ミラエル
「ウォーター・アロー」
射出した水の矢が、魔獣の頭を射貫く。
凶暴なうなり声を上げていたイノシシの様な魔獣の瞳から光が失われ、その場に崩れ落ちる。
倒れ込んだイノシシの頭からは、どくどくと血が流れ、血だまりができる。
虫以外の生命を奪うという行為は、この世界で初めて行った。
今ので通算50度目だが、未だに慣れることはない。
せめて苦しむことがないように、と、基本的に一撃で仕留めることを念頭に置いているが、大型の魔獣だとそういうわけにもいかないのだろう。
皮膚の分厚い魔獣に相対した場合、へなちょこな魔術では致命の一撃とはならないこともある。
より鋭く、より高威力をイメージして。
一撃で、きちんと仕留められるように。
「ハルバートさん、お昼にしましょう」
3日間の修業の後、俺はミラエルとともに冒険者ギルドのミッションをこなしていた。
とは言っても、朝一番にミラエルが冒険者ギルドで受注したミッションを俺の家に持ってきて出かける、という流れなのだが。
冒険者ギルドに行くと、ハルバートくんの既知の友人やらが大勢いることだろう。
申し訳ないとは思うのだが、そちらに一々説明をするのが面倒なのだ。
幸い、冒険者が1週間くらい冒険者ギルドに顔を出さないなどザラなので、家にまでおしかけてくる友人冒険者はいない。
アリシアは、一度だけ家に顔を見に来たが、彼女は以前に受諾していたミッションへと向かってしまい、それ以来顔を合わせていない。
そもそも、何を話せばいいのか分からない。
まぁ、でも、次に会ったときは魔術の習得の話でもしてみよう。
俺が一週間そこそこで習得した魔術など、彼女にとっては児戯に等しいのかもしれないが。
「野菜のスープかぁ」
ミラエルの元に近づくと、鼻腔をくすぐる良い匂いがした。
「はい、こちらがハルバートさんの分です」
ミラエルから木製の器を手渡される。
実に美味そうだ。
ミラエルの手料理を口にするのはもう何度目かになるが、なかなかに美味なのである。
冒険者たるもの、キャンプ飯の練習もしなくてはな。
やはり、食は生命維持のモチベーションに関わってくる。
びゅーん。
え?
頭の上に、影が過ぎった気がした。
そして、手元を見ると、俺の野菜スープがない。
「俺の野菜スープがない!!!!!!!」
辺りを見渡す。落としたわけではない。
では、さっきの影は?
ハッと頭上を見やると、少し先に大きな鳥の魔獣がいた。
脚には、俺の野菜スープ。畜生、中身が零れないように器用に持ってやがる。
「殺してやるぞ鳥ィ!!!!!」
右手の指を鳥に向け、ぱしゅんぱしゅんと水の矢を射る。
しかし、思ったよりも鳥の速度が速く、命中には至らなかった。
「……ふふふ」
ミラエルが笑う。
カッコ悪い所を見せちゃったな……など、ゲロまみれの前科がある男が思う。
「ふふふ、あははははっ、あはははは!」
うーん、笑いすぎじゃない?
そんなに滑稽だったかしら。
やや批難の意味を込めた視線をミラエルに向けると、ミラエルは目元に浮かんだ涙をぬぐって言った。
「いえ、すみません。やはり、そうなのかと思っただけです。私は間違っていませんでした」
え、何?怖っ。
訳の分からないことで理解されてるの怖い。
「今日、貴方を助けた御礼の話をしたいのですが、本日ご自宅に伺ってもよろしいですか?」
そして、ミラエルは急にそのように告げた。
彼女が、出会ってからここまで何を考えているのか、一度たりとも理解したことはない。
その中でも、今日の彼女は、とびっきりに意味不明だった。