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00.月光の瞳、過去から未来を見つめる

00.月光の瞳、過去から未来を見つめる


 ────遠い、遠い昔の記憶。

 生まれた故郷は戦火に包まれ、自らも戦場へと身を投じた。戦い、血に濡れ、荒れた大地に立ちながら、曇った空を見上げる。

 …………空はこんなにも遠い。

 自分の視界に入る、自身のピンク色の髪にも血の赤がこびりついている。辺りは血生臭く、鼻で呼吸しないように意識をした。

 淀んだ空、陰鬱な戦場の空気。

 剣を握る手も赤く染まり、刃は赤が滴り落ち、地面に吸い込まれていく。

 眼を伏せ、顔を俯かせた。

『研究所を一つ、潰したと聞いたが……』

 声をかけられ、背後に振り返る。自分の後ろに立っているのは見慣れた人物だ。銀色の長い髪、金色の瞳。鋭く、冷たい印象を与える眼差しの持ち主であるその人物は長年、一緒に戦場を共にした信頼の置ける上司だ。

 言葉から察するに自分の行いを彼が知ったのだろう。

 だが、彼の声には自分の行いを、責めているものではないと感じる。

 ────けれど、やったことは消せない。

 あの時、自分のとった行動は正しいものではない。軍を離れ、感情的に行動した結果は、己以外の身を危険に晒すものだった。この首一つでは済まない。彼が自分を処断するというのであれば、仕方がない結末だ。

 仲間の立場すらもあの時の自分は省みなかった。

 ────覚悟は出来ている。

 拳を握り締め、声を振り絞り、発した。努めて冷静に……。

『────如何なる処罰も受けるつもりでした。……隊長、何故握り潰したのですか?』

 己の首で済むなら処断も覚悟の上だった。

 けれど、今、向き合っている上司である隊長は上層部に逆らっても、自分の処刑を弾き飛ばした。

 幼馴染みの情もあったのだろう。

 庇ってくれたことは嬉しかった。だが、仲間達も危険に晒してしまった自分を、許してしまえば、示しがつかない。

 隊長としてはやってはならないことをしたのだ。

『…………。俺は信頼している部下を失いたくなかっただけだ。あの研究は、行き過ぎたものだ。もし、外部に洩れでもすれば……』

『隊長、研究データはどこまで?』

『────ブランシュが全てを寄越してきた。手ずから調べて来るとはアイツらしい』

『…………また、危険な任務を……。単独で?』

『流石にベルを連れて行ったと思うがな。そこまで詳細なことは把握していない』

 あの研究、と口にした隊長に全てを知られたのかと自分は悲しさを感じた。

 重い空気の中、風が吹く。

 隊長、と呼んだ上司の男性は銀色の髪を風に靡かせる。彼の髪にも誰かの赤がこびりつき、返り血で戦装束がぐっしょりと塗れ重くなっているのだろう。

 自分も似たようなものである。戦装束も髪も、肌も、返り血で染まっている。

 戦場の最中、常に緊張で気が張っている状態で、何もかもがどうでもよくなっている時があることさえ、否定出来ない。

『…………俺は、間違えたのかも知れない』

 思わず出てしまった言葉に、自分でもしまったと驚く。隊長の反応が気になり、彼の顔を見れば、いつもの落ち着いている表情だ。

 口に出た言葉は聞こえている筈だ。隊長とは五歩程の距離しか離れていない。

 周囲を危険に晒した、自分の行動と選択。それを間違えたのだと、後悔しているなど口にしてはいけないというのに。思わず、出てしまった後悔と迷いの言葉を聞かれたことに恐れの感情が生まれる。

 けれど、彼は落ち着いた表情と穏やかな眼差しを向けて来た。

『────アリス、俺はお前の選択を間違えではないと信じている』

 隊長の、彼の冷静な声が自分の心に響く。愚かだと罵られ、首を落とされたとしても文句は言えない行動をとった自分を、隊長は信じようとしてくれているのだ。

 

 ────俺の、選択。

 何時か、この日々が遠い過去のものとなって、未来の自分が振り返った時に。あの時の選択は間違いではなかったと、思って欲しい。

 自分の金色の目には淀んだ空が映っている。けれど、未来の自分には綺麗な夜空を見て欲しい。

 無数の星が散りばめられた、月が浮かぶ夜空を────。



 ────時代は現在に至る。

 朝の肌寒さと、新鮮な空気、可愛い小鳥達の囀り。その中で目が覚めた。

 とても良い目覚めだと思う。ベッドに横になっており、肌触りの良いシーツに身体を預けていたが、上体を起こす。

 まだ、夢見心地の意識と瞼だ。瞼を手の甲で拭い、両目を開ける。視界に映ったのは自分のピンク色の長い髪。

 視線を動かし、上体を下に向け、横を見る。

 一人で眠るには大きなベッドの上には自分と違う二つの身体が横になり、健やかな寝息をたてて眠っていた。二人とも、自分と同じピンク色の長い髪をしており、それがシーツの上に綺麗に流れている。

 二人とも可愛らしい寝顔で、隣同士、手を繋ぎ揃ってぐっすりと眠っている。

「もう、朝ね……」

 眠っている二人をそのままに。起きた自分は腕を伸ばす。

 …………良い朝ね。

 素直にそう思った。今日は穏やかな朝を迎えたのだ。何時も、そうとは限らないので心がどことなく嬉しい。

 気持ちのいい朝だ、とベッドから降りる。

 ベッドから真っ直ぐに歩き、部屋の中で一番大きい窓に向かう。眠っている間は窓を覆っていたカーテンを開ける。穏やかな日差しが部屋を一気に照らす。明かりなどいらない程に。

 小さな宿泊施設に短い期間、宿泊していた。小さな島にある、のどかでのんびりとした宿泊施設であり、ここに宿泊している間は気持ちのいい朝を迎えられた。

 豊かな緑に包まれているかのような場所に建てられており、隠れ家を思わす施設だ。

「ふぅ……。時間は──、いい時間ね。皆、起きてくる頃だわ」

 一息吐き出し、空間に画面を起動する。自分の前に現れた画面に表示された時刻を見れば、いい時間だ。他の部屋に宿泊している仲間達が起きてくる頃だ。

 皆、朝食を摂りに食堂へと向かうだろう。

 後ろを振り返り、ベッドを見れば眠っている二人は起きる様子がない。カーテンを開けたので、ベッドまで朝日が差し込んだのだが、眠りは深いようだ。

 仕方ない、と先に着替えることにした。

 寝間着は簡素なワンピース。眠る時用にと、滑らかな生地が使われている。着ていた寝間着を脱ぎ、いつもの服に着替えるのだ。

 着ていたワンピースは宿泊施設のものなので、クローゼットにしまう。普段着を取り出し、身につけていく。

 動きやすい黒生地のトップスを着ると、同じような色のパンツを履く。トップスの上に白のロングコートを羽織り、白のロングブーツを履いた。

 大切な髪飾りをつけ、手にグローブをし、着替えを完了させる。

 さて、仲間と合流しようと思い、ベッドで気持ちよさそうに眠る二人を起こそうかとベッドに近づく。

 先ずは二人の身体を揺らしてみる。

「んにゃ〜」

「むにゅぅ」

 起きるとは思えない反応だ。口をもごもご動かし、むずがる赤子のようである。

 今度は声をかけてみることにした。

「二人とも朝ですよー」

 優しい声音で二人を起こそうとするも、二人は揃って嫌々と頭を振った。

「…………もうちょっと…………」

「ふにゅ……」

 起きる気配のない反応である。

 ──もう!

 中々、起きる気配のない二人に口を尖らせ、「じゃあ、仕方ないわね」と口から零す。

 揺する、声をかける、という優しい起こし方ではない。上の段階。つまり、実力行使である。

 二人から手を離し、下のシーツを掴む。そこからはあっという間に捲り上げてやった。

 勢いよくシーツから放り出された二人は床へと落ちた。

 部屋の中でどすん、という物音がしたが、にこりと柔らかに微笑む。

「きゅ!」

「ふにゃ!」

 気持ちよく眠っていた二人はいきなりベッドから放り出され、床へ落とされ、悲鳴を上げた。

 落とされた二人は強制的に起こされ、不機嫌そうな表情をする。

「アリーシェ、ひどい!」

 二人を叩き……否、落とし起こした張本人であるアリーシェに小柄な体躯の人物が寝起き早々に抗議をする。

 もう一人は可憐な容姿の少女であり、痛そうに声を出す。

「うぅ〜、いたた……」

 そんな二人にアリーシェは柔らかな微笑みを向ける。

「おはよう。最初は揺すって起こしたのよ? その後に声もかけたけど、起きなかったのだもの」

 アリーシェは言い、表情を変えない。

「そろそろ、チェックアウトの時間も気にしないといけないから、朝食を摂らないと」

 空間に画面を起動し、画面内に表示された時間を二人に見せてやる。二人は時間を見て納得したらしく、小さく頷く。

 小柄な体躯の人物は小さな欠伸をし、上体を伸ばす。

「もう、そんな時間。ご飯食べないと、だね。アリーシャ」

 仲良く隣に座っているアリーシャの頭を撫でて、小柄な人物は言う。

 床に座っているアリーシャと呼ばれた可憐な少女は眉を下げ、寝起き早々の気の抜けた笑みを浮かべた。

 アリーシャはアリーシェが付けた名前であり、アリーシェが保護した過去がある。もっと、違う名前にすれば良かったのだが、アリーシェがそう名付けたのだ。

 アリーシェの方は変わらず、微笑んでおり、二人に言う。

「さ、着替えて」

 アリーシェの言葉に二人は頷くと、ゆっくり立ち上がる。

「ね、アリステア。着替え、手伝って」

 アリーシャは小柄な人物、アリステアに甘える。

 アリステアはにこりと笑顔を浮かべて快諾した。

「いいよ」

 アリーシェに保護されてから、長い時間の中でアリーシャは甘えるということを覚え、特にアリステアにはよく甘えるのだ。

 アリステアは着替えるアリーシャの手伝いをする。寝間着を脱いだアリーシャに普段着を渡す。

 身支度の最後はアリーシャのピンク色の髪を、アリステアが櫛で梳かしてやるのだ。

 二人は仲良く、その光景はアリーシェの心を癒す。

「アリーシェ! 今日の朝食、何食べよう?」

「そうね……。ここのご飯は美味しいから、悩んじゃうわね」

 アリーシャは嬉しそうに笑顔を浮かべ、アリーシェも微笑む。


 その後、身支度を終えた三人は宿泊していた部屋を出る。今日には宿泊施設をチェックアウトする予定だ。

 …………こっそり、教えてもらった宿泊施設。本当にいいところだったわ。

 教えてくれた人物にアリーシェは心の中で謝意を言う。彼も息抜きに時々、ここへ泊まりにくると言っていた。緑豊かな場所にひっそりと建てられた宿泊施設。確かに、独りでの息抜きや癒しにピッタリだ。

 アリーシェは廊下を歩く。廊下の床もよく磨かれており、窓から見える木々もよく手入れがされている。

 三人は廊下を進む。

 アリーシェが前を歩き、後ろにアリステアがアリーシャの手を繋いで歩く。

 二人を連れて歩くアリーシェの後方から声が飛んできた。

「アリーシェ! アリーシェ〜! おはよう〜!」

 聞き慣れた声だ。高く、明るく、その性格を表している声がアリーシェを呼ぶ。

 アリーシェ達は立ち止まり、後方へ振り返る。

 後方からは昔からの友人兼仲間が、手を勢いよく振って、アリーシェ達の元へと駆け寄ってきたのだ。

 徐々に近づいてくる彼女にアリーシェ達は微笑んで出迎える。

「おはよう、アシェロ。今日も良い朝ね」

 アリーシェが声をかけると、アシェロは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 シルバーグレイの髪に僅かなピンク色が見えている不思議な色の髪。アシェロは長い髪を二つに分けて束ね、二つ編みをしている。瞳はアリーシェと同じ金色の瞳。容姿はとても可愛らしく、スタイルも良い。

 戦いに出るアシェロは恰好も動きやすいものを好んでおり、グレイのタイトスカートから出ている太ももは白く、引き締まっている。白のシャツを上着にしているが胸元は大胆にはだけさせている。服装は大胆だが、アシェロは温厚で明るい女性だ。

 アリーシェの目の前に立つ彼女はにこにこと機嫌よさそうな表情と、大きな瞳でアリーシェと、アリステア、アリーシャに視線をやった。

「おはよう! アリステア、アリーシャ! 今日も可愛いね〜!」

 アシェロの言葉にくすぐったいような態度をアリステアとアリーシャは見せた。

「おはよう、アシェロ。クーは、背中?」

 アリステアが朝の挨拶をし、アシェロの背中を見ようと身体を動かす。

 アシェロの背中からは「ふにゃ……」という、小さな声が聞こえてきた。

「おはよう……。むにゃ、気持ちのいい朝だな……」

 朝に弱い黒猫がいつも通り、アシェロの背中に張り付いている。頑張って起きている様だが、へにゃへにゃとした声である。

 黒猫の名前はクー。アシェロの相方である。気難しいところもあるが、穏やかな心の持ち主だ。

「アリーシェ、今日、ここをチェックアウトするのよね。どこへ行くの? 任務?」

 アシェロが首を傾げ、アリーシェに問う。

 アシェロ達は行く場所をアリーシェに委ね、時として全体の意志もアリーシェの思いに従うのだ。

 だから、当日の予定を知らず、その日に尋ねてくることも日常の一つなのだ。

 アリーシェも特に気にせず、答える。

「…………任務が入っているわ」

 アリーシェの答えにアシェロは更に訊く。

「何の任務?」

「闇オークションに乗り込んで、希少種族の保護、という任務が来ているわ」

 アシェロはアリーシェの言葉に驚くことはない。希少種族の保護はよくある任務の一つだからでもある。

 この世界には数多の種族が生き、その中でも希少種族や売買の価値がある種族は裏で取引されるのだ。大昔から続く、人という生物の醜い一面。

 誰しもが知る常識。

 アシェロはアリーシェに従い、幾つもの任務をこなしてきた。勿論、希少種族の保護も、闇取引を潰したことも。

「そっか。そういうとことの戦闘だね〜!」

「張り切りすぎて、無茶しないようにね、アシェロ。 クー、頼んだわね」

 アリーシェはアシェロに釘を刺す。だが、アシェロは「分かってるよ〜」と口を尖らせた。

 アシェロの背中に張り付いているクーは小さな声で言う。

「分かっている。アシェロを守るのは私の役目だ」

 と、アシェロの相方に相応しい言葉を口にしたのだ。

 それを聞いていたアリーシャは目を輝かせる。

「クーさん、かっこいい! まるで本に出てくるお姫様を守る騎士様のようだわ!」

 お姫様を守る騎士の物語に憧れているらしく、アリーシャは輝かせた目でアリステアを見つめる。

「素敵よね、アリステア」

「アリーシャ、昔から好きだよね」

「うん!」

 よく読み聞かせを強請られたアリステアはアリーシャの好みの物語を把握している。


 宿泊施設の二階から一階へ降りてきたアリーシェ達。一階には食堂、受付、エントランス等、設備が揃っている。

 アリーシェ達は他の客も賑わう一階の食堂にやってきた。

 他の仲間も来ているだろう。皆で食事を摂りに来たのだ。

「いい匂い〜」

 焼きたてのパンの匂いが食堂を漂う。

 アリーシャは嬉しそうに頬を弛ませた。

「僕、パン食べたいな。アリーシャは?」

 アリステアがアリーシャに訊く。

「私も! パン食べたい!」

 二人は手を繋ぎ、仲良く焼きたてパンが置かれている場所まで向かう。

 バイキング形式の為、食べたい物は自分で取り皿に取るのだ。

 二人の後ろ姿を見送ったアリーシェはアシェロに言う。

「先に座ってましょうか」

 他の仲間も見当たらない為、アリーシェ達は座っていることにした。


 ────数分後。

 焼きたてのパンを美味しそうに食べるアリーシャとアリステアを微笑ましく見つめるアリーシェ、眠たそうなクーを膝に乗せているアシェロ。

 そんな四人と一匹の座る席と大きなテーブルのもとへと、仲間が来た。

 長身の美女と可憐な少女、小柄な少年達だ。

 長身の美女は美しさと涼やかな容姿の持ち主であり、緩やかにかかったウェーブの長い髪を一つに束ねている。髪の色は透き通る空の色であり、瞳の色は金。ミステリアスさを魅せる美女だ。着ている服はどこか高貴な騎士を思わせるものだ。太ももまであるブーツの下には白いズボン、青の上着の裾にはフリルが幾重にも重なっている。白の生地が使われた長袖は肩の部分が大きく膨らんでいるものだ。彼女の愛称はティア。

 ティアと共にやってきた可憐な少女は笑顔を浮かべた。彼女はチア。燃える焔のような真紅の髪を二つに分けて束ねている。ツインテールという髪型をし、髪の先は束になってきつく巻かれている。大きく丸い両目は金色。ティアとは対照的に快活さと愛嬌がある容姿だ。腰に大きなリボンがついた赤いワンピースを着ている。ワンピースのスカートからはたっぷりのフリルが見える。容姿は本当に愛らしいがチアは口調は荒っぽく、淑女の欠片もない。

 ティアとチアと共に来た少年達。

 一人はルディーという名前だ。金色の長い髪にワンサイドアップの髪型にし、左右色違いの瞳の持ち主だ。澄んだ青と紫のオッドアイはくりくりとした大きな瞳である。

 服装はティアとよく似ているものだ。

 ルディーより少し背が低い二人の少年もいる。名前はクロウとレイス。

 二人ともアリステアと同じツーサイドアップの髪型をしている。頭頂に近い髪を一部、左右で結んでいる髪型である。

 クロウは紫色の髪、レイスは金色の髪をしている。二人ともオッドアイの持ち主である。

「はよ〜!」

 チアがアリーシェ達に挨拶をし、隣に立ったティアが微笑みながら挨拶をしてきた。

「おはよう、みんな」

 ティアの横に立っているルディーも。

「おはよう〜!」

 残る二人も各々、「おはよう」と挨拶をしてきた。

 アリーシェは微笑み。

「おはよう。よく眠れた?」

 それぞれの顔に視線をやり、訊いた。

 チアは席に座り、ニカっと笑顔を浮かべる。

「おうよ! で、今日は? 任務か?」

 チアの質問にアリーシェは頷く。

「──ええ。学園を通じての依頼みたい」

 アリーシェの言葉を聞き、ティアが続ける。

「希少種族の保護……だったわよね」

 ティアの言葉にチアは険しい表情を浮かべた。

 …………人っていうのは昔から変わらねえな。

 チアはそう思いながらも、答えは出ているのだ。自分のやるべきことをやる。シンプルで真っ直ぐな意志だ。

「何時になってもしょうもねぇ連中が湧いて出てきやがるな」

 言いながら、チアはアリステアの皿からパンを一つ手にし、食べた。

 アリステアが「あ〜!」と声を上げるも、アリステアの隣に座っているアリーシャが自分のパンを、アリステアの皿に乗せた。

「アタシが暴れてやる!」

 威勢の良い言葉を言い放ち、チアは胸を張る。アリステアから奪ったパンを片手に。

 アリーシェは苦笑をし、チアへ落ち着いた声音で忠告する。

「無茶はダメよ、チア。油断もしちゃ、だめ」

 どんな相手であろうと、油断は禁物。慣れている任務であろうとも。

 それはアリーシェが何時も口酸っぱく皆に言い聞かせている。

「わーってるよ! アリーシェ」

 チアはアリーシェの言葉に返す。

 分かっている、と口にするチアにアリーシェは微笑みながらも目を細める。

 その目が雄弁に語っている。

 ────如何なる相手でも、油断してはならない。

 特にチアとアシェロは、調子に乗りやすいのだ。

 どことなく不穏な空気を感じ取ったアシェロはクーを抱えて、席から立ち上がる。

「私、飲み物取りに行ってくるね〜!」

 アシェロは言って早々に席から離れると、賑わうドリンクバーまで走って行った。

「あ、逃げやがった。アシェロのやつ……!」

 チアは恨めしそうにアシェロの背中を見送った。

「なぁに? チア。まるで、私が説教しているように感じていたの?」

 アリーシェの柔らかな微笑みが凄みを増しているような気がして、チアは頭を横に振った。

 …………あわわ!

 昔からアリーシェには逆らえないチアはティアに助けを求めるように、ティアへ視線を向けたがティアはニコッと微笑んだ。

 …………あ! こいつも、アリーシェと同類だった‼︎

 チアは心の中で叫んだ。

 今のチアには味方がいない。アシェロは逃亡。アリステアはアリーシェの意志には基本的に逆らわない。アリーシャは天然。ルディーはティアの方を見つめ、頬を染めている。

「……チアの実力は知っているから、信頼しているわ」

「アリーシェ……」

 自分達には長い時間の中で築き上げた絆がある。

 だから、アリーシェもよく知っている。チアの強さを。

 支え合い生きて、戦い抜いてきたことは事実なのだ。

 …………それにしても。

「あの二人、まだ飲み物決めないのかしら……」

 まだ戻って来ないアシェロ達に視線を向けると、アシェロとクーはドリンクバーの前で会話をしているようだ。

「他のお客さんの邪魔になっていないのならいいけど……」

 アリーシェが困ったように呟けば、しびれを切らしたであろうチアが椅子から立ち上がる。チアは飲み物が置かれているドリンクバーエリアに立つアシェロ達の方へと、向かっていった。

 飲み物は割って入ったチアが強引に決めたらしく、数分後にチアとアシェロは席に戻ってきた。

 

 ●


 朝食を終えた一行は宿泊施設を出る。料金は先払いなので、受付で簡単な手続きだけして出た。

 施設の外、木々が生い茂り、整備された道の上。

 長いピンク色の髪、美しい金色の瞳。鋭く、落ち着いた眼差し。白いロングコートを羽織った男性が仲間達の前に現れる。

 彼の本名は遠い過去の日に置いてきた。愛称でアリスと呼ばれているので、何時からかそう名乗るようになった。アリスという男性はアリーシェのもう一つの姿だ。

「そっちで来たのかよ、アリス」

「戦場へ行く時はこっちの方が都合が良い」

 チアの言葉にアリスは微笑む。

「ティア、アリーシャ達を頼む」

「うん」

 アリスからアリーシャ達の護衛を任されたティアはしっかりと頷く。

 アシェロの肩には相変わらず、クーがくっついている。アシェロはアリスの姿を見て笑顔を浮かべた。

「アリス、任務地はどこなの?」

 任務があるとは聞いていたがどこでとは聞いていないアシェロが、アリスに訊く。

「今いるのが、西大陸付近の島レグレシア。任務地は西大陸だ。保護対象は精霊族とエルフ。子供だと聞いている」

「子供を掻っ攫ったのか」

「依頼主は親と保護団体からと聞いている」

 救出、保護対象が子供と聞いてアリス以外の表情が険しいものに変わる。特にチアは怒りの感情を顔に出す。

 この世界、オルビスウェルトには数多の種族が住んでいる。古来より、稀少とされる種族や生まれつき魔力を高く持つ種族は闇の取引をされることが続いている。

 中には言葉にできない程に悲惨な運命によって命を散らすものもいる。その現状を変えるべくして、保護団体が設立された。

 アリス達はこれから親もとから攫われた子供達を救いに行かなければならない。勿論、戦闘になることは免れない。

「渡航申請は既にかけてもらっている。俺達は移動魔法で西大陸の渡航管理局を目指す。渡航管理局を出たら、また移動魔法を使って任務地へ直行する」

「りょーかい!」

 アリスの説明にチアは承諾する。ティアとアシェロも頷く。

「ねえ、アリス。任務終わったら、ソルローアルに寄っていく?」

 何気なくアシェロはアリスに訊いた。ソルローアルという単語にクーが尻尾を膨らませたが、アシェロは気にしていなかった。

 アリスはアシェロの問いに薄く笑って答えた。

「必要ないだろう。今はまだ、会うべきではないと俺は思っている」

 アリスは空を見上げる。日が昇って、青く澄んだ空に白い雲が浮かぶ。

 広大な空の下に、確かな絆で繋がった友人達がいる。


 …………俺の選択は間違いではなかった。

 今でも、遠い記憶の向こうでもらった言葉を頼りに生きている。何時か、本当にそう思えるようになったら……。

 アリスは一度目を閉じ、息を吸って吐く。両の瞼を開けて、皆に声をかけた。

「行こう、任務へ」

 一行は歩き出す。

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