許可取得と輸出
帝都レインバルド――その名を呼ぶだけで、石畳に刻まれた歴史の重みが胸にのしかかった。東街区の外れ、小さな煉瓦造りの一角に《オルグレイ精機商会》はあった。高く伸びる細い煙突が静かに蒸気を吐き、灰色の空気に溶けていく。
工房の正面に立つのは、長年の技術で刻まれた皺を頬に浮かべた老技師ジョン・クリスティ。昼も夜も彼を支えてきたのは、この国のどの貴族よりも清らかな志だった。
「……今日は、フロランティーヌへの第一便を出す日だな」
隣に控えるのは、若き常務フェリシア・クレイン。手には帝国産業省《魔導貿易局》の許可証――銀の縁取りが施された厚紙の文書を握っている。
彼女の瞳は淡い蒼色に光り、しかしその奥には覚悟が宿っていた。
「はい。帝国政府からの正式な許可です。書状にも、貴工房の技術は医療用に限り、厳格な審査を経て承認されたと――」
フェリシアの声は震えていなかった。だが、その核心を突く言葉を、誰も否定できない。
彼女は深く息をつき、礼を尽くすように書状をジョンに差し出した。
「どうぞ、ご覧ください」
ジョンはゆっくりとそれを受け取り、銀の紋章を指先でなぞる。
帝国の象徴たる赫獅子と蒼鷲――その荘厳な翼の下、小さな炎は静かに揺らめき、工房の未来を照らし出す。
烈火の如き赫獅子の猛々しさと、天空を制する蒼鷲の冷静な視線。
その両者が織り成す力の均衡が、確かな希望の輝きを宿す。
彼の胸に宿ったその炎は、
帝国の威厳と革新の狭間で、揺るがぬ覚悟となり、
やがて闇を裂く光となるかもしれない。
「よかろう。真に医療のためのものと認められたのなら――我らの志は貫ける。頑張った甲斐があったよ。」
かつて瘴毒に侵された村を訪れ、治癒に携わったあの日から、彼らの技術には一片の曇りもない。
《ルーミス式蒸散機器》――オルグレイ精機商会が開発した新鋭医療機器。聖力を豊かに含む希少な鉱石を微細な粉末に加工し、専用の霧化装置で吸入可能な霧状に変換、肺の奥深くへと届ける仕組みだ。肺胞から血流に乗った聖力の粒子は、がんや瘴気病と戦う可能性を秘めている。まだ発明されたばかりで、これから帝国内外へと輸出され、その効果が広く知られることが期待されている。
昼下がり、重厚な木箱に収められた蒸散機器は、馬車に積まれた。
「フロランティーヌ帝国 シャルル商会宛 医療用霊素装置一式――本日発送」
貼られた封印には、貿易局の魔導印章がくっきりと刻まれている。
ジョンは馬車のかじを見つめ、かすかに微笑んだ。
「遠き地の童よ、これが命を救う一縷の光たらんことを――」
その背後で、フェリシアはそっと目を伏せた。
「帝国は、医療の未来を託したはず――」
だが、その希望はやがて、不気味な影を孕むことを、まだ誰も知らない。