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置去り

作者: 泉田清

 電車の向かいの席に女生徒が座っていた。彼女はずっとスマートフォンに目をやり、私と目が合う事など無かった。


 私は酔っていた。彼女に目をやる。見ずにはいられない。彼女の背にある太陽のおかげで何度も目が眩む。女生徒が魅力的である、そういうわけではない。珍しかったのだと思う。

 いつもは車で移動する。どこへ行くにしてもだ。運転席から見えるのは、他の車、フロントガラス、信号機、道路標識。ヒトの顔は無い。日常生活においても周りは中年か年寄りだけだ。私自身が中年であるから、仕事中でもブラブラしていても若いヒトたちと出会う事は少ない、そういう事だろう。


 若いヒトたちは電車に乗って移動している。私は酔っている。酒を飲んで。

 昼飯を食べに行った。昼間から酒を飲むなんて何年ぶりだろう。昼間から酔っぱらうとどうなるか、忘れてしまった。これは実験だ、どうなるか思い出すための。街へ出て、昼飯を食べビールを飲んできたところだ。

 ・・・女生徒の健康的であどけない表情。いつのまにか寝てしまったようだ。夢現のなか、好きだった女生徒を思い出していた。思うに彼女らには共通の輝きがある。目も眩むほどの。目が覚めると、向かいの席にいた女生徒は居なくなっていた。二度目の失恋。


 電車を乗過ごしてもいた。さらに二駅過ぎたところで電車を降りた。改札で乗過ごした分の運賃を払った。この付近に後輩が住んでいる。「車で送ってくれないかな」彼に助けを求める。「いいですけど、少し時間かかりますよ」後輩が応じてくれるのは分かっていた。彼はいま無職である。この二年ほど。二年も働いてないヤツが「少し時間かかりますよ」とはね。この調子ならあと何年かは無職のままだろう。後輩は無職でも金には困ってない、裕福な家庭で生まれ育ったのだ。

 私は金に困っていた。乗過ごした分の運賃を払うと、所持金が硬貨4枚ほどになった。それで後輩に助けを求めた。現在地、現時刻において、私は金のない酔っ払いである。裕福な家庭で生まれ育った無職の男、の方がまだマシかもしれない。駅のベンチに腰掛ける。自分がいよいよどうしようもないヤツに思えた。


 田舎の駅とはいえ、それなりに人々はやってくる。様々な制服、様々なジャージ、駅では色々な学校の生徒たちが行き交う。彼らが好奇の目を投げかける。酒臭いヤツがベンチにいる、生徒たちは物珍しそうに私を盗み見た。後輩の「時間かかりますよ」とはどれくらいだろうか。彼の家から駅まで15分、トータルで30分はかかるかもしれない。のべつ幕なしスマートフォンを見る。見る度に、時間が2分とか3分しか進まない。生徒たちの視線に耐えられなくなってきた。すぐ近くのコンビニへ避難した。

 マンガ雑誌を立ち読みする。生徒時分から立ち読みしてきたマンガ雑誌には、自分が知っているマンガはほとんど連載されていない。一つか二つ読んで終わり。週刊誌を広げる。様々なスキャンダルやゴシップ記事が躍る。不倫や犯罪、自分より十か二十は若いヒト達ばかり載っている。あるいは不祥事で謝罪する重役の記事。ようやく私と同じ年代が出てきた。私は彼らに扱き使われる平社員。いや、ほとんど最下層の、自分より若い上司に、だ。そんな境遇には慣れてしまったが。


 それがどうした!私は酔っている。手持ちの硬貨を全て叩いて缶ビールを買った。

 プシュッ!ベンチに戻り缶ビールを呷る。空き缶を投げ捨てる。背もたれに身を投げ出し、世の中ってのは下らんね!そういう言わんばかりに、世の中を睥睨した。こうなれば私を盗み見る者なぞもういない。生徒たちは見て見ぬふりをした。ああ、いい気分だ。

 女生徒の一団がやってきた。それぞれテニスラケットを手にした、テニス部の女生徒たち。「ゲエッ!」わざと大きなゲップをし、一団に向かって嫌らしい笑みを浮かべた。一人の「勇敢な女生徒」が、侮蔑と非難の目で私を睨みつけた。呆然とした。テニス部の一団は私を蹴散らすように去っていく。「勇敢な女生徒」、は、好きだった女生徒に瓜二つだった! 

 現住所がこの駅近く、第一子が女子、それからの年月、伝え聞いた彼女にまつわる話を総合すると、「勇敢な女生徒」が彼女の娘なのは明白である。遠い昔、彼女もまたテニス部であり、私もテニス部だった。


 一気に酔いが覚めた。悪い夢をみていたようだ。投げ捨てた缶を拾い上げゴミ箱に捨てる。そこへ後輩がやって来て「何かあったんですか?」心配そうに声をかける。「電車を乗過ごしてね、金も無くなって」酒に酔っている事も白状した。

 「懲りないですね」後輩が嘲る。私は弱弱しく笑った。彼との付き合いはずいぶん長い。私の数々の、酒の失敗をよく知っているのだった。実験は失敗に終わった。

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