けているとは言えど、決して慢心してはならない。
アリスはそれを仲間に言ってきた。
「今回も慣れた内容といって、油断はしないように」
いつもの注意にチアはニッカリと歯を見せて笑顔をアリスに向ける。
「わ──ってるよ! 油断はしねえ!」
「本当に気をつけるのよ、チア」
「なんでアタシばっかなのさ! アシェロだって、なかなか呑気でアホだろ!」
油断しない、と意気込んでみせるチアにティアが心配そうに言葉をかける。それが不服だったらしく、チアは矛先をアシェロに転換した。
矛先を自分に向けられたアシェロは目を丸くし、抗議の声を上げる。アシェロ本人は信じられない、と言わんばかりだ。
「私⁈ って、ひどいよ〜! チア! 呑気は自覚あるけど、アホはないよ〜!」
「む──! アシェロはアホだけど、言っていいの私だけだぞ! チア」
「クーもひど〜い! 私、アホじゃないもん!」
アシェロの肩に手をかけ、背中に張りついているクーはアシェロの肩から顔を出して抗議するが、アシェロがアホであることは否定しない。チアとクーにアホ認定されたアシェロは傷ついた、と不貞腐れた表情をしたが迫力も深刻さも無い。なので、ティアとアリスはツッコミを入れなかった。
騒ぐチア達を横目に、ルディーはティアに話しかける。
「良いところだったね〜、ここ。僕、また、ここに泊まりに来たいな」
ルディーはニコッとティアに笑顔を向ける。確かに、とティアは頷く。静かでのんびりとした雰囲気の宿泊施設だった。日常から隠れるように、疲れを癒すように作られた施設で、心地が良かったとティアも今回泊まった施設を評していた。ルディーの言葉にティアも柔らかな表情を浮かべ、ルディーへ訊く。
「ここの宿泊施設、ルディーは気に入った?」
ティアに気に入ったのか、と訊かれたルディーはニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべ、ティアに応える。
ルディーの美しいオッドアイが輝きを見せる。
「うん! ベッドもふかふかでご飯も美味しかった! クロウとレイスも満足みたいだよ!」
ルディーは振り返り、自分の背後にいるクロウとレイスに「ね〜?」と反応を求める。反応を求められた二人は照れた様子で頷き、クロウが口を開く。
「ご飯、美味しかった! また、ここに泊まりたい! ね、レイス!」
明るい調子でクロウは、自分の隣に立っているレイスに話しかける。レイスは頬を朱に染め、胸の前で手を組み、指を動かす。
レイスはクロウよりも大人しく、控えめな性格だ。社交性も高くはなく、人見知りをよくする。
もじもじしながら、レイスはクロウに同意する。
「……ご飯、美味しかった……!」
レイスは微笑み、恥ずかしそうに自分の指先を弄んでいる。
ティアやルディー達にも評価が高く、アリスは満足そうに、静かに言う。
「……隊長から紹介してもらったんだが、気に入ったようで良かった」
アリスが言えば、アリーシャは首を傾げ、アリステアは平然としていた。
ティアは驚くなど反応はなく、ルディーは「へー」と声を出した。
「仲良いよね、アリス」
何気なく、アシェロが呟く。アシェロの隣に立つチアも同じ意見らしく、うんうんと繰り返し頷いている。二人が言いたいのは隊長とアリスの関係だろう。
言われたアリスは意外そうに首を横に傾けた。そうだろうか、と言いたげなアリスが口を開く前に察し、チアが喋る。
「今でも、マメに連絡取ってるんだろう? アタシは近況報告しか、隊長と連絡取らねぇよ……」
チアが言えば、アリスはそんなもんだろうと思った。
自分だって、そうだ。
「俺も、そうだが……」
アリスの言葉にチアとアシェロは顔を見合わせ、過剰な反応を二人揃ってするのだ。
「アリスは任務の関係とか抜きにしても毎日でしょー⁉︎ 私、知ってるよ〜‼︎」
アシェロが声を上げ、続けてチアが。
「毎日は連絡しねぇって‼︎ 昔を思い出してアタシは縮こまるからな‼︎」
と、二人ともアリスに言ってきた。アリスは無表情のまま、二人を見る。どういう感情で二人を見ているかと問われても、実のところ特にないのだが。
アリスは腕を組み、二人の言葉を頭の中で咀嚼し、考える。
チアの場合、確かに彼との立場の差があった。会話はそれなりにしていたが、隊長と呼ばれる彼も表情豊かな方ではないので苦手意識を持たれているのかも知れない。アシェロも同様に隊長への苦手意識はあったかも知れない。そこまで考え、アリスは二人にどう言葉をかけてやるか、と考える。
考え始めたアリスの状態を察したティアが二人へ言った。
「いいじゃないの。アリスにとっては幼馴染の友人だもの。毎日、連絡が取れる友達がいるなんて、素敵なことよ」
ティアの言葉にアリスは静かに頷く。
チアとアシェロはティアの言葉に納得したのか、それ以上は何も言わなかった。
アリーシャは困惑し、アリステアに視線を向ける。アリーシャはアリスの……、アリーシェの過去をよく知らない。長い間、一緒にいたがアリスは多くを語らない性格故に、隊長と皆が呼ぶ人物がどう言う人なのかは知らないのだ。
視線を向けられたアリステアは微笑むだけで、曖昧に流す。
答えて良い、とはアリスからの許可がない。なので、アリステアはアリーシャの視線には誤魔化すだけだった。
誤魔化されたアリーシャは眉を八の字にして、納得していない表情をするのだが、アリステアは何も語らない。
「むむ〜!」
アリーシャは唸るような声を出す。
納得いかないアリーシャはアリステアではなく、近くに立っているアリスへ視線を向ける。
アリスはアリーシャの視線を無表情で受け流し、ルディーへ声をかけた。
「ルディー、転移魔法を頼みたいのだが」
アリスに言われたルディーは笑顔で答える。
「……オッケー! 大丈夫。準備はすぐに出来るよ」
ルディーは言うが早く、足下に紋章陣を展開する。自分達を遠距離へと飛ばす魔法。瞬時に、とはいかないが、船や飛行船などよりは速く目的地に運んでくれる。初心の魔法使いでは、そう遠くは運べないが、熟練の魔法使いであれば、魔力量によっては大陸から大陸への移動も可能な便利魔法だ。
ただ、社会の変化によって転移魔法にも制限がかけられており、大陸によっては厳しく取り締まっていることもある。その取り締まりが渡航管理局と呼ばれるものだ。魔法使いに指定の場所へ転移させ、入国管理をしている。そこで必要な手続きをすることによって、後に問題が起き、法による訴えになった場合でも有利に動くことがある。
アリスはルディーに確認する。
「……渡航管理局の位置情報は把握しているな?」
アリスからの確認に、魔法を構築しながらルディーは答える。
「昨日の段階で情報貰ってるから、だいじょーぶ!」
任務の依頼をアリスは受けた後に、ルディーに任務情報を教えている。ルディーは画面を起動し、任務地の場所を画面に表示する。四角の枠内に表示された様々な情報を確認し、ルディーは発動の準備を進める。
ルディー同様に、アリスも自身の画面を起動する。アリスの前に展開した四角の枠内には様々な情報が表示されている。
任務地は西大陸。
アリスは情報を目で追い、読む。西大陸の辺境地に小さな町がある。そこには隊長と呼ぶ彼とは別の、古い友人が住んでいる。友人が住んでいる町の名前はソルローアルという。
その西大陸は広大であり、面積もある。数多の国が存在し、多数の種族が住んでいる。西大陸には中央政府があった、とアリスは思い出す。
中央政府には十二闘将という治安維持をするための組織がある。
今回は闇取引によって売買されかけている希少種族の保護が任務だ。十二闘将と呼ばれる彼らが関わってくるような大きな事件ではない。
しかし、闇取引をするような連中の警護にあたっている地下組織との戦闘は避けられないだろう。戦場になるようであれば、とアリスの姿で任務に赴くことにしたのだ。
それともう一つ。これは予感だが、彼と会う気がするとアリスは考える。彼とは敵対しており、和解の道が見えないのが現状。憎まれているから仕方のない。
アリスは色々と思考し、そろそろルディーの準備が終わった頃合いか、とルディーへ視線をやる。
近くに立ち、魔法の準備をしているルディーにアリスは言う。
「ルディー、準備は出来たか?」
アリスがルディーに訊くと、ルディーは笑顔を見せた。
「大丈夫、いつでも目標に行けるよ」
ルディーの回答にアリスは頷く。
皆も真剣な面持ちで頷いた。これから、渡航管理局へと転移魔法で移動する。渡航管理局で手続きをし、任務地へと行く。
任務地へ行けば、戦闘になるだろう。──皆、心の準備は出来ている。
ルディーは皆の表情を一瞥し、声を出す。
「行くよ!」
ルディーの言葉の後、彼の足下に展開された紋章陣が強い光を放つ。
光はルディーやアリス、ティア達を包み込み、一瞬にして消えた。
そこには光の粒だけが残り、それもやがては消失した。
●
────西大陸、小国シュッツェ観光区ラト。渡航管理局。
アリス達は移動魔法の発着専用部屋に転移してくる。広く、ホールサイズの部屋には他の魔法による渡航者や管理局の職員がいた。
申請はかけてもらっているので身元照合や、渡航目的を職員に手続きしなければいけない。
到着したアリス達一行に職員の男性が近づいてきた。男性は管理局の制服を着用し、手には端末を持ってアリスの前に立つ。
「ようこそ、観光区ラトへ。お名前など身元照合と、渡航目的のお手続きを……。どなたかお一人代表でお願い致します」
「分かりました。……俺が行ってくる。皆は椅子に座って休んでいてくれ」
職員の話にアリスは頷き、自分が代表として手続きに行くことにし、皆に休んでいるように告げると職員と共に別の部屋へと歩いて行った。
アリスの姿を見送ったチアは椅子にどっかり座って、大きく足を揺らす。
「うあ────、アタシ、この時間好きじゃない〜!」
「アリスいないもんね〜」
すぐに動きたい気持ちがあるチアは落ち着かない様子を見せ、アシェロはアリスが職員に案内されて入っていった部屋のドアを見つめていた。
ティアは自分の横に立っているルディーに視線をやる。ルディーはそれに気づき、微笑みで返した。
ルディーとティアの前にクロウとレイスが幼い子供のように室内を走る。
大人しくしていなさい、とルディーとティアは二人に注意をしない。実際にこういうところは退屈であり、窮屈なのだ。他に迷惑をかけない範囲であれば寛容に、させたいことをさせる。
退屈さと窮屈さを感じるのは皆、そうであるらしく、アリーシャも不安そうな表情を浮かべ、口を尖らせる。
「アリス〜、まだかな〜」
椅子に座り、足をパタパタと揺らし、アリーシャはアリスの帰りを待つ。
寂しそうなアリーシャにティアは頭を優しく撫でてやる。アリーシャは寂しさが和らいだのか、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
チアは椅子に腰を下ろし、アシェロはチアの前に立ってアリスが戻るのを待っている。ティアはアリーシャとルディーの相手をしてやる。
そんなところに一人の人物が近づいて来た。
「────やあ、君たちも観光かい?」
チア達に声をかけてきたの長身の男性だった。目立つ水色の髪に毛先が青くグラデーションがかかっており、髪は長く独特な髪型をしている。髪を一つに束ね、輪っかにし髪留めで後はサイドテールで流している。瞳は透き通る海の中のような色だ。服装はロングコートを羽織っており、膝上まであるブーツを履いている。ズボンは濃い灰色。
容姿はとても整っており、温厚さと穏やかさの雰囲気が出ていて親しみと優しさを感じる好青年だ。
チア達は彼と初対面であり、チアは思いっきり警戒心を露わにした。眉を寄せ、男性を睨みつけている。
「…………え、ええ。そうですが……。貴方も観光ですか?」
威嚇しているチアの前に立ち、社交性があるアシェロが男性に話しかける。
男性は人の好さそうな微笑みを浮かべた。
「……ああ、だけど、一人旅でね。君達がとても楽しそうだから、声をかけてしまった。──いきなり声をかけて、申し訳ない」
男性の言葉にアシェロは思う。
──確かに、楽しそうではあるかも。
クロウとレイスは楽しそうにはしゃいでいるし、皆が会話をしている。第三者から見れば、楽しそうな観光客に見えるだろう。
目的は希少種族の保護という任務だが。
頭の片隅で考えながら、アシェロは男性に話を振る。
「いえ……。お一人での旅なのですね。渡航手続きはお済みで?」
見たところ、男性一人しかアシェロの視界には入っていない。アシェロは世間話に見せかけて、一つでも多くの情報を得ようと話に混ぜる。
男性の表情、視線、動作をアシェロは観察する。だが、男性に不審点が見受けられず、男性は素直に言ってくる。
「先ほど手続きを完了したばかりなんだ。…………その、もし良かったら、この観光区にいる間だけでも同行しても良いだろうか?」
「…………え、」
男性の意外な申し出にアシェロの笑顔が凍りつく。聞こえたティアも動きが止まり、ルディーはティアの顔を見る。
チアは変な顔をした。
…………アリス────‼︎
心の中でチアはアリスに助けを求める。
アリス達の目的は表向きは観光だが、実際は任務である。そんなこと、にこやかに近づいてきた男性に言えるわけもない。
…………コイツ、間者じゃねえだろうな。
こちらの動きを察して、探りに来た敵ではないだろうか。チアは男性に対しての警戒心が高まる。
もしも敵と関係しているというなら、この男性をここで逃すわけにはいかない。チアはそこまで考え始めていた。
アシェロやティアの雰囲気もどこか厳しいものに変わり始めた頃。
「手続きが終わった」
無表情のアリスが戻ってきた。
戻って来たアリスは迷いない足取りでアシェロ達の傍に歩いてきた。そして、初対面の謎の男性と目が合う。
無愛想のアリスとは違い、男性は穏やかな表情をアリスに向けた。アリスは首を傾げ、男性に訊く。
「…………どちら様で?」
はっきりと素直にアリスは男性に問う。しかも、アリスの目には邪推という感情は見受けられない。
男性はアリスの視線を受け、名乗った。
「俺はメアといいます。一人旅で寂しく、つい楽しそうに会話されてる、お連れの方々? に声をかけてしまって……」
男性はメア、と名乗った。声音も表情も穏やかであり、敵意などは今のところ見られない。
アリスの表情は変わらず、名乗ってもらった以上は自分も名乗っておかねば失礼か、と思った。
「…………私はアリスだ。メア、君は一人旅が長いのか?」
「──ああ、もうかなり一人であちこちを旅している」
メアが言葉を話す時、アリスはメアの挙動や目を見ていたが嘘を言っているような様子は見られない。
本当に偶然、自分達に声をかけて来たのか。
自分の動作一つ一つが観察されていることに気づいているのかは分からないが、メアは態度を変えずに温厚な話し方でアリスに言う。
「賑やかなのが羨ましくてね……。……その、観光区を一緒に周らせてもらえないだろうか」
メアの申し出にアリスは少し、悩む素振りを見せた。
アリス達には任務がある。色々と時間に余裕を持たせて行動しているが、救出が早ければ早いほど、保護対象の疲労は減る。
…………だが、もしこの男が何らかの思惑があって近づいて来たのなら。
ふむ、と時間にして数分程考えたアリスは答えを出した。
「申し訳ないが、私たちは旧友に会いに行くことになっている。だが、チアは観光区を周る予定だ。もし、良ければチアと観光区を周ってみるのはどうだろうか?」
「へ……⁈」
アリスに指名されたチアは間抜けな声を出した。
アシェロは「あらら〜」と苦笑し、チアに視線をやった。
つまり、アリス達は任務に行き、チアはメアという人物と二人でこの観光区ラトを周らなければいけない。現状、怪しさしかないメアという人物を野放しにも出来ない。
アリーシャ、アリステア、クロウ、ルディーには任せられない。ティアは貴前衛、アシェロはクーがうるさい。そう考えれば、チアが一番適役だと思った。アリスなりの判断である。
だが、チアとしてはとんでもない状況だ。初対面の男性と二人で観光区を周るなんてとんでもない。
皆と一緒に任務に赴くつもりでいたのに、とんだ肩透かしである。
アリスの判断には勿論、チアへの信頼が含まれている。万が一、メアと対立することとなってもチアならどうにか切り抜けられる信頼があってこそ。
それがチアにしっかり伝わっているので、チアは大きな声で拒否の意思を示せない。
「……アリス〜!」
極めて小さな声でチアは複雑そうな感情を含め、アリスの名前を呼ぶ。
しかも、初対面の相手と観光区巡りをするという。監視の意味もあるが、チアにとってはただただ厄介な話だ。
アシェロやティアのように社交性があれば良いが、二人には張り付いているたんこぶがいる。
「…………あそこの椅子に座っているのがチアだ。メア、彼女と一緒に観光区を巡るのはどうだ」
メアが断ってくる可能性もある。一応、提案という形でアリスはメアに言う。
初対面の男女。気を遣って断るかも知れない。そうなれば、良い。チアは心中に強く念じた。
────断れっっ‼︎
────断ってくれっ!
チアは強く願った。初対面の男性と目的はどうであれデートなんてしたくもない。
祈りのポーズでもとって願いたくなるが、何とか抑え、拳を強く握りしめるだけに留めた。
メアの答えは────。
「…………。ああ、よろしくお願いしたいかな」
「ヴェっ⁈」
メアはなんと許諾。チアは間抜けな声を上げた。
普通に断って来そうな話だが、メアはニコニコと嬉しそうな顔をしてアリスの提案を受け入れた。
メアに対する不信感は増す。アリスもチアも不信感が高まり、心中穏やかではないが放置も出来ないので苦肉の策である。
嘘だろ……、と信じられない気持ちでチアは足を組んで険しい表情を浮かべる。そんな態度のチアにメアは顔を向け、微笑む。
「……えと、チアちゃん? よろしく頼むよ」
「そんな軟弱に呼ぶなっ! チア、でいい!」
「うん、チア。うん」
「何だよっ⁈」
行動は怪しさしかないが、メアの動作や目、表情を見ても純粋に誰かと行動できるのが嬉しいように感じられる。アリスは仏頂面のまま、チアとメアの会話を眺めたが、何だか良いコンビになりそうな……。性格の相性が良かったのかも知れない。
…………本当に誰かと行動したくて声をかけて来たのかもな。
アリスはそう考え始めていたが油断はしてはいけない。
チアは自衛が出来る実力者だ。メアに何かされても自分で対処できるだろう。
想定外の出会いであり、チアが抜けるが任務の進行に問題はないだろうとアリスは判断した。
「メア、私たちは翌日には別大陸へ発たねばいけない。それまでになるが、良いか」
「…………あ、ああ……。うん、分かった」
救出した保護対象を少し休ませ、すぐに団体や親元へ渡さなければいけないのだ。長らく、西大陸に留まっている予定はない。
アリス達の裏の事情は口にせず、隠したままメアに伝えればメアは頷く。
だが、その両眼に寂しさが見えていた。
●
メアのことはチアに任せ、アリス達は渡航管理局を出ると移動魔法が使えそうな場所を探すことにした。
「オークション会場は観光区ラトとは別の観光区だ。そこはラトほどに治安は安定していない場所だ。グレーゾーンな店や団体が多い」
アリスの話にアシェロが頷く。
「そこへ移動魔法使って直で飛んでいく、だったっけ?」
「そうだ」
「なかなか危なさそうなところなんだね! 気合いを入れて行かなきゃ! チアの分も頑張るぞ!」
気合いが入ったらしいアシェロが笑顔を浮かべ、頑張るぞと張り切る。相変わらず、アシェロの背中にぶら下がっているクーはアシェロの肩から顔を出し、不安そうに眉間を寄せていた。顔に大丈夫かな、と書いてある。
予想外にチアが抜けることとなってしまったが、任務は遂行しなければいけない。
「先ずは観光区の人気のない場所を探して移動魔法を使うつもりだ。移動魔法は頼んでいいか? ルディー」
アリスはティアの横に立っているルディーに声をかける。
ルディーは頷くも、アリスへ仕方ないが、文句を口に出した。
「人使い荒いなあ、アリス」
ルディーは魔法に長けている人物だ。移動魔法の連続使用でも大した疲労も感じていないだろう。
アリスも文句が出るのは分かっているのでルディーの頭に手を置くことで済ました。
「アリス〜!」
寂しかったアリーシャがアリスに突進するように抱きつく。抱きつかれたアリスは無表情のまま、アリーシャの頭を撫でてやる。
思いっきりの力で抱きつかれても転ばないところがアリスらしい、と皆は思った。
アリスは画面を展開、観光区ラトの地図を画面に表示し移動魔法が使えそうな場所を探す。
チアのことは心配ではある。アリスの頭の片隅にチアがちゃんとメアと行動出来るか不安があるが、上手くやってくれると信じるしかない。
「…………さて、この辺りか…………」
地図を見ながらアリスは呟く。
人気のなさそうな観光区の外れの方、端に近い場所に当たりをつけアリスはティアとアシェロ、アリステアにルディー、リドルとクロウを連れ、移動魔法が使えそうな場所へ向かう。
────一方、チアは不機嫌だと言わんばかりの表情と、不満がよく表れている態度でメアと渡航監理局の建物を出た。
メアは隣でニコニコと嬉しそうな表情をしている。それもチアには気に食わないものだった。
「何で、アタシが……」
こんな、優男と二人で行動なんて冗談じゃない。チアの眉が上がり、こめかみ辺りの血管が痙攣を起こしている。
「我が儘言ったのは悪かったと思っている。……でも、どうしても誰かと話がしたかったんだ……」
「…………それで、何でアタシ達なわけさ……。こっちは任務で来てるっていうのに────、あっ」
「…………え、任務?」
観光じゃないの?
メアは驚き、チアはしまったと顔が青ざめた。厳重な極秘任務というほど、隠密任務ではなくても救出任務だ。扱いに気をつけなければいけない。
初対面に話すなど言語道断。チアにとってもそれは充分に理解していたというのに。
────アタシの馬鹿っ!!
この失敗は擁護しようのない。失態なんて言葉すら温い。時代が時代なら処刑されても文句言えないと、チアの額に汗が滲む。
メアは驚きの感情が消えないらしく、チアの顔を見つめている。何度も瞬きを繰り返し、チアの言葉を頭で整理しようとする。
…………任務。
「…………な、何の任務……なんだい?」
「…………、…………子供を救出しに行く任務だよ」
メアは恐る恐る、チアに訊く。腹を括ったチアは素直にメアに答え、横目でメアの出方を見る。
…………出会ったばかりだが、最悪この男には…………。
命を奪う気はないが、病院送りにはしなければいけない。長時間の行動不能が必要だ。
チアはメアの反応に注視する。